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07.お気に入り召されましたか?

※以前投稿したものを修正いたしました。

 まず一番に驚いたこと。それは体がまだ息をして、心臓が動き、生きていること。

 次に驚いたこと。目の前に、見覚えのある背中があったこと。

 訳が分からない。間の抜けた声が口をつく。目の前に突如として現れた、蒼真の背。自分は瞬きだってしただろうか。暁は呆然と目を見開く。

 当然、彼女へふり下ろされるはずの鉄の塊は、彼に向けられた。一呼吸遅れ、ようやく状況を呑み込んだ暁。それでも処理が間に合わず、思考が焼き切れんばかりだった。


「そ……そう、まさん……?」

「はいはい。どうも。本屋のオジサンです」

「遅いぞ蒼真……」


 蒼真は、へらりと笑った。横では山吹がドスの効いた声を発しながら、ゆらりと立ち上がる。彼は額の血を拭うが、ひどく機嫌が悪い。

 状況が飲み込めないのは、暁だけではなかった。凶器をふり下ろしたはずの男もそうだ。彼はさながら、幽霊でも見るかの様に蒼真を見上げている。


「あ、あんた……何でここに……? 俺の、夢に……?」

「お客様、ずいぶんと盗人猛々しいね」


 口角を持ち上げ、蒼真は意地の悪い笑みを深めた。

 よくよく見ると、彼の手は男の手首を掴んで、力の均衡を保っている。鉄のパイプは、彼の頭には掠りもしなかった様だ。

 震える手をどうして良いか分からず、暁は口元を押さえた。


「蒼真さん……蒼真さん、どうして……」

「大丈夫。心配ないよ」


 その声はひどく穏やかで。うるさかった耳鳴りも、その一言でふ、と止んだ。震えも、早鐘を打っていた心臓も。徐々に落ち着きを取り戻す。根拠もない蒼真の言葉に、暁はぎこちなく頷く。そうするしかなかった、気がした。

 笑みを浮かべる蒼真とは対照的に、男の顔には動揺が広がっていく。


「その男も……あんたも……何で、どうして……。俺の思い通りにならない……? 俺の夢なのに……?」

「悪いが、そこら辺は商売機密なんだ」


 蒼真はそう言って、男の手を捻った。そして次に、みぞおちへ蹴りをひとつ。先の山吹ほどではないが、嫌なうめき声がして、思わず暁は体を竦めた。


「だがまず、あんたの夢の中である以前に、ここは俺の本の中だよ」


 うずくまり、むせて転がる男に、蒼真は吐き捨てる。

 いつもは、ニヤついているか、気だるげな態度。その眉間が寄るのを見て、暁は息を呑む。しかし、それもほんの少しの出来事。

 彼は浴衣の埃を手で払う。そうして、やれやれと肩を落とすと、暁の前にしゃがみこんだ。


「お嬢ちゃんが無事で、良かった良かった」


 呆然と見上げていた暁の頭を、手の平が撫でた。そこに先ほどまでの険しさもなく。遠慮がちに、暁は蒼真のくたびれた浴衣の裾を掴む。広い手の平が彼女の背を擦った。言いたい事、聞きたい事は山ほどある。けれど今は、そんなことより何より、この熱くなる目頭をどうにかして欲しい。

 暁は嗚咽を漏らした。「ごめんごめん」と、謝る胸を、力ない拳が叩く。

 ふと、耳に入ってきた鈍い音に気付き、蒼真が顔を上げる。見れば、山吹が呻いている男を壁の向こう側へと引きずって行った。何かを転がす音とか。俺の顔に傷がどうのとか。そんな言葉がうっすら二人の耳に入ってくる。物騒な猫だ、と暁の背を擦りながら蒼真が呟いた。

 一方で落ち着いてきた暁の意識は、蒼真の腕の中で薄れていく。お休み。と告げる声。彼女は夢の中で、今度は心地よい眠りについた。




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