1-33 D級昇格戦:転
パシカの単語の条件――「市販されていない」、「手で持てない」、「物質ではない」、「特定の形がない」。霧の中で輪郭だけ撫でているような、掴みどころのないヒントばかりが並んでいた。
「パシカ女史の単語も意味不明でありますが……師匠の単語も意味不明ですな……」
「『食べ物かどうかわからないもの』……あっ!『ミルワーム』とかどうですかっ?」
「ハズレおねえたま、『みるわーむ』ってなに?」
「ウネウネしたキモイ虫ですっ!私は食べないですけど、食べる人もいるらしいですよっ!まさに、『食べるかどうかわからないもの』じゃないですかっ!?」
背筋が凍る。ハズレちゃんの話を聞いて気分を害した。ワーム系の虫の話は本当にやめていただきたい。
「ハズレちゃん……ワーム系は無理なんだ。その話は広げないでくれ……」
「あははっ☆ごめんなさいっ!センパイっ!」
「師匠の反応からして、『ミルワーム』は違うようですな……」
「ますますわかりませんね……」
「おにいたまのたんご、わかんない」
――因みに、少なくとも俺の選んだ単語は、学術用語や専門用語のような難解な単語ではない。フランでも知っている、極一般的な単語だ。
「フランも知っている単語だ。考えてみな」
「あい!フラン、かんがえる!」
対するパシカは、「それは食べ物ですか?」という質問に「△」が出たことが相当な誤算だったらしく、ここに来て初めて眉間に皺を寄せていた。だが、俺自身の感覚でもあれは「△」だ。パシカの上位級ユニークスキル・〈言戯〉の判定は正しい。
「……ふひひ、わからん。……取り敢えず、次、行こう」
「よし、俺の番だな」
――さて、パシカの単語に関して現段階で得られているヒントは、「市販されているものではない」、「手で持てる大きさではない」、「物質ではない」、「特定の形を持たないものである」の四つ。まだ、該当する候補は多くある。
「――『質問』。『それは大気中に含まれますか?』」
「――おおっ!上手いですぞ!」
タクオフが前倒りになる。
「確かに『酸素』や『二酸化炭素』といった気体が該当しますな!」
「はい、私も同じ考えでした」
――しかし。パシカの頭上のカードには、大きな――「×」。
「――ぶひっ!?違うのですかな!?」
「あれっ?本当にわからなくなってきましたよっ!?」
――そうか。ここも潰れるか。
「……ふひひ、良い勝負。……次、私」
パシカは一呼吸置き、淡々と矢を放つ。
「……『質問』。『この部屋の中にありますか?』」
――苦し紛れの一手。打つ手がないと言っているのと同じ……。だが……。
俺の頭上。記号が浮かび上がる。浮かび上がった記号は――「○」。
「……ふひひ、キタコレ」
「なっ!セツナセンパイっ!何してるんですかっ!?」
「師匠!よりにもよってこの部屋にあるものを選ぶなんてナンセンスですぞ!?」
「せつくん……」
今の「○」で、相手の手掛かりも一気に増えた。趨勢がじわじわと変わっていくのを肌で感じる。
――さて、不味いな。俺の番か。
「――『質問』。『それは視認することが出来ますか?』」
こちらも畳み掛けることを選んだ。パシカの頭上のカードが瞬き――「○」。
「おおっ!師匠も答えに近付いていますぞ……!」
続いてパシカ。さっきまで余裕を崩さなかった彼女の口数が、ここ数ターンで目に見えて減っている。慎重に言葉を選ぶように、低く問い掛けた。
「……『質問』。『それは人体に触れるものですか』?」
回答――「○」。
「――ぶひっ!?もう、答えに近付かれている感覚がしますぞ!」
――さて。ここまで来れば、パシカの選んだ単語の正体には、もう目星が付いている。だが、まだ「決め打ち」するには候補が少し多い。外してターンを捨てるのは愚策だ。ここはもう一手、「質問」で詰めておくか。
「――『質問』。『それは光と関係するものですか?』」
パシカの頭上に現れた記号は――「○」。盤面は、完全に終盤戦の様相を呈していた。
「ちょっ!ちょっと待ってくださいねっ!」
ハズレちゃんは、カミネイター開始時からずっと走らせていたボールペンを止めると、記入したメモを俺だけに向けて見せてくる。言わば「探偵ごっこ」の一環だ。
「セツナセンパイっ!もう把握されてると思いますが……今こういう状況ですっ!」
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セツナセンパイの選んだ単語「???」
・手で持てる大きさである
・日用品ではない
・電気を使うものではない
・食べ物かどうかはわからない
・この部屋の中にある
・人体に触れるものである
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パシカさんの選んだ単語「???」
・市販されているものではない
・手で持てる大きさではない
・物質ではない
・特定の形を持たないものである
・大気中には含まれない
・視認することが出来る
・光と関係する
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「そうだな、間違いない」
俺が頷いたその時――パシカの顔が、ぴくりと上がった。ぐるぐる眼鏡の奥の瞳が、獲物を捕らえた猛禽のような光を放つ。
「……ふひひ、そうか。……そういうこと。……やられた。……危なかった」
「なんだ?俺の選んだ単語がわかったか?」
「……ふひひ、わかった」
そう言ってパシカは、ぐるぐる眼鏡のブリッジをくい、と持ち上げた。そして、白衣の研究者はゆっくりと口角を吊り上げ――静かに告げた。
「……ふひひ、『回答』。『それは「舌」ですか?』」
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