第四幕
ピピピピピピピピピピ・・・・・
目覚まし時計が鳴り響く。いつもと変わらない朝。私が死ねないという事実を知ったところで、変わった朝がくるわけでもなく、いつもとまったく変わらない朝が訪れた。私はこの朝をどのくらい見ていくことになるだろう。何万回?何十万回?そんな数ではないだろう。何しろ私は死なないのだ。否、死ねないのだから・・・・
いつものように登校。何も変わらない毎日。退屈な毎日。と、思っていたら今日はちょっとだけ変わっていた。通学路には昨日行った公園があるのだが、そこにさしかかった時、昨日の学者が立っていた。どうやら私を待ち伏せていたらしく、私の姿を認めると駆け寄ってきた。もはやストーカーではないだろうか・・・・
「さあ、今日こそは君の生態を研究させたまえ!」
昨日の事を怒っているのか、ただ本性が出ただけなのかわからないが口調が昨日と全然違っていた。まあ、一日経って私が研究に付き合うことに同意するわけもなく・・・
「くるな変態!ロリコン!」
そう言ってやった。すると学者(キモイ人改めただの変態)は動揺し
「ばかな!これはれっきとした研究だ!いいか、君の生態構造が解明されればノーベル賞だって夢じゃ・・・」
「黙れハゲ!!」
ノーベル賞だろうがなんだろうが私は知ったことじゃない。私は学者(変態)に昨日同様みぞおちに鉄拳を突き立てようとした。しかし学者はそう来ることを読んでいたらしく、私の手を掴んだ。ニヤッと変態は怪しい笑みを浮かべた。キモすぎる・・・!しかし手を捕まれてしまって鉄拳を見舞う事はできない。こうなったら奥の手だ
「キャーーー!!誰か助けてー!変質者ーーー!!」
朝の通勤通学時間にこれは効くはずだ。学生だってサラリーマンだって出勤途中にここを通りかかるだろうし、私の悲鳴を聞いて近所の人達が駆けつけるかも知れない。作戦が効いたのか、学者は慌て始めた。
「ば・・・ばか!でかい声出すな!!」
これではまんま変質者である。まあ・・・実際私にとってはそうなんだけど・・・本気で焦ったためか学者が私の手を放した。チャンスだ。腹ががら空きである。私はこのチャンスを逃さず、思いっきりみぞおちに鉄拳を突き立てた。
ドス!!
と、鈍い音の後に変態の「う・・・・」という声とドサっという倒れる音がした。昨日みたいに呻き声が聞こえない。どうやら気絶したらしい。まあ、自業自得だろう。私は学校へ行くために歩き出した。
私の通っている学校は成績の上中下でいったら中だ。落ちこぼれ高校というわけでもなく、県内きっての進学校というわけでもない。まさに普通の高校だ。しかし私立であるために、教師達は生徒達を少しでもレベルの高い大学へ入れるよう、少しでも学校の評判が良くなるようにと日々躍起になっていた。まあそんな、どこにでもあるような普通の私立の進学高校に私は通っていた。
「おはよう」と一言声をかけて教室に入る。クラスメイト達が一気に私に視線をぶつけた。しかし、視線を向けたのも一瞬で、すぐにまたそれぞれのグループとなにやらヒソヒソと話を始めた。私に挨拶を返してきた者はいない。なんだろう?なにかがいつもと明らかに違っていた。一昨日まではなんでもなく、普通にみんな私に接していたのに、なんていうか今日は・・・・私を避けている・・・・?なんだろう。その原因となるべき事は私にはなにも思いつかなかった。まあ・・・こういうイジメをする根本の原因なんて本当に些細なことの方が多いんだろうけど・・・・私の気づかない間になにかしてしまったのだろう。まいったなあ・・・どうせ永遠に死ねないのなら楽しく生きていきたいのに・・・
やがて担任の先生が教室に入ってきて、生徒達を席に着かせ、ショートホームルームを始めた。出席をとり、簡単に連絡事項を伝えたあと
「庚。昼休みに職員室に来なさい」
と、私に告げた。
お昼を一人で食べたあと、私は言われたとおり職員室に向かった。職員室に呼び出されるなんて今までの人生で初めてだった。それほど私は可もなく不可もない、普通の生徒として過ごしてきた。一体何の用事だろう?普段平凡に生きている私にとって職員室に呼び出される原因なんて思い当たらなかった。いや、唯一思い至るとすれば・・・昨日学校をさぼったことか・・・?でもそんなことでいちいち呼び出すなんてするとは思えない。クラスにはまあ、不良と呼ばれてる人がいる。その人はたまに学校をさぼる事はあるが、職員室に呼び出された事はない。いつもホームルームで口頭注意をうけるだけだ。だから私もさぼりくらいで呼び出されることはないはずだ。はずだよな〜・・・う〜ん・・・・職員室に着くまでそんなことをずっと考えていた。
「失礼します」
