1-36 Re:ドラゴニュート
「あァ!?なんだそれェ!?」
「スリングショットだ」
「ガッハッハ!そんなおもちゃみてェなモンでアタイと殺るってかァ!?」
リューカが嘲るように牙を見せる。俺は指先で〈エフェメラリズム〉のゴム紐を軽く弾きながら、淡々と告げた。
「舐めてると痛い目見るぞ」
「おォおォ!威勢がいいなァ!」
リューカは腰を低く落とし、獣のように背筋を弓なりに撓らせる。庭園の空気がヒリつくように引き締まり、葉擦れの音すら遠のいていく。戦いの気配が、刻一刻と濃度を増していった。
「皆さん、せつくんの邪魔になってしまいます。私達は離れていましょう」
「りょ、了解ですぞ」
「はーいっ!」
アマネの言葉を合図に、〈神威結社〉の面子は一斉に距離を取る。
俺はポケットのパチンコ玉を幾つか握り締めた。金属の冷たさが、戦いの始まりを告げる鐘のように掌へ沁み込む。リューカは俺の背後――噴水の陰で存在感を消そうとしていたタクオフを見つけ、眉を顰めた。
「おいテメェ……!なんだテメェはよォ!」
「――ぶひっ!?しょ、小生ですかな!?」
「そうだァ!テメェだァ!この前はいなかっただろォがァ!」
「しょ、小生はただの商人ですぞ……!」
「タクオフ……バカお前……」
「おォ!『商人』かァ!金持ってそうだなァ!」
その瞬間、リューカの気勢が更に荒ぶり、土煙のような気迫が舞い上がった。俺は一つ、溜息を吐いた。
「おいリューカ、お前の相手は俺だろ。お前、この前軽く捻ってやったのを忘れた訳じゃあるまい」
「ハッ!二度とあんなヘマするかよォ!お前の『麻痺させるユニークスキル』は喰らわねェ!」
――そう。俺の神話級異能、〈天衡〉は使い方によってユニークスキルの本質を隠したまま完勝することも出来る。情報を与えていないので当然と言えば当然だが、リューカは未だ勘違いしたままだ。
『掟:発声を禁ず。
破れば、麻痺する。』
無言で掟を発動させる。
――取り敢えず様子見……。
「――っしゃァ!速攻だァ!」
リューカが地を抉るようなスタートで飛び込む。疾走というより、最早、突進だ。鉤爪が夕陽を裂き、空気を震わせる。
その瞬間、一拍だけ。リューカの動きに、微細な歪みが生じた。
「また麻痺かァ……!おらァ……ッ!」
リューカはほんの一瞬怯んだが、空をX字に裂き、気合いを入れ直すと、そのままの勢いでこちらに迫ってきた。
「――『竜ノ両鉤爪』!!」
X字に閃く二本の鉤爪。俺は〈エフェメラリズム〉を射出して受けた。そしてその反動を利用して踵を押し込み、リューカの身体を蹴り飛ばす。
――そうか。気合いで麻痺を突破するか。それなら……。
『掟:発声を禁ず。
破れば、受ける損傷が二倍に増幅される。』
スリングショット――〈エフェメラリズム〉のゴム紐とパチンコ玉を一気に引き絞り、パチンコ玉をリューカの脳天目掛けて射出――。空気を裂いた弾丸が、乾いた音を立ててリューカの頭蓋を打ち据えた。
「――いッでェ!」
呻き声を上げる間も与えない。俺はそのまま間合いを潰し、〈エフェメラリズム〉での連撃を叩き込む。リューカも必死に鉤爪を振るって応戦し、その度に庭の砂利が跳ね、石畳が音を立てた。
「――いでェいでェいでェ……ッ!!なんだァお前!?喋らねーでよォ!」
――ダメージ倍加……これでもくたばらないか。……認識を改めよう。強いな。
『掟:被水を禁ず。
破れば、身体能力が半減する。』
――これで掟は上書き……俺も喋れるようになる。
「ガッハッハ!アタイ知ってんだぞォ!子ガキがいて、メイドがいるってことは、金を持ってるってことだァ!」
「子ガキ……?お前、子供のこと子ガキって呼んでるのか……。止めた方がいいぞ」
「うるせェ!――それよりてめェ!防戦一方じゃねェかァ!?『竜ノ鉤爪』!」
頸動脈へ伸びる鉤爪。俺は身体を翻し、その軌道を紙一重で滑り抜けた。
「――うおッ!?」
空を切った反動でバランスを崩し、前倒りに倒れ込むリューカ。その背中――黒い軽装鎧のど真ん中に、渾身の踵落としを叩き込む。鈍い音と共に、リューカの身体が石畳に沈み込んだ。
「――がはッ……!て、てめェ……ッ!」
その勢いを殺さず、回し蹴りを叩き込む。リューカの体は軌道を変えられた弾丸のように吹き飛び、噴水のパイプ部分――筒状の噴水口にガン、と音を立てて激突する。水飛沫が派手に上がり、受け皿に雨のように降り注いだ。
「クッソ……!」
濡れた黒髪を振り乱しながら、リューカは苦々しく立ち上がる。噴水口から吹き出す水が、容赦なくその髪を打っていた。
俺は〈エフェメラリズム〉に新たなパチンコ玉を装填し、構えを取り直して言う。
「おい……まだやるのか?女を嬲る趣味はないんだがな」
「クッソ……がァ!アタイじゃ勝てねェってのかよ……ッ!」
「帰れ。お前にやる金はない。真面目に働きな」
「――『竜ノ息吹』!!」
口腔から迸る橙色の炎。リューカが身に着けた黒い軽装の鎧が、その炎の輝きを艶めかしく反射する。
「火炎放射……!?大道芸かよ……」
――マジで「ドラゴニュート」だな。最高にファンタジってる。
『掟:被弾を禁ず。
破れば、無傷で済む。』
〈エフェメラリズム〉のゴム紐を引き絞ったまま、俺は炎の壁の中へ踏み込む。熱と轟音が視界を塗り潰し――次の瞬間、炎を割って俺は一歩、前へと出た。
