第4話
やったで。倉敷の実家で、同級生の友達とカレーを作っとる。
飴色玉ねぎとスネ肉がええ塩梅に煮込まれて、元コックのわしが完成の一歩手前まで完璧に導いとった。鍋の中ではスパイスの香りが鼻をひくひくさせてくる。
――あぁ~、たまらんのう。
だが、ここからが地獄の始まりじゃった。
「わし、隠し味にこれ入れたらコクが出るんじゃろ?」
友達がどこで聞きかじったんか、板チョコを数枚、わしの静止も聞かずにドバーっと放り込みよった。
「おい、待て! 入れすぎじゃ!」
そこへ、居間でテレビを見とったおかんが「あんた、コーヒー入れたら深みが出るよ」と台所に乱入してきた。おかんの手には、使い古されたインスタントコーヒーの瓶。
「おかん、ちょっとでええぞ、ちょっとで……」
わしの願いも虚しく、おかんは乾いた粉をスティック3本分、ドバーっと投入しよった。
――あぁー、もうめちゃくちゃじゃ。
鍋の中は一瞬で真っ黒に変色した。カカオの甘い匂いとコーヒーの苦い香りが、スパイスを掻き消して部屋中に充満しよった。元コックの計算が一ミリの隙もなく打ち砕かれた瞬間じゃ。
横では太郎の奴が、異様な匂いを察知したのか、台所の隅で「クゥーン」と鼻を鳴らしとる。
「お前が入れたんじゃろ!」
わしが友達を見た。
「おかんも入れたし……」
「お前が先じゃ!」
おかんが「……深みが出たじゃろ」と満足げに言いながら居間へ戻っていった。
恐る恐る一口啜ってみた。苦い。そして、妙に甘い。何とも言えん複雑な味が広がりよった。
友達が不安そうに覗き込む。
「……大丈夫ですかね」
「大丈夫じゃない」
わしは黒い鍋を眺めた。おっさんがおったら「泥水じゃないですか!」と笑い飛ばして、それでも食いよったじゃろ。兄ちゃんは絶対に二杯食いよったじゃろ。思わず口の端が上がりそうになったのを、わしは堪えた。
「……まあ、食えんことはないわ」
「それ、褒め言葉ですか」
「褒めとらん」
――もう一度、あいつらと作りたいのう。
こんな変態親父と隠し味遊び、してみたいもんじゃ。ああ~、早く普通のカレーにまみれたいのう。倉敷の実家の台所で、黒い鍋を囲んで立ち尽くしとるぞ。
――牛乳持って来てくれる奴、おらんかのう。おかんの分も頼む。土方姿に戻る前に、この苦味を中和して、まともな夜を迎えたいんじゃ。