職員室の扉を開いてからそう言って、中に入って扉を閉める。まっすぐ担任の机までむかい、イスに座ってなにやら作業をしている担任に「来ました。なんでしょうか?」と声をかける。担任は作業をしている手を止め、私の方を向いてから「来たか」と言って、多少怒ったような顔をして私に話始めた。
「庚、なんで呼び出されたかわかるか?」
「昨日、連絡をしないで学校を休んだからですか?」
と、私は職員室に来るまでに考えていたことを口にした。しかし、担任は私の予想に反して 「それもあるが、本題は違う」と言った。本題は違う?本題と言われてもさぼったこと意外になにも思いつかなかった。自分はなにかしただろうかと考えていると担任がまたしゃべり始めた。
「お前は自殺をしようとしていたそうじゃないか」
これは驚いた。そんな情報がもう学校側に届いていたなんて。まあ・・・制服から学校はわかるし、あれだけ野次馬ができていたなら誰か一人くらい連絡をする人がいるのも当たり前か・・・しかしどうやってそれが私だって気づいたんだろう・・・って、ああ、そうか。うちの学校は学年別にリボンの色が分かれているからあとは個人の特徴とかで私だって特定できるのか・・・・などと考えていると担任から
「ちゃんと聞いているのか!」
と怒られてしまった。さすがにここで「いいえ」と答えるわけにはいかないのでとりあえず「はい」と言っておいた。職員室に入ってからもう5分が経っていたが、どうやら話はまだ続くらしい。
「まったく。自殺未遂なんて、なにを考えているんだ?こんなことがマスコミにもれたら学校のイメージがダウンしてしまうではないか。せっかく諸先生方が君たちが少しでも良い大学に行けるようにとがんばっているのにそれを無駄にする気か?」
・・・・普通・・・・そういうこと言いますかね・・・?建前でも悩みがあるならきくぞ?とかそういうこと言いません・・・?私の自殺未遂より先生のその発言の方が問題なんじゃないんですか・・・?どこの学校も私立はこういうものなんだろうか・・・・?なんか・・・イヤな感じ・・・・
「とにかく、もう二度と自殺をしようなどと考えるんじゃないぞ。わかったら下がりなさい」
「はい、失礼します」
私はそういって、一礼をしてから職員室を出た。
放課後。いつもの放課後。いつもと違う放課後・・・・一昨日までならいつもつるんでいる友達二人と私の三人で一緒に帰って、帰り道でちょっと寄り道をしたりして帰っていた。でも今日は違う。他の二人は先に帰ってしまった。私はといえば、なんだか動く気になれず、自分の席に座ったまま外をぼーっと眺めていた。ふと人の気配がしたので振り返ってみると、そこに一人の男子生徒が立っていた。うちのクラスの問題児、一条雄太だ。問題児といってもタバコを吸うとか、万引きをするとかそういう悪さをしているわけではない。ただ、良く授業をさぼったりしているし、髪をオレンジに染めたりしている。当然染髪は校則違反だ。でも決して悪い人間ではない。むしろクラスの中心的人物だ。私も何度か話をしたことがある。その一条雄太が私になんの用があるというのだろう。他のクラスメイト達はすでに教室にはいなかった。
「庚。お前自殺未遂をしたって本当か?今朝からクラスの連中はその話で持ち切りだぜ?」
なるほど・・・私の自殺未遂はすでに生徒の耳にまで届いていたのか・・・通りでみんなの私を見る目がおかしいわけだ。しかし、そんなことをわざわざ聞きに来る一条は律儀というかなんというか・・・
「本当だよ」
私は一条君の問いに簡単に答えた。一条君は「そうか・・・」と、一言だけいうと黙ってうつむいてしまった。それからお互い一言も発さないまま5分程度たった頃、また一条君の方から口を開いた。
「なんでだ?」
「毎日が退屈だから」
「それだけか?」
「うん、そう。なんかさ、この世界って毎日毎日同じことの繰り返しじゃない?それがつまらなくて、そんな世界から抜け出したかったから。死んであの世にいったら、面白い世界が広がってるんだろうなって思ったからよ」
単調に答える私を、怒っているような悲しんでいるような、複雑な表情で見つめていた。また沈黙。私はなんとなく外をみた。グラウンドでは運動部が部活動に精をだしていた。野球のバットで打つ音。かけ声なんかが聞こえてきた。そんな風に外をみてぼーっとしていると「それは・・・」という声が聞こえたので振り返った。一条君はなにか「良い考えを思いついた」 というような顔をしていた
「それは庚が楽しいことをなにもしらないからだ」
「そうかな?」
「そうだって!俺が楽しいこと、いろいろ教えてやるよ!」
そういって一条君は私の手を引いて歩き出した
「え・・・!ちょ・・ちょっと・・・え・・・!ま・・・まって!」
突然の一条君の行動に慌てる私の抗議をキッパリと無視して一条君は歩き続けた。な・・・なんなんだこれは・・・!とりあえず今日一つだけわかったことがある。一条君は結構強引だ・・・・・