炎が晴れた瞬間、リューカが目を丸くする。
「う……ッそだろ……!アタイの攻撃が何も通用しねェなんて……ッ!」
「切り札だったか?お前の負けだ」
それでも、リューカは吠えた。
「――るせェ!金がなきゃ、金がなきゃ……アイツらを救えねェんだよォ!」
「……アイツら?」
「テメェには関係ねェ!」
「そうか」
そこで、引き絞っていたゴム紐から手を離す。解き放たれたパチンコ玉が、再びリューカの脳天を正確に撃ち抜いた。
弾かれた玉がぽちゃんと音を立て、噴水の受け皿に沈む。リューカは意識を失い、水飛沫を上げながら、仰向けに倒れ込んだ――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――数刻後、夜。オクタゴンの二階の個室。リューカはベッドの上で小さく呻き、軈て瞼を震わせた。
「う……うう……うっ……」
「――リューカ女史!お目覚めですかな?」
「リューカさんっ!」
「目が覚めたか、リューカ」
ベッドに横たわるリューカ。それを囲うように、〈神威結社〉の面々が集まっている。灰皿に煙草を擦り付け、新たな一本を口に咥え、オイルライターで着火する。
「あ……あァ?な……にが……」
「リューカさん、お怪我は大丈夫ですか?」
「あ……あァ……?」
皆の視線を感じながら、リューカは上体を起こし、鎧の内側にそっと触れ――目を見開いた。
「傷が……治ってやがる……だとォ?元々あった傷も……」
「鎧で上手く隠していたようですが、全身ボロボロでしたよ」
「お前らァ……アタイは二度もお前らから金を奪い取ろうとしたってのに……アタイを助けてくれたのかよォ……」
その声は――荒んだ街角を生きてきた女の声ではなかった。一匹の迷い子のようで、痛々しい程弱かった。
「リューカ女史……」
「リューカさん、簡単なものですが、お食事を用意しております。よろしければどうぞ」
アマネが差し出した皿には、湯気を纏ったおにぎりが三つ。
「メシまで……アタイなんかに……いいのかよォ……」
「はい、もちろんです」
リューカは震える手でそれを掴み、涙を流しながら齧り付いた。
「……っ!すまねェ!すまねェ……ッ!」
ポロポロ零れる涙が、ベッドシーツをぽつぽつと濡らす。整った顔立ちは、今やぐしゃぐしゃに歪んでいた。
「アタイはダセェなァ……誰も救ってやれねェ……。挙句の果てに勝負を吹っ掛けて二度も負ける体たらくだァ……」
「どうしますっ?セツナセンパイっ!リューカさんの身柄、警察に渡す気はないですよねっ?」
「どうも事情がありそうだしな。話を聞いてからでもいいだろう。リューカ、いいな?」
「お……おォ……」
リューカは未だ動揺を隠せないまま、手の甲で涙を拭って、赤い瞳で真っ直ぐ俺を見る。その瞳には、はっきりした戸惑いが浮かんでいた。その様子を、全員が黙って見守る。
「お前は何のために俺を襲った?」
「それはァ……言っただろォがァ……。金のためだァ……」
「そうか。何故金が必要なんだ?」
「……ッ!なおさらお前らには言えねェよ。巻き込むワケにはいかねェ」
「『アイツらを救う』だのなんだの言ってたがそのためか?」
「言えねェ。アタイの傷を治してくれたことも、警察に突き出さなかったことも感謝してる。だがよォ……お前らみてェないいヤツは巻き込めねェ」
その言葉には、覚悟が滲んでいた。誰かを守るために、自分だけが泥を被ろうとする者の覚悟だ。
「そうか。じゃあ俺の話は終わりだ。帰れ」
「いいんですかっ?セツナセンパイっ!」
「アタイも二度とお前らは襲わねェから、アタイには二度と関わるなァ。邪魔したなァ……」
リューカは立ち上がると、扉を開けて徐にオクタゴンを出ていった。窓から差し込む月明かりが、その様子を寂しげに照らしていた。
「リューカおねえたま、かなしそう」
「セツナセンパイっ!帰しちゃって良かったんですかっ?」
「まあ……口を割らないなら仕方ないだろ……。……ん?なんだこれ」
リューカのいたベッドに、一枚の紙片。円形の都市。高い城壁。アマネが声を漏らす。
「王都アルカグラから徒歩で一日――城壁に囲まれた円形都市、アガラサキの地図ですね」
「アガラサキ……聞いたことがありますっ!誰も中に入れないため完全に中はブラックボックスっ!鎖国状態なんだとかっ!」
「なんでリューカ女史がそんな場所の地図を持っていたのですかな?」
リューカが浮かべていた、あの悲しそうな目。誰にも頼れず、誰も味方がいない境遇。それは、前世の自分と重なる部分が多過ぎた。
――どうしても、見捨てる気にはなれない。
「我儘を言っていいか?」
「はい、せつくん」
「おにいたま、いつもいっしょ」
「師匠!何なりと!」
「私もいますよっ!」
「ありがとう」
信頼する仲間達は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「俺は――リューカを助けたい」
その言葉に、仲間達の視線が静かに重なった。〈神威結社〉の旅路は、また一つ、別の方向へと枝を伸ばし始めていた。
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