1-31 D級昇格戦:起
『Dランク昇格を懸けた昇格戦を承諾しますか?』
唐突に、頭の奥へ機械的なアナウンスが流れ込んだ。静かな夜の空気を、見えないノイズが裂く。ハズレちゃんが、ぴょこんと跳ねるように振り返る。
「わぁ!昇格戦ですねっ!」
「マジかよ……。もう風呂入ったんだぞ……」
「それで師匠……!肝心の相手は……?」
言葉より早く、俺の肌が――外の敵意を感じ取った。夜風に乗って、ヒリつくような殺意が玄関の方から漂ってくる。
「外だ。気配がある」
「セツナセンパイっ!行きましょうっ!」
ハズレちゃんが元気良く駆け出す。俺もその背中を追って庭へ出る。
月光が照らす庭。石畳の先、縦格子の黒い門の奥に――影が一つ。その女は凭れ掛かるようにして立っていた。風に揺れる白衣、螺旋の丸眼鏡。ブリッジに手を添え、怪しげな笑みを浮かべる。
「……ふひひ、昇格戦、キタコレ」
「お前が昇格戦の相手か。――パシカ」
「……ふひひ、御明答」
丸眼鏡に月の光が反射し、パシカの二本の角が夜風に撫でられて揺れた。
『Dランク昇格を懸けた昇格戦を承諾しますか?』
「「……承認」」
声が同時に重なると、冷たい金属音のようなアナウンスが響く。
『承諾を受け付けました。Dランク昇格戦を開始します』
「……ふひひ、取り敢えず、寒いから中入っていい?」
「……は?」
――昇格戦わい。
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湯気を上げるマグカップ。アマネが丁寧に淹れたカフェオレを、パシカがまるで獲物に飛び付く獣のように抱え込む。
「……ふひひ、カフェオレ、うまし」
「おい、パシカ。昇格戦わい」
痺れを切らした俺が口火を切るが、パシカは口元を白衣の袖で拭い、くぐもった声で応じた。
「……ふひひ、心配ない。……屋内で出来る」
「いやいやパシカ女史、折角アマネシエル女史が綺麗に掃除してくれているのに、ここで暴れられては困りますぞ」
「そうですよっ!私の新居なんですよっ!」
――ハズレちゃん……順応早いなあ……。
「……ふひひ、心配ない。……私のユニークスキル、忘れた?」
「上級ユニークスキル・〈言戯〉。しりとりとか、山手線ゲームとか、『言葉を使ったゲームを可視化するユニークスキル』――だったな?」
「……ふひひ、私の説明と一言一句同じ。……良い記憶力」
「パシカさんっ!どういうことですかっ?」
「……ふひひ、このユニークスキル、どう考えてもバトル向きじゃない。……てか私、真面に戦っても、多分そこの子供にギリ勝てる程度……」
パシカがフランを指差す。フランは小首を傾げながら、親指を咥えてぼうっとしている。そろそろおねんねの時間だ。仕方ない。
「……ふひひ、だから私が提案するのは頭脳戦。……勇者殺人事件を解決した君となら、楽しめそう」
――頭脳戦か。面白い。
「……せつくん相手に頭脳戦ですか。無謀極まりないと思いますが……」
「でも面白そうですよっ!?セツナセンパイの実力を見てみたいですしっ!」
「……ふひひ、どう?……悪くないでしょ?」
パシカが挑発的に笑う。だが――嫌いじゃない。俺は頷いた。
「問題ない。やろうか」
「……ふひひ、賢明」
「それで?ルールはどうする?」
パシカは人差し指を一本立てる。
「……ふひひ、簡単。まずそれぞれ、『ある単語』を思い浮かべる。……そして、お互い、ターン制で『○』か『×』で答えられる質問を繰り返す。……そして、先に相手の単語がわかったならば質問の代わりに回答する。……先に当てた方の勝ち」
「成程……。『カミネイター』ですな。今、世界中で一種のブームになっているようですな」
――カミネイター。この新世界でもプレイすることになるか。このゲームの単語をお互い三つずつにした高難易度版カミネイター――『トリプルカミネイター』、前世ではアイツと良くやったなあ。
「……ふひひ、質問の回答は私のユニークスキルが自動で判定してくれる。……質問に『○』か『×』で答えられない時は『△』と回答する時もある。……ふひひ、以上。……質問は?」
ぐるぐる眼鏡越しに、真正面からこちらを射抜く視線。その瞳は、恐ろしい程の自信で満ちていた。
「――ない。始めよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お互いの頭上に、トランプの裏面を模したかのような、巨大なカードがふわりと浮かび上がる。パシカの上級ユニークスキル・〈言戯〉によって生成されたホログラムだ。
「始まってしまいましたな……」
「せつくんはどんな単語を選んだのでしょう」
「フラン、わくわくする」
「きゃー!フランちゃん、可愛いですっ!」
背後は完全に観戦モード。ハズレちゃんが瞳を輝かせてフランに抱き付く。そんな彼女らが背後で見守る中、ガラスのローテーブルを挟んで、俺とパシカが正対していた。
「……ふひひ、私はこのカミネイター、既に二十連勝してる。……先攻は譲る」
「あれっ?優しいですねっ?先攻をくれるなんてっ!」
――いや、案外そうでもない。先に単語を当てれば勝ちというルール上、先行有利に思えるが、こちらの質問で逆に相手にヒントを与えてしまう可能性もある。そんなことは、パシカも百も承知の筈だ。策士め……。
「ふーん、じゃあ有難く先攻はいただくか」
背後からひそひそと作戦会議の声。
「最初から『回答』は有り得ませんな。問題は、どう質問するかですぞ……」
「でも、パシカおねえたまのえらんだたんご、わからない」
「そうですねっ!何のジャンルの言葉なのかもわからないですから、最初は手探りになるんでしょうかっ?」
「このカミネイター……相当奥が深いですよ……」
――さて、この手のゲーム。ハズレちゃんが言ったことが的を射ている。まずは大きく網を張って、相手の単語のジャンルを切り分けていく。そこから徐々に範囲を絞り込み、最終的に単語を特定する。それを、相手より早く行わなければならない。
「せつくんは何から質問するのでしょうか……?」
「この手のゲーム、まずは○を出して単語を絞っていきたいところですな……」
「おにいたま、がんばれ」
「セツナセンパイっ!キュートでラブリーなハズレちゃんがついてますよっ!」
向かい合うパシカは余裕の表情だ。俺は、徐に口を開いた。
「――よし。『質問』。『それは市販されているものですか』?」
パシカの口角が上がり、頭上のカードが反応する。ホログラム――カードに浮かんだ模様は――「×」であった。
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