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1-30 POWERFUL GIRL

 ――その日の夜。ダンジョンでの殺人事件という重い現実から解放され、俺達は(ようや)くオクタゴンに戻っていた。


 湯上がりの肌に、珈琲牛乳の冷たさが心地良く染み込む。L字ソファの柔らかい沈み込み、優しいカンテラの灯り――ここだけが、戦いとは無縁の世界だ。


「ぷはぁ……うま……」


「ふふ、喜んでくださって何よりです」


 アマネが微笑む。淡い蒸気の向こうで、純白の髪がゆっくりと揺れた。その距離感が妙に落ち着く。


「それにしても、今日は大変な一日でしたなぁ」


「そうですね。色々ありましたから」


 タクオフが感慨深げに天井を見る。勇者アンサムの死。受付嬢レシアの犯行と自白。英雄の死と、狂気に染まった愛情――事件の余韻は、まだ胸の奥に棘のように残っている。


「冒険者ギルドも混乱していたようでありますが、(しばら)くは代理の受付嬢を立てるようですな」


「まさかレシアさんが犯人だなんて誰も思っていませんでしたからね。せつくんのお手柄です」


「師匠は本当に賢いですなぁ。普通、あの状況であそこまで的確な推理は出来ませんぞ」


「おにいたま、てんさい」


「おーよしよし、フランは可愛いな」


「えへへ」


 フランは今日の疲れなど何処(どこ)吹く風で、ピコピコハンマーを抱き締めている。無垢だ。守らねばと思う。


「フランちゃん、せつくんもお疲れですし、今日は私と一緒におねんねしましょうか」


「うん!」


「頼むな、アマネ」


「かしこまりました」


 その時――。


 ピンポーン。


 呼び鈴がオクタゴンの静寂を破った。時計は二十時。この時間の訪問は、普通じゃない。


「ん?誰だ、こんな時間に……」


「そういえば、浮遊島は地上に下ろしておりましたな」


「せつくん、私が出て参ります」


「ああ、悪い」


 アマネが立ち上がる。玄関の方で短い会話が聞こえ――戻ってきたアマネの隣には、現実逃避したくなる顔が一つ。


「セツナセンパーイっ!会いに来ちゃいましたっ!」


「――ぶっ!ハ、ハズレちゃん!?」


 思わず珈琲牛乳を噴き出す。俺の安らぎタイムが、一瞬で破壊される。タクオフが慌ててソファから跳ね起きる。


「ハズレ女史!どうされたのですかな!?」


「どう……って、セツナセンパイの仲間になりたいからに決まってるじゃないですかーっ!」


 ハズレちゃんは当然とばかりに言い切り、何故か誇らしげに胸を張る。


「セツナセンパイっ!先程の『勇者殺人事件』の鮮やかな解決……、ハズレちゃん、感動しちゃいましたっ!センパイの下で勉強させてくださいっ!」


 ハズレちゃんは可愛らしく頭を下げる。彼女の明るい青のツインブレイドが揺れた。心の底からの言葉。勢いだけじゃない。


「おもしれー女……」


「――せつくんっ!わ、私の方がおもしれー女です!」


 珍しくアマネが焦っている。ハズレちゃんは小首を傾げ、手に持っていた紙袋をガラスのローテーブルに置いた。


「セツナセンパイっ!これっ!お土産ですっ!人気のアイスクリームなんですよっ!」


「アイスクリーム……!」


 (よだれ)を拭う。――甘味の香り。冷気。反射的に手が伸びた。


「……ハズレさん!その手は……卑怯です!」


――――――――――――――――――――――――

セツナの弱点 その七

   激甘党

――――――――――――――――――――――――


「くっ……ハズレちゃん……手強いな……!」


「師匠……口角が緩んでますぞ……」


「おにいたま、フラン、あいす、すき」


「おーよしよし、フランも食べるか。どれがいい?」


「――せつくん!お待ちください!」


「どうでしょうっ!私を〈神威結社〉の仲間に入れてくれませんかっ?」


 ――アイスは(ずる)い。甘味は理性を破壊する。


「……くっ、仕方ない。ハズレちゃん、君を〈神威結社〉に歓迎しよう」


「師匠……アイスに負けましたな……」


「……せつくん、あなたという方は……」


 アマネが深々と溜息を()き、白い髪を掻き上げた。カンテラの灯りが夜の闇に溶けてゆく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お風呂いただきましたっ!広くて快適ですねっ!」


