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04.夢売り

※以前投稿したものを修正いたしました。

 

 次に目を覚ました時。彼女は異様な景色の中にいた。思わず、目を何度も擦った。古典的だが、頬をつねってみた。だが、目の前の景色は変わらない。どうやら本物のようだ。

 暁は天蓋つきのベッドから下りた。実に悪趣味な天蓋だ。苦悶の表情を浮かべる顔が彫ってある。とてもだが安らかな眠りにはつけそうにない。自分はいつ、こんなベッドの上に運ばれたのか。

 周囲は更に奇妙だった。空は色んな絵具を混ぜ過ぎたようで、灰色と言うか。ドブの色とでも言えば良いのだろうか。地平線はクレヨンで描かれたみたいだ。この空間を一言で言うなれば、毒々しい。辺りを見回して、とりあえず彼女は足を踏み出した。足元がぬかるみかと思うほど、妙に柔らかい。それがまた気持ち悪かった。


「お嬢。やっと見つけたぞ」


 不意に名前を呼ばれた。文字通りその場で足踏みしていた暁が顔を上げると、柔らかい地面の上を走ってくる青年がいた。知らない顔だ。その上に色々とツッコミ所があって頭が追い付かない。暁は呆気にとられていた。

 黒く長い髪を束ねた青年は、まるで絵に描いた様な整った顔立ちだ。金色の瞳なんて初めて見る。大正時代の学生服だか軍服の様な出で立ちは、時代錯誤も良い所。やはりここは夢でなかろうか。

 彼は暁の前で足を止め、大きく息を吐いた。


「全く……。蒼真の奴が店に鍵かけていかないから、こんな事になる」

「……すいません。どちら様ですか」

「どちら様とはご挨拶だな、お嬢」


 見て分からないのか。と自分を指さす青年。知っていたらまず聞かないのだが。

 首を横に振る暁に、彼はふて腐れた様子だ。赤いチョーカーを指先で弄りながら、口をへの字に曲げた。


「毎日の様に会っているのに、そっけない事だ。俺を散々、膝の上に乗せているだろう」


 膝の上に。そう聞いて暁はぎょっとした。それは大げさな表現ではない。

 なんせ、そんな相手は彼女の知る限り一匹だけだ。


「ね、猫ちゃん……?」

「山吹だ。蒼真の奴は黒丸などとテキトーな名前を言ったが。改めて、俺の名前は山吹と言う」


 口角を上げると、鋭い八重歯が覗く。金色の目は確かに人間離れしているが、全て鵜呑みにして良いものなのか。

 暁が何から問うべきか迷っている間に、山吹と名乗った青年は彼女の手を引く。暁の手には確かにその感触、感覚があった。


「のんびりしている場合じゃないぞお嬢。とにかく、あの盗人を探さねばな」


 盗人、とはここに来る前に鉢合わせした男のことだろうか。困惑している彼女を察したのか、彼は歩調と視線を合わせた。


「まず俺は、夢想堂に居着いた化け猫で。お嬢の味方だ。今の所はそれで安心しろ」


 化け猫と聞いて安心しろとはどういう事か。そう思わずにはいられなかったが、話しが進まないのでは困るので暁は素直に頷いておいた。


「夢想堂にある本は全て特殊な本だ。その特殊な本を介して、夢想堂はその名の通り、夢を売ってる。夢物語りをな。そしてここは、その夢の中だ」

「でも……私は眠っていませんけど……」

「残念ながら、あんたは夢の中にいる。それも、他人の夢の中に」


 山吹は口元に手を当てて視線を流す。


「現実のお嬢は今、夢想堂でさっきの盗人と一緒に玄関で気を失っているよ。お嬢が目覚められないのは、この夢の主人である、あの盗人が目覚めようとしないからだ」

「この変な世界は……あの男の人の夢の中で……。あの男の人の夢だから、私は目覚められない……?」

「そうだ。だいぶ落ち着いてきたか」


 山吹は満足そうに笑むが、暁は恐らく、彼の言うことを半分くらいしか処理できていなかった。しかしまず、これが現実であり、非現実でもあると言うことに、間違いはなさそうだ。


「あの男は以前、蒼真から本を買った。そしてその一冊だけでは我慢できなくなったんだろう。違う夢がみたいと、ここ数日、店に来ていた。だが、蒼真の奴は一人一冊までだと決めている。だから、蒼真が店を出るのを見計らって盗みに入った。そこに運悪く。お嬢はやって来たのさ」

「その売っている夢って、みんな……こんな気持ち悪い感じ何ですか……?」

「まさか。この世界がこんなに歪んでいるのは、あの男の精神が反映されているからだ」


 肩を竦めて、彼は嘲笑とも思える軽薄な笑みを浮かべた。


「蒼真の奴が一人一冊と決めているのは、夢に溺れない様にだ。夢想堂にある本は、書いてある夢を与えてくれるものと、望んだ夢を与えてくれるものの、ふたつがある。お嬢が不思議に思ってた、題目のない本は後者だ」


 タイトルも、価値も、買い手が決める。蒼真はそう言っていた。つまり、あの文字のない表紙の本は買い手が書き手でもある。買い手自身が、その夢を、夢物語りとして書き上げる作者。

 山吹は続けた。


「夢は人に力も与えるし、癒すことも出来る。けれど、それが上手くいかない奴もいる。夢と現実の差に精神が滅入り、その現実から逃げ出し、麻薬の様に夢に溺れる奴」

「この人は……そうなってしまったんですか」

「恐らくその類いだ。何にせよ、現実ありきの夢だ。その現実を否定し夢に逃げようだなんて、ガタが来ても不思議ではない」


 山吹は笑っているが、暁には笑えるものではなかった。現実が嫌になることは、自分にもある。宿題だったり、友達と喧嘩したり。

 あの男は望んだ夢すら歪むほど、現実で嫌な出来事があったのだろうか。それとも、彼が昔に買った夢は、現実が嫌になってしまう程、素晴らしい世界だったのだろうか。

 黙り込んでしまった暁に、山吹は金色の目を細めた。


「夢想堂は本来、良薬として夢物語りを売っている。だが、その貰った薬をどう使うかは、その人間次第だ。店主も万能ではないからな。だから、むやみやたらに人が来ないよう、本当に必要とする人間にしか、あの屋敷は見えない」

「必要とした人間しか入れないなら、私はどうして夢想堂に入れるんですか」


 山吹の説明に暁は思わず問いを投げる。

 自分は今日、初めて本の中身を見た。思えば自分はこれまで、あれだけ積んである本の中から。どれかひとつでも、開こうとは思わなかったのだ。読みたいと思わなかった。それは本が嫌いな訳ではない。ただ、どの本も、自分には必要だと思わなかった。

 暁の問いかけに山吹は頷いた。


「それは俺も疑問に思う所だ。それで蒼真の奴も、お嬢のことは面白いと言って放置しているのさ」


 その結果がこれだ。と、山吹は眉間を寄せた。


「腹立たしいが、蒼真の助けが必要になるだろう。俺だけでは、お嬢をここから出してやれそうにないからな」

「蒼真さんが、助けに……ですか」

「安心しろ。あれでも仕事だけは出来る」


 ここから出れない。

 柔らかい地面を踏みしめて、暁は考えるだけでぞっとした。


「だが、万が一もある。そのためにも、打てる手は打っておくに越したことはない。夢の主導権を握っているあの男を探して、灸をすえてやらんとな」


 暁は思わず唇を噛み締めた。とっさの行動が、まさか、こんなことになろうとは。現実を受け入れられないのは、こちらの方だ。

 泣きたくなってきた暁の頭を、山吹の手が撫でる。彼の歩調がまたゆっくりになった事に気付き。暁は込み上げてきたものを呑み込んだ。






「わーお……」


 ただでさえ雨に降られて憂鬱だったと言うのに。蒼真は店の入り口を開けるなり頭を抱えた。人が倒れている。二人も。

 一人は、近ごろ本を売ってくれと鬼気迫る勢いで金を出してきたが、蒼真に断られ激昂していた男。

 もう一人は、最近ここに出入りする様になった女子学生。その横には、黒猫が寄りそう様に眠っている。

 二人の間に、本が開いていた。白紙のはずのページは、色鉛筆やクレヨンでむやみやたらに塗りつぶした様だった。


「勘弁して欲しいなぁ……」


 買い出してきた荷物をその場に置いて、蒼真は少女と黒猫を抱え上げた。健やかな寝息とは裏腹、その顔には血の気がない。

 先日、彼女自身が掃除をして開拓してくれた空間に、その体を下ろす。彼女が起きる気配は一向になかった。蒼真は頬をひっかく。


「困ったなぁ……。いや、ホントに……」


 戻って本を拾い上げ、ぱらぱらと中を捲る。どのページも似たり寄ったり。濁った色で塗りつぶされたページが広がる。顎を撫でながら、蒼真は悪態をついた。


「俺が端正こめて白紙に戻した本を……」


 原因が全てこの男に有るとは言い切れない訳だが、この状況もあって本音が漏れた。

 淀んだ中身に彼女が写る事は無さそうだ。よほど深くまで入り込んでしまったのか。だとすれば、横に寄り添っている黒猫だけでは、彼女を連れ戻すことは出来ないだろう。


「お嬢ちゃんにも困ったもんだ」


 大方、盗みに入った男を黙って見過ごせなかったのだろう。外傷が無いようで安心したが、もしもの時はどうするつもりだったのか。正義感とは時に命取りだ。蒼真は目を伏せた。

 改めて彼女の元へ、腰を下ろす。一回りも二回りも小さな手。その手を取れば、意外にもそれはしっかりと握り返してきた。蒼真が目を瞬いて彼女を見ると。その顔は、今にも泣きそうだ。

 深く深くため息をついて、蒼真は両手で顔を覆い天井を仰ぐ。店内は雨もあって、昼間だと言うのに薄暗い。

 彼はもう一度、塗りつぶされたページが続く本を開いた。



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