第1話
やったで。今日から盆休みじゃ。
一週間、岡山の現場でコンクリートまみれになっとった体を、軽トラの運転席に沈めた。助手席には、首をかしげて不思議そうにしとる太郎がおる。
「太郎、今日は遠出じゃぞ。倉敷の実家へ帰るんじゃ」
太郎の奴、言葉が分かったんか、窓の外を流れる景色を眺めながら「クゥーン」と鼻を鳴らしおった。
2号線を西へ走り、倉敷の古い町並みが近づいてくると、鼻がひくひくしてくる。潮の匂いと、古い木造家屋の埃の匂い。腹の中では、言いようのない緊張感がぐるぐるしとる。
実家の門をくぐった瞬間、縁側で煙草をふかしとった親父と目が合った。
「……帰ったか」
「ああ」
それだけじゃ。元コックのわしが、包丁を捨てて土方になったことを、この親父はいまだに許しとらん。
居間に入ると、おかんが「太郎ちゃんも一緒か、ええ子じゃのう」と笑いながら、台所から麦茶を持ってきた。
「あんた、腹減っとるじゃろ。何か作るけぇ、待ちんせえ」
「ええわ、わしが作る」
わしは地下足袋を脱ぎ捨て、数年ぶりに実家の台所に立った。
冷蔵庫を開けると、そこには使い古された味噌のパックと、家庭菜園で穫れた不揃いの夏野菜がしこたま詰まっとる。鼻がひくひくしてくる。これじゃ。この匂いが、わしの原点じゃ。
トップバリュの黄色いラベル……といきたいが、実家の仏壇の前じゃ。今日は冷えた麦茶を一口煽り、わしは包丁を握った。
親父の好きな茄子の煮浸しと、おかんが好きな素麺。それに、太郎のために塩抜きした鶏のささみ。
鍋に醤油と出汁をドバーっと合わせて火にかけた瞬間、実家の台所に甘辛い湯気がぐるぐると立ち込めていく。
「わしさん、ええ匂いじゃのう」
いつの間にか、兄ちゃんとおっさん……じゃなく、親父とおかんが後ろでじっとわしの手元を見とる。
茄子をずるっと出汁に沈めてやると、紫色の皮が熱を帯びて、じゅわじゅわと音を立てよる。口の中に放り込むと、出汁の旨みがずるずるして、喉の奥まで優しく広がっていく。
「……腕は落ちとらんな」
親父がぽつりと言いながら、箸を動かした。わしは何も言わずに、ただ素麺を啜ったんじゃ。
太郎の奴、ささみを平らげて、親父の足元で尻尾をブンブン振っとる。鼻の奥がツンとしやがった。
――もう一度、この台所で作りたいのう。やっぱり実家の飯は、何とも言えん味がするわ。
こんな変態親父と実家遊び、してみたいもんじゃ。ああ~、早く倉敷の風にまみれたいのう。
倉敷の古い路地裏で会える奴なら最高じゃ。土方姿のまま、実家の片付けしながら待っとるぞ。
――古いアルバム持って来てくれる奴、おらんかのう。




