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1-37 鼻摘み者

 ――二日後、昼。王都から歩いて一日。俺達〈神威結社〉は、平原に突如として現れる巨大な円壁――アガラサキの城壁の前に立っていた。押し付けられるような無風の陽光が、鉛色に(くす)む石肌を照り返し、目が焼ける程眩しい。


 俺はニット帽を押さえながら、天へと突き刺さるような輪郭を見上げる。


「ここがアガラサキか」


「そのようですな……」


 タクオフの額を伝う汗。アマネは冷静に、高さ五十メートルはあろう壁面を観測するように眺めている。


「これは……難儀しますね」


「高いですねーっ!」


 ハズレちゃんが呑気に手を(かざ)して陽を遮り、フランはいつものように俺の背中で親指を(くわ)え、世界と半分だけ関わっている。


「おにいたま、おっきい」


「そうだな……。ふむ、困ったなこれ……どう入るんだこの中……」


「師匠なら壊せるのでは?」


「いやタクオフ……(いく)らなんでも無理だろ……」


 ――生物ではない城壁に掟なんて通用しない。この城壁を突破するのは無理だ。


「せつくんなら大丈夫ですよ」


「セツナセンパイならできますよっ!」


「ええ……じゃあやるだけやってみるか……?」


 周囲には何もない平原が広がるばかりで、門らしい門はどこにも見当たらない。世界の端に線を引くように、ただ巨大な壁だけが屹立(きつりつ)している。


 俺は拳を固め――迷いより先に衝動を優先させ、城壁へ打ち込んだ。


 ゴン。


 平野に重い反響音が響き渡る。手応えはゼロ。いや、マイナス。拳の骨が悲鳴を上げた。


「――いってえ!!!」


 案の定、城壁には傷一つ付いていない。無慈悲にも、堂々と、その高い壁はそこに「在る」だけだ。俺は半泣きで仲間達を振り返る。


「ほら見たことか!」


「申し訳ないですぞ……」


「ごめんなさい、せつくん……」


「てへっ☆すみませんっ☆」


「あのな……」


 アマネが淡い緑光の癒しで拳をそっと撫でる。温もりと共に痛みが引いていくその感覚が、妙に情けなかった。


「サンキュー、アマネ」


「いえ。……とはいえどうしましょう。リューカさんはこの中にいるのでしょうか?」


「ハズレちゃんの灰色の脳が告げていますっ!リューカさんはこの中にいますよっ!」


「とはいえさっき外周を見て回って、出入口らしきものは何もありませんでしたぞ?」


 ――そこで気付いた。


 空を裂く光の尾。高空に、人影があった。光速に迫る飛行。質量を持つ存在には許されない(はず)の速さ。眩い光を放つ人影は、凄まじい速度――(まさ)に光の速さ――「光」速移動(こうそくいどう)と言って差し支えない速度で、城壁へ一直線に突っ込んでいる。


「あ?なんだあれ……」


 ――アインシュタインの特殊相対性理論とくしゅそうたいせいりろんによれば、質量を持つあらゆるものは光速に達することは出来ない、というのが現代科学の鉄則だ。仮にそれが可能だったとしても、衝撃波の発生、身体が細胞レベルで破壊されることは(まぬが)れない。そのあらゆる絶対の物理法則を無視するあの人間は、どう考えても異常だ。


 金髪ツインテール。桜色の毛先。女は光を拳に集めると、そのまま拳を前に突き出し、城壁へと降下し――


 ドゴォォォォォォン!!!


