1-34 D級昇格戦:結
パシカの唇が僅かに吊り上がる。勝利を確信した捕食者の笑み――。
「……ふひひ、勝った」
確信に満ちた声音。勝利を確信し、北叟笑むパシカ。――だが次の瞬間、パシカの瞳が揺らぐ。俺の頭上に浮かぶカード。その中央に浮かび上がったのは、無慈悲な――「×」。
「……ふひっ、ひ?」
笑みが凍り付く。静かに、しかし決定的に、勝敗の天秤が反転する。
「勝負あったな。パシカ。面白かったぞ。――だが、甘い」
白衣の肩が小さく震える。丸眼鏡の奥で、瞳が信じられないものを見るように揺れた。
「……そんな……嘘……」
「せつくん……!わかったんですね……!」
「当てちゃってくださいっ!セツナセンパイっ!」
「師匠!行けますぞ!」
視線が一斉に俺へと集中する。部屋の空気が、音を立てて張り詰めた。この一言で、全てが決まる。俺は静かに笑った。
「――『回答』。『それは「影」ですか?』」
――瞬間。
ピンポンピンポンピンポーン
バラエティ番組の正解音のような電子音が部屋中に弾けた。パシカの頭上のカードに、「影」の一文字が鮮烈に浮かび上がる。見慣れた日本語だ。
次いで、ホログラムが硝子片のように粉々に砕け散り、正解の光が宙を走った。ほぼ同時に、俺の頭上のカードも消えてゆく。
『Dランク昇格戦の勝利を確認しました。セツナ様の冒険者ランクはDランクへ昇格となります』
淡々としたアナウンスを掻き消すように、仲間達の歓声が爆発した。
「おにいたま、かった!すごい!」
「成程……!『影』……!盲点でしたぞ……!」
「流石せつくんです」
「セツナセンパイっ!すごいですっ!」
抱き付く者、ハイタッチを求める者、喜びを燥ぐ幼女まで。勝利の熱と笑い声が、居間の空気を一気に塗り替えていく。
その輪の外で、敗者は一人、そっと膝を折った。
「……ふひっ、今度こそ……Dランクだと思ったのに……」
白衣の裾が床に触れ、パシカは小さく縮こまる。丸眼鏡の奥で揺れる瞳は、滲み出す涙を必死に堪えていた。俺は立ち上がり、その前に歩み寄る。
「パシカ、楽しかったぞ」
そっと差し伸べた手に、彼女の肩がびくりと震える。顔を上げたパシカは、泣き出す一歩手前の目でこちらを見た。
「……ふひっ、完敗」
握り返される指は熱く、微かに震えていた。
「……ふひひ、結局、単語はなんだった?」
「――『心臓』だ」
短く答えると、パシカは息を呑み――そして肩の力を抜いた。
「……ふひっ、そういうこと……」
「『心臓』だったのですな!確かに、人間の心臓は食べませんが、豚や牛の心臓は『ハツ』として焼肉屋のメニューにも並びますからな!」
「あーっ!『それは食べ物ですか?』って質問の回答が『△』だったのって、そういうことだったんですねっ!」
「確かに人間がいる以上、『この部屋にあるもの』……と言えますね。お見事です」
「よっしゃパシカ、お前もう帰れ」
「……ふひひ、鬼」
「もう二十三時だぞ……」
呆れ半分、名残惜しさ半分の空気が、夜更けのオクタゴンを満たしていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――翌朝。柔らかな陽光が部屋のカーテン越しに差し込み、瞼の裏を温める。ベッドの中でぐいっと大きく伸びをすると、胸の奥に小さく満たされるものがあった。久々の「一人の朝」だ。
オクタゴンの個室。このオクタゴンには十四部屋があるが、全て同じ造りだ。ユニットバスに小型の冷蔵庫、テレビに机。ホテルの客室――シングルルームをイメージすればわかりやすいだろう。
壁掛け時計の針は、綺麗に正午を指していた。
「今日も寝過ぎたな……」
快適だ。何分、目覚まし時計をセットしなくて良いのだから。いや、前世でも最終的には引き籠っていて、目覚まし時計を使う機会はなかったのだが。
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セツナの弱点 その八
目覚まし時計が嫌い
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白黒豹柄の柄シャツに黒スキニー、赤のニット帽。いつもの服装に着替え、姿見の前に立つ。真っ白でボサボサの髪、金縁の色付き眼鏡、ギザギザの歯――見慣れ過ぎた、自分の顔。
「……よし」
部屋を出ると、回廊の硝子越しにリビングに集まる〈神威結社〉の仲間達の姿が見えた。階段を下りる。階段には陽光が差し、その足取りを温かく照らしてくれた。居間へと足を踏み入れる。
「おはようございますっ!セツナセンパイっ!」
「――ちょっと!ハズレさん!せつくんに一番に朝の挨拶をするのは私の役目です!……コホン、おはようございます、せつくん」
「師匠!おはようございますですぞ!」
「おにいたま、おはよ」
「おう、おはよう。みんな早いな」
「師匠が遅過ぎるんですぞ……」
「タクオフさん、せつくんに文句があるのでしたら〈神威結社〉から抜けてください」
「――ぶひっ!?軽いツッコミも許されないのですかな!?」
笑いが弾け、空気が柔らかく揺れる。
「ふふ、冗談です」
「師匠……この人怖いですぞ……」
――昨日、俺が昇格戦に勝利したからか、アマネも上機嫌だ。
テーブルには、豪華な朝食。目玉焼き、焼き立てのパン、スープ、果物。まるで――家族の温かな食卓のようだ。続々と食卓に集まってくる面々と共に、席に着く。
「いつも美味いけど、今日はいつもより豪華だな」
「はい。ハズレさんの歓迎とせつくんの冒険者ランク昇格祝いを兼ねています」
「私も手伝いましたよっ!」
「フラン、おなかすいた」
「いただきましょうぞ!」
食卓を囲みながら、何気ない話に花を咲かせる。温かい、柔らかい時間。剣もユニークスキルも、血の匂いもない――平穏な幸せ。既に、こうして〈神威結社〉の仲間達と過ごす時間が俺の憩いになっていた。
「セツナセンパイっ!今日も頑張りましょうねっ!」
「そうだな……。と言いたいところだが、今日は、休暇にしようと思う」
「休暇、ですかな?」
「ああ。家の中でダラダラしててもいいし、外に出てもいい。自由に過ごしてくれて構わない」
「休暇、ですか。せつくんは何をなさるのでしょう?」
「俺か?地理を把握したいし王都探索にでも行ってくるよ」
「お供します」
「おう、そうか?一番休んでほしいのはいつも働いてくれてるアマネなんだけどな」
「いえ、好きでやっていることですので。せつくんのお傍にいさせてください」
「わかった」
「フランも、おにいたまについていく」
「フランも行くか?わかった」
「師匠!小生もお供しますぞ!小生の偉人級ユニークスキル・〈霧箱〉用にも、商売用にも色々アイテムを買い揃えたいですからな!」
「私も行きますよっ!セツナセンパイと一緒の方が面白そうですしっ!」
「全員来るのね……」
――こうして俺は、仲間と共に初めての休日を迎える。休息は、次の戦いの前触れだと知らぬまま――。
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