第5話
やったで。倉敷の実家の台所で、わしは今、世界の終わりを眺めとる。
目の前の鍋には、板チョコをドバーっと放り込んだ友達と、インスタントコーヒーをスティック3本ぶち込んだおかんの「共同作業」が、真っ黒な泡を立てて煮えくり返っとる。
元コックのわしが、心血を注いで仕上げるはずじゃったカレーが……。
――あぁー、もうめちゃくちゃじゃ。
あまりのショックに、わしは失禁しかけたんじゃ。
鍋からは、焦げたチョコの甘ったるい匂いと、過剰なコーヒーの苦い気配が部屋中に「もわっ」と充満しとる。鼻がひくひくするのを通り越して、魂が抜けそうじゃ。
このままでは終われん。元コックのプライドにかけて、立て直してやるんじゃ。
まず牛乳をドバーっと入れた。色が薄まった。だが味は変わらん。苦くて甘い泥水のままじゃ。
次にスパイスを足した。カレー粉をひと缶、全部入れた。スパイスがチョコとコーヒーの中に消えていった。跡形もなく。
「わしさん、色が茶色になってきましたよ」
友達が前向きなことを言いよる。
「それは混ざっただけじゃ」
最後の手段として、わしは蜂蜜を一匙入れた。
「……なんで蜂蜜なんですか」
「甘みで甘みを制するんじゃ」
「意味が分かりません」
おかんが台所に顔を出した。
「どうじゃ、コク出たろ?」
わしと友達は黙って鍋を見た。
「……出ました」とわしは言った。嘘じゃ。
恐る恐る一口啜ってみた。牛乳とスパイスと蜂蜜が加わっても、根本は変わらんかった。カカオとコーヒーの連合軍は、元コックの全ての手を退けよった。
「……これ、チョコフォンデュにしたらどうですか」と友達が言いよった。
「カレーをチョコフォンデュにするか」
「もうカレーじゃないですよ、これ」
それは正しい。
横では太郎の奴が、台所の隅で尻尾を股に挟んで震えとる。わしも同じ気持ちじゃ。
――もう一度、あいつらに会いたいのう。
そういえば、明日で盆休みも折り返しじゃ。おっさんか兄ちゃんに連絡してみようかのう。あいつらなら「これ道路の舗装材ですか!」と笑い飛ばして、それでも食いよるじゃろ。
こんな変態親父と暗黒カレー遊び、してみたいもんじゃ。ああ~、早く普通の白いご飯にまみれたいのう。倉敷の実家の台所で、鍋の前に仁王立ちしとるぞ。
――重曹持って来てくれる奴、おらんかのう。土方姿に戻る前に、この鍋とわしの心を、真っ白に洗い流したいんじゃ。