 轟音と共に、五十メートルの城壁が「破壊」ではなく「消失」した。ロケットランチャーでもブッ放したかのような光景。砕け散った石が砂のように崩れ落ち、瓦礫煙が風を裂きながら水平に広がっていく。


「マジか……」


 あまりの驚きに、口を()いて出た驚嘆は、崩れ去ってゆく瓦礫(がれき)の音に()き消された。


 ――だが、そんな絶対の物理法則すらも土足で踏み(にじ)る人間がこの新世界に存在することを、俺は知っていた。間違いない。あの女は……。


 満足そうに腰に両手を据えながら浮遊するその女は、地上の俺達の様子に気付いたらしく、俺と目が合った。女は笑う間もなく急降下し、ふわりと大地へ降り立った。


「アンタ達、何してんの?」


 雑誌の表紙からそのまま飛び出したかのようなギャル。髪型は毛先にカールの掛かった、ツーサイドアップに近い金髪ツインテール。緩く巻かれた金髪のツインテールは、毛先に掛けて美しい桜色のグラデーションとなっており、軽やかで明るい印象を与える。


 ――滅茶苦茶可愛いな……。


 斜めに流れるような金色の前髪を、太陽を(かたど)ったバレッタ――髪留めで留めている。前髪の両サイドは胸元程まで伸びた髪が所謂(いわゆる)、触覚のように揺れていた。


「危ないから早く帰りなさいよね」


 短い白のトップスと黒のレザーショートパンツ。肩とヘソと太腿(ふともも)が遠慮なく晒され、ショートパンツからは「見せパン」の(ひも)が覗く。その胸に輝くエンブレムが、十傑であることを誇示していた。


 ――通称、「#ぶっ壊れギャル」――十傑・第七席――ヒナティ――。


 ヒナティは両手をすっぽりと包んだ、シリコン製のガントレットを装着していた。〈キラメキ〉と呼ばれるそれには、大きな太陽の刻印が施されている。


「十傑のヒナティ女史ですかな……!?」


「そうよ。見ればわかるでしょ……」


 都会の雑踏から来たような違和感が、逆にこの女を本物へと引き上げていた。


「すごいっ!本物のヒナティさん、初めて見ましたっ!十傑・第九席のディーネさんと並んで、全女の子の憧れですよっ!」


「そ、そんなことないわよ」


 ヒナティは(わず)かに頬を染める。そして俺の背後に立つアマネをちらりと見て、続いてタクオフのTシャツに目を留めたヒナティは、露骨に眉を(ひそ)める。


「……って何?アンタ、その服……。ダッサいわね」


 ヒナティが毛先をくるくる弄ぶ仕草すら、破壊力を孕んでいる。可愛らしい八重歯(やえば)()()なく覗く。


「ほほう、ヒナティ女史、この『マジカル魔法少女☆キューティーミライ』に興味があるのですかな!?」


「……ないわよ」


 ヒナティは呆れた様子で吐き捨てると、再びふわりと宙に浮いた。背後に(たたず)むアマネは何も言わず、その様子を静観していた。ヒナティのルビーの瞳が俺を捉えた。


「アンタ達、冒険者でしょ?早く帰らないとホントに危ないわよ」


「ヒナティだったか。アガラサキに何か用か?」


「そうね。でもアンタ達に話す筋合いはないわ」


「そうか」


「忠告はしたわ」


 金色(こんじき)の軌跡を残しながら、ヒナティは空へ舞い上がり、自ら穿(うが)った巨大な穴へと戻っていった。


「ヒナティ女史……本物は滅茶苦茶可愛かったですな……」


「お前な……」


 アマネが、改めて俺に向き直る。


「それでせつくん、ヒナティさんのお陰でアガラサキに入れそうですが、どうされますか?」


「――当然GOだろ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 十傑が残した巨大な穴からアガラサキに入ると――そこは「災害後の公営住宅街」のようだった。


 一面の白い直方体。無表情なプレハブ住宅が、円形都市の内部をぎっしりと埋め尽くしている。人工的な均質さが、妙に胸を締め付けた。


「プレハブ……?なんだこの街は……」


「不思議な街ですね……」


「あんなに派手に瓦礫が崩れたのに、街中に何の被害もないなんてすごいですねっ!さすがヒナティさんですっ!」


「十傑であるヒナティ女史だからこそ出来る芸当ですな……」


 ――空を飛び、パンチ一つであの城壁を消し飛ばす身体能力――(いな)、ユニークスキルも脅威だが、それだけじゃない。この密集したプレハブ群に一切被害を出さない精密さ。これが十傑か……。


 プレハブとプレハブの間には車道が敷かれ、横断歩道や信号機もある。だが、走行する車は一台もない。プレハブの街に当然のように敷かれた車道は、(かえ)って違和感を際立たせていた。


 プレハブから出てきた人々が、唖然(あぜん)とした様子で城壁の大穴を見上げている。


「なんだ?今の爆音は……?」


「城壁に穴……!?」


「な、何が起こったんだ?」


「俺見たぞ!十傑のヒナティ様だ!」


「ヒナティ様が……助けに来てくださったってこと!?」


嗚呼(ああ)……遂に俺達はこの支配から(のが)れられるのか……」


 住民達は歓喜の表情を浮かべ、抱き合ってその喜びを噛み締めている。中には、涙を流す者も大勢見受けられた。


 ――「支配」、か……。


 その言葉が重く、都市全体に落ちた影のようだった。だが突如、街が水を打ったように静まり返る。住民達の視線が一点へ吸い寄せられる。


 横断歩道の上に――黒い軽装の鎧、長い黒髪、赤い瞳。二本の黄色い角。――リューカ。


「うわ……最悪。ニラカイザの妹かよ……」


「ちっ、何しにきたんだよ……」


中入(なかはい)れ、中入れ。関わらない方がいい」


 住民達は蜘蛛の子を散らすようにプレハブへ逃げ込み、扉が次々と閉ざされてゆく。金属音が冷たく街へ響く。取り残されたリューカの表情には、隠しようのない寂しさが滲んでいた。


 二本の黄色い角を生やした長い黒髪の女――リューカは寂しげな表情を浮かべたのち、車道の上に立つ俺達をきっと(にら)み付けた。


「デケェ音がしたと思って来てみりゃァ……なんだァこれはよォ……!」


「おうリューカ、また会ったな」


 俺の声に、リューカの顔が一気に歪む。


「――なんで来たァ!?アタイに二度と関わるなっつったはずだろォがァ!」


「ああなに、お前から最初に絡んできたのに『二度と関わるな』ってのが腹立ってな。文句言いに来てやったぞ」


「見え()いた嘘を……ッ!クソが……!なんで邪魔しやがるんだァ……ッ!」


「リューカ、お前困ってんだろ。力貸すか?」


「……ッ!……お前は強ェよ。アタイなんかよりずっと強ェ。でもよォ……兄貴にだけは……兄貴にだけは誰も勝てねェ!お前らには借りがある。巻き込みたくねェ。帰ってくれ……ッ!」


 リューカの瞳に、じわりと涙が溜まる。その表情には、悔恨(かいこん)怨恨(えんこん)、憤怒――様々な感情が、滲み出すように混ざり合っていた。


「こんな月並みな台詞言わせるなよ。やってみなきゃわかんねーだろ」


「そうじゃねェんだァ!……千回!千回も、アタイは兄貴を殺そうとして返り討ちに遭ってる!兄貴はアタイを殺しやしねェ!兄貴はアタイを都合のいい金ヅルだとしか思ってねェんだッ!ク……ソッ……!!」


「そうか」


 千回分の傷跡は、鎧の下に隠されている。それでも、声の震えだけで、その重さは充分過ぎる程に伝わってきた。


「アタイが……アタイが兄貴を殺すしかねェんだッ!」


「そうか」


「クッソ……ッ!今日こそアタイは兄貴を殺して……ッ!全部……終わらせるんだァ!!!」


 リューカは叫び、己の恐怖を押し潰すように力強く(きびす)を返した。そしてプレハブ街の中心――「支配者」の鎮座する場所へと颯爽と走り去っていった。


 再び、一時の静寂がプレハブの街を包む。乾いた風が、その静寂ごと、この閉ざされた都市を撫でてゆく――。

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