 パジャマ姿のハズレちゃんが、タオルを首に掛けたままリビングに顔を出した。明るい笑顔が、夜の空気まで明るくしてしまう。


「おにいたま、アイス、おいし」


「おー、そうか。美味しいか」


「それで……アマネシエル女史はまだ納得されていないようでありますな」


「……せつくんが決められたのなら仕方ありませんね。私もハズレさんを受け入れますよ」


 アマネはまだ何処(どこ)か複雑な顔だが、受け入れてくれた。それだけで十分だ。


「そうですかっ!ありがとうございますっ!」


 アイスクリームを三種一遍(いっぺん)に頬張りながら、俺は口を開いた。


「もが……でもハズレちゃんは警察の人間なんだろ?いいのか?」


「せつくん、食べながら話してはめっ!ですよ」


「もが……すまん……」


 前世では公務員の副業は原則として禁止の(はず)だがここは新世界。そのルールは適用されないだろう。俺が聞きたいのは、警察と冒険者の両立が肉体的に可能なのかということだ。


「両立ですかっ?問題ないですよっ!私、力持ちですからっ!」


 ――力持ちってレベルか?あれ……。


「それに、サタングロス警視総監の計らいで、新世界の警察ってフレックスタイム制なんですよっ!好きな時に出勤すればOKですっ!まだ一番下の階級の巡査ですけどねっ!」


「そうか。まあそういうことなら問題ないか。ハズレちゃんは既に冒険者登録は済んでるんだよな?」


「はいっ!まだEランクですけどねっ!」


「クエストは全員で(こな)すとしても、昇格戦は一人で戦わなきゃならない。アマネとタクオフ、ハズレちゃんはそれぞれ各自で昇格戦に勝利して冒険者ランクを上げてくれ」


「かしこまりました、せつくん」


「了解ですぞ!」


「私も了解しましたっ!――あっ、一つ聞きたいんですけどいいですかっ?」


「なんだ?」


「フランちゃんってセツナセンパイとアマネシエルさんの子供なんですかっ?」


 アマネの顔が一瞬で真っ赤に染まる。あまりに空気の読めない一撃に、タクオフは視線を逸らして、何も言わずアイスクリームに(かじ)り付いた。当のフランは、親指を咥えたままぽけっとしている。


「――ハズレさん!あなた……私の夢を……そんな軽々と……!」


 ――夢、だったんだ……。


「……フランは俺達の子供じゃないが、事情があって引き取ったんだ」


「あっ!マザー・エニスを倒したのってセツナセンパイでしたもんねっ!ということはフランちゃんは孤児院の子なんですねっ!?」


 ――気を遣って伏せていたことを……。この子……空気読めないなぁ……。フランが「孤児院」の意味をわかっていないことが救いか。


「はは……ハズレ女史は自由奔放ですな……」


「私はやっていけるか不安です……」


「ハズレおねえたま、おままごと、しよ」


「はいっ!遊びましょうかっ!」


 フランがハズレちゃんの指を引き、床に座り込む。人形遊びが始まった。ハズレちゃんの若干のKYさ加減に目を瞑れば、微笑ましい光景だった。


「一時はどうなることかと思ったでありますが、〈神威結社〉が賑わうのは良いことですな!」


「そうだな。仲間は積極的に増やしたいところだ」


「そうですよっ!その方が賑やかで楽しいですしっ!」


「せつくんに近付く女性は避けたいところですが……」


「まあそう言うな、アマネ。気持ちは嬉しいが、男女問わず〈神威結社〉の戦力を集めるのが最優先だ」


「……そうですね。残念ながらせつくんが正しいです」


 アマネは肩を落としつつも、声には諦めと、それ以上の信頼が混じっていた。


「大規模なパーティになると、クランという呼ばれ方をされますな。十傑・第五席――ヤマトミコト氏の〈高天原(たかまがはら)幕府〉や、十傑・第八席――トールライム氏の〈鉛玉(なまりだま)CIPHER(サイファー)〉などがそれに当たりますな」


 一般的な異世界転生モノのパーティといえば、四人から六人規模であることが多い。だがそれは飽くまでダンジョンに潜る場合の話。味方としては多いに越したことはないというのは当然の考え方だ。


 ――十傑、か。確かに十傑を目指すのならば、まだ上を目指さなければならない。まだまだ戦力も、層も足りていない。


「せつくん、現在の〈神威結社〉はフランちゃんも含めて五人ですが……戦力的にはまだ磐石の布陣とは言えないかもしれませんね」


「そうだな。俺はそもそも表立って戦うよりは戦略を練る方が向いているし、アマネはヒーラー、タクオフは商人、フランは子供だし、ハズレちゃんの本業も警察官だ。実のところ、戦闘員という戦闘員はいないのが実情だ」


「よくよく考えると、まだまだ〈神威結社〉も戦力が不足しているのですな……」


「でしたらセツナセンパイっ!戦闘員を探しましょうっ!」


「ああ。方針は変わらずだ。仲間を探しつつ冒険者ランクの昇格も図っていこう」


 仲間が増える。賑やかになる。このオクタゴンが、俺達全員にとっての「帰る場所」になっていく。そうやって少しずつ、この世界での足場を固めていくのだ。


『――昇格戦のお知らせです。Dランク昇格を懸けた昇格戦を承諾しますか?』


 ――戦いは、いつも突然()って来る。甘いアイスの余韻が、ほんの少しだけ苦みを帯びた音がした。

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