第七幕
「おいしい」
「だろ?」
嬉しそうに、どこか誇らしげに一条君は言った。今私は昨日一条君が電話で言っていたおすすめのパフェを食べにきている。あれだけ薦めていただけあってさすがにおいしかった。これなら合格点だ。許してあげてもいいだろう。うん。
「ここのパフェはどれもうまいんだ。なんていうか、他の店のとはなにかが違うんだよな。全部うまいけど、中でもそのイチゴクリームパフェが一番お薦めなんだよ。」
「へえ、そうなんだ」
それから一条君はいろんな店の、いろんなお薦めを語り始めた。あそこの喫茶店のコーヒーがおいしいとか、どこのケーキは高いわりにたいしておいしくないだとか。私はその話に逐一相づちを打っていた。そろそろ店を出ようかという事になった時、突然一条君の携帯が鳴り始めた。一条君はちょっとごめんといって電話にでた。一分ほど話したあと電話を切った。なぜか一条君はゆっくりと私に振り返った。なにやら顔がにやけている。怪しい・・・怪しすぎる・・・っていうか・・・この表情はどこかで・・・・
「庚、このあと暇か?」
「ま、まあ・・・暇だけど・・・・」
この言い回しといい、表情といい・・・まさか・・・・・
「ちょっと俺に付き合ってみないか?」
超笑顔・・・・ものすごく輝いている・・・・
「つ・・・付き合うって・・・どこに・・・?」
「まあまあまあまあ、いいからいいから」
「良くない!行き先くらい・・・ちょっ・・・ちょっと!」
ああ・・・またしても・・・・一条君は抗議する私を無視して私の手を掴んで、出口に向かって歩き出した。強引すぎる・・・・っていうか私に選択の余地はないのね・・・・昨日の電話でのおどおどした感じはどこへやら・・・私の立場って・・・・・
「着いたぞ」
「着いたぞって・・・ここ・・・」
そこは街に唯一ある孤児院だった。院長がキリスト教徒なのか、創設者がそうなのか知らないが、教会があった。グラウンドがあり、遊具で小さな子供達が遊んでいた。私たちが中に入ると子供達はそれに気づいたらしく、私たちのまわりに集まってきて一斉に話しかけ始めた。
「雄太兄ちゃん今日もきたんだ」
「おう。ちょっとシスターに呼び出されたんだよ」
「その人だれ〜?カノジョ〜?」
「ん〜残念ながら違うんだな」
「アイジン?」
「おまえ・・・そういうのをどこで覚えたんだ・・・・」
休み無く一気に話しかけてくる子供達一人一人に一条君はしっかりと言葉を返した。
ん?またってことは・・・
「もしかして、昨日の用事って・・・」
「ん?あれ?言ってなかったっけ?昨日もここにくるっていう約束があったんだけどすっかり忘れててさ・・・」
「そうだったんだ・・・」
またしても意外な一面である。確かに深い関わりがあったわけではないが、半年間同じ教室で、一緒に学校生活を送ってきている。しかも一条君の行動はとても目立つ。一緒になって騒いだこともあった。しかし、こういう一面をもっているなんて想像もつかなかった。一条君はかなり奥が深い人だ。もっともっと一条君の事を知りたいと思った。なんとなく・・・そう、なんとなく。
コンコンっとドアをノックして「失礼します」といってから中にはいる。事務作業をしているらしい中年の女性が机に向かい、なにやら書類を書いていた。ちょっとだけ書類から目を離し「そこ座ってちょっとまっていてちょうだい。もう少しで終わるから」といってまた書類に目を戻した。暇だったので部屋の中を観察してみる。本棚、ソファ、壁に掛けられた時計、部屋の中心には事務机。特にこれといって飾り気のない部屋だった。
「待たせてしまってごめんなさいね」
作業が終わったのか、女性はそういうと私たちの向かいのソファに腰掛けた。
「急に呼び出してごめんなさいね、雄太。子供達があまりにも雄太と遊びたいって言うものだから」
「いえ、俺はまったくかまいませんよ」
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
「あ、庚です。庚瑠莉香です」
「学校の友達です」
「そう。あなたがここに友達を連れてくるなんて珍しいわね」
どこかからかっているような、でも本当に嬉しそうに女性は言った。一条君は「あははは・・・」と、苦笑いを浮かべた。
「私は橘と申します。一応この孤児院の院長をしているわ。子供達からはシスターって呼ばれているから、あなたも気楽にシスターって呼んでちょうだいね」
そういうと女性、シスターは優しく微笑んだ。どこか子供っぽさが残っているような笑顔だった。とても人がよさそうな感じ。こういう人は子供から好かれるんだろうなあ。
バンッ!と大きな音を立てて、いきなりドアが開いた。驚いてそちらを見てみると、4,5人の子供達がいた。
「ドアを開ける時はまずノックをしてからよ」
「あ、いけね。忘れてた。次からは気をつけまーす」
注意している声も優しい感じだった。怒っているような雰囲気はまるでない。注意に対して素直な反応を見せる子供達からも、シスターと子供達との信頼関係がしっかりと成り立っているのだろうと感じた。
「雄太サッカーやろうぜ!」
「おう。庚、お前も来いよ」
「え?だって私サッカーなんて・・・」
「いいからいいから」
「ちょ・・・ちょっと・・・」
一条君は私の手を引いて先を歩く子供達に続いた。やっぱり強引だ・・・・しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。
「いってらっしゃい」
シスターが優しく微笑み、私たちを見送りだした。