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1-8 マザーロマリオ教会

 冒険者ギルドを後にし、王都を散策する。隣で石畳の舗道を歩くアマネが、俺に腕を絡めて離さない。目指すはアマネが働いていた教会――マザーロマリオ教会だ。


「ふふ、せつくんとデートしてるみたいで嬉しいです」


 ――アマネは可愛いなあ。


「アマネ、教会はこの先か?」


「はい、せつくん。真っ直ぐ行っていただければ」


 冒険者ギルドや巨大な円形闘技場、王城などが(ひし)めく牧歌郷(ぼっかきょう)アルカディアの王都・アルカグラの中心街を抜け、郊外へと向かう。(やが)て西日が傾き始める頃、一際目を惹く白亜の建物が視界に入った。


「懐かしいですね……。こちらが私が働いていた、マザーロマリオ教会です」


 尖り屋根の十字架に西日が差す様は、実に幻想的で荘厳だ。身廊と翼廊が交差して十字架を模した、所謂(いわゆる)、バシリカ型の教会である。ステンドグラスが鈍く光を返し、風が鐘の余韻を運んでいた。


「マザーロマリオ教会には孤児院が併設されております。身寄りのない子供達を、こちらでお預かりしているんですよ」


 アマネの言う通り、敷地内には孤児院も併設されているようで、敷地の奥を子供達が(はしゃ)いで駆け回っていた。その明るさは、「孤児院」という言葉から連想される寂しさとは対極的だ。


「きゃはは!ミナ、次鬼ね!」


「ルークぅ!待ってよぉ!」


 子供達の(はしゃ)ぐ声、駆け回る足音が響き渡っている。笑い声が風に混じって響く。不条理な世界の片隅に、こんな穏やかな場所があるのか。思わず口角が緩む。


「あれ?君達、マザーロマリオ教会に何か用かい?」


 背後からの声。振り返ると、丁度(ちょうど)そこを通り掛かった一人の男性の姿。俺達に向けられた視線に、声が自分達へのものだと()ぐに理解する。


「はい、私がこのマザーロマリオ教会でお仕事させていただいていたんです。マザー・エニスにご挨拶を、と思いまして」


「へえ。マザー・エニスは凄い人だよ。身寄りのない子供達を一手に引き受けてる。マザー・エニスは俺達の信仰の象徴さ。王都でマザー・エニスを悪く言う人はいないよ」


 ――マザー・エニス。余程人望があるようだ。


「じゃ。マザー・エニスによろしくね」


 そう言い残して男は去った。俺達は敷地へ足を踏み入れる――その瞬間、小さな悲鳴が上がった。


「きゃっ!」


 目の前で四歳くらいの女の子が転んでいた。白ブラウスの上から黒いタータンチェック柄のジャンパースカートを着た、内巻きの銀髪ボブスタイルの可愛らしい女の子。左右のサイドの白いポンポンヘアゴムがやけに目を惹く。


「うう……」


 女の子は膝を擦り剥いて泣きそうになっている。アマネは()ぐに膝を突き、祈るように両手を合わせた。淡い緑の光が小さな傷口を包み込み、ゆっくりと癒していく。


「痛いの、痛いの、飛んでいけ――」


 優しい声と共に傷は跡形もなく消えた。女の子はぽかんと目を丸くし――(やが)て、(かす)かに微笑んだ。


「あ……おねえたま、あ、ありがと、です」


「うっ……!」


 アマネの母性本能を(くすぐ)ったのか、アマネは胸を押さえた。母性の爆弾を食らった顔だ。確かに、「おねえたま」は強烈過ぎる破壊力だ。


「な、なんですか、この天使は……」


 ――この子も孤児か。残酷だな……。


 女の子はふらりとその場に立ち上がり、小首を傾げ、じっと俺達を見上げてくる。ジト目が印象的で、何故か目が離せなかった。


「あの、おにいたま、おねえたま、マザーにようじがあるなら、あんない、するです」


「そうか。よろしく頼むよ」


 撫でた頭は柔らかく、少女は少し照れたように笑った。


「へへ、わたし、フラン。おにいたまとおねえたまは?」


「セツナだ」


「私はアマネシエルです。フランちゃん、よろしくお願いしますね」


「うん、がんばる」


 小さな手が俺達の手を引く。その力は頼りない程弱いのに、不思議と温かかった。


 フランが俺達の手を引き、そのまま真っ直ぐ、教会の正面玄関に案内される。この教会が立派な部類に属することは、素人目にも明らかだった。


「おにいたま、おねえたま、かいだん、ある。きをつけて」


「ああ、ありがとう。フラン」


 正面玄関から教会に一歩足を踏み入れると、神聖な雰囲気が俺達を出迎えた。ステンドグラスから差し込む光が床に色の帯を落とし、静かな空間を神聖な色に染め上げている。装飾は重厚で、長い年月を掛けて積み重ねられた祈りが、そのまま形になったような場所だった。奥には祭壇や告解室も見受けられる。


 その祭壇の前に――彼女は立っていた。黒い修道服に身を包んだ(ふく)よかな老女。頬に刻まれた(しわ)が深い分だけ、慈愛の光を宿している。目を細め、両手を胸の前で合わせながら、柔らかく微笑んでいた。


「あら、いらっしゃ……あなた、アマネシエル……?」


 老女――マザー・エニスの声が震えた。十年振りに見る教え子の姿に、目尻に涙を浮かべている。彼女からすれば、十年前に外の世界に送り出した(はず)の、我が子といっても過言ではない者との久々の再会だ。アマネもまた、涙を浮かべて(うやうや)しく頭を下げた。


「マザー・エニス、ご無沙汰しております」


「まあ……立派になってくれて、本当に嬉しいわ。でも、相変わらず若いままなのね」


「あなたがマザー・エニスですか」


「あら?あなたは?」


「マザー・エニス。こちらの方は私のご主人様であられる、セツナ様でございます」


「紹介に預かりました、セツナです」


「そう。色々話も聞きたいわ。どうぞ、座って――」


 促され、長椅子に腰を下ろす。彼女の笑みは穏やかで、まるで全てを包み込むようだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「そう……セツナさんが、アマネシエルが待ち続けた方だったのね……」


 マザー・エニスは穏やかな表情のまま、俺達の話に黙って耳を傾けてくれた。アマネシエルが待ち続けた男の子の正体が俺だったこと。アマネシエルと共にここまで旅をしてきたこと。マザー・エニスの神聖な笑みは、全てを受け入れてくれる気さえした。


「フランも偉かったわね。お客様をちゃんと案内してくれたのね」


「えへへ、フラン、えらい、です」


「それでマザー・エニス、あの子達は何処(どこ)に……?」


 アマネが問い掛けた。「あの子達」という言い方から察するに、十年前、アマネが孤児院で働いていた頃にいた子供達のことだろう。


「ええ、アマネシエル。あの子達ならみんな、養子として引き取ってもらったわ。どの家庭も本当の我が子のように愛してくれて、すくすくと育っているはずよ」


「そうでしたか。安心しました」


 アマネの肩から、(わず)かな緊張が抜ける。


「それでセツナさん、アマネシエル、あなた達はこれからどうするつもりなのかしら?」


「そうですね……。はっきりとは決めていませんが、十傑を目指して旅を続けようかと」


「じ、十傑……!?まぁ、凄いこと……!」


「せつくんは『最期に笑って死にたい』という立派な目標をお持ちです。私は、愛するせつくんに少しでもご助力出来るよう、全身全霊を(もっ)てお供するつもりです」


「ふふ、アマネシエルは本当にセツナさんが好きなのね。あなたが心から愛せる人と出会えて、私、本当に嬉しいわ」


「はい、私はせつくんを愛しております」


 唐突に向けられた視線が、少しだけ痛い。マザー・エニスが穏やかに微笑みながら、俺へと問い掛ける。


「それで、セツナさんはアマネシエルのことをどう思っているのかしら?まだお付き合いはしていないのでしょう?」


「ど、どうって……」


「せつくん……お聞かせください」


 逃げ場はない。(しば)し沈黙し、(やが)て俺は口を開いた。


「俺も……アマネシエルのことは好きですよ。ただ……俺みたいなクズには、アマネシエルは勿体ないです」


「――せつくん!そんなことは!」


「おにいたま……?」


 ――しまった。変な空気にしてしまった。


 空気が少しだけ重たくなる。俺は取り繕うように言った。


「ごめん、アマネシエル。本心だ。やっぱり俺には、アマネシエルの気持ちに応える資格がない」


「……………………」


 アマネシエルは悲しそうに眉を下げてしまった。その様子を見守っていたマザー・エニスは、何かを察したように、優しい声で口を開いた。


「大丈夫よ、セツナさん。きっと辛いことが沢山(たくさん)あったのね。でも大丈夫。きっと神様は見てくださっているわ」


 マザー・エニスの優しい言葉。流石(さすが)はこのマザーロマリオ教会の代表にしてマザーロマリオ孤児院の院長。言葉の説得力が違う。俺は無宗教だが、常人なら()うに落ちていただろう。


 ――だが俺の心は、前世で既に死んでいる。海の底で、全部手放してしまった。もう何も、感じないのだ。俺の壊れた心には、マザー・エニスの優しい言葉は響かなかった。


 優しい言葉も、信仰も。俺の壊れた心の底までは、届かない。


「……ありがとうございます。マザー・エニス」


「マザー・エニス、久々にお会いできて良かったです」


「私も会えて良かったわ、セツナさん、アマネシエル。また王都に寄ったら遊びにいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」


「じゃあな、フラン」


「おにいたま……うん、バイバイ」


 小さな手を振るフランの笑顔は、何処(どこ)か寂しげだった。――その意味を、俺達はまだ知らなかった。

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