1-29 勇者殺人事件:解決編
広間の中央。俺達は円を描くように腰を下ろしていた。崖の下では、勇者アンサムが二度と動かない塊となり、闇の底で冷えている。張り詰めた空気の中、ベルゼラブは自撮り棒を床に放り出し、もう飽きたと言わんばかりに大きく伸びをした。
「で?結局犯人わかったワケ?あてぃしそろそろ飽きてきたんだけどー」
「師匠!もう犯人がわかったのですかな!?」
「ああ、然程難しい話じゃない」
俺がそう口にすると、ハズレちