すれ違い
最近、妙なものを見た。
大学の教室、友人三人で話している時のことだ。
部屋の出入り口と向かい合う形になって座っていた俺は、教室に入ってきたHの姿に真っ先に気がついた。
「おはよう!」
Hが言う。
「おっすー」「おはよー!」。俺たちは、口々に挨拶をした。
すると、Hは少し興奮した様子で話し始めた。
「聞いてくれよ。実はさ、今日学校来る途中、電車の中である人に会ったんだよ! ……誰だと思う?」
友人の一人が言った。
「えっ、誰?」
「有名人?」「もったいぶんなよ!」。最後に俺が言うと、Hは言った。
「それがさ……お笑い芸人のE!」
「えぇ〜!」「マジか!」「いぃなぁ!」。俺たちが一通りリアクションすると、Hは続けた。
「しかも、それだけじゃないんだ! 一緒にいたのが、アイドルのF! マスクとかサングラスしてたけど、あれは間違いなくEとFだった! ホラッ、付き合ってるんじゃねぇかって、噂になってたじゃんか!」
「はぁ〜⁉︎」「ホントに⁉︎」「うっわぁ〜俺F好きだったのになぁ」。……俺たちはその後、その話題で盛り上がった。
――しかし、何分か話をしていると、
「あっ、俺ちょっと用事あるんだわ! またな!」
そう言って、Hは教室を出て行った。
「Eマジありえねぇわぁ〜」「俺、お笑い芸人になろっかなぁー」などと言って友人二人は話を続けていたが、俺は黙ってHを見送っていた。すると――
――教室の出入り口で、Hは誰かとすれ違った。
Hと入れ替わりで教室に入ってきたのは――
Hだった。
(えっ)
……自分が今何を見たのかわからずに、一人混乱した。
Hはたった今、自分が“自分”とすれ違った事に全く気付かずに、こちらに近づいてくる。
「おはよう!」
そして、先ほどと同じように挨拶をした。
話を続けていた友人二人は会話を止め、Hを見る。
「聞いてくれよ。実はさ、今日学校来る途中、電車の中である人に会ったんだよ! ……誰だと思う?」
――。
Hが発した言葉――文章は、一字一句、先ほど聞いたそれと一緒だった。――イントネーションから、“間”まで。まるで、録音したものを聞いているようだった。
「お笑い芸人のEだろ?」
友人の一人が言う。
――Hは、狼狽えた。
「えっ……うん……。そうなんだけど……」
Hは、素で驚いている様子だった。
「で、でもさ! アイドルのFと一緒にいたんだぜっ⁉︎ マスクとかサングラスしてたけど、あれは間違いなくEとFだった! ホラッ、付き合ってるんじゃねぇかって、噂になってたじゃんか!」
「うん、知ってる」
思わず、俺が言った。
「お前から聞いたもん」
「俺から聞いた……? ……いつ?」
「今」
俺は、教室の出入り口を指差した。
「……さっき、すれ違ってたろ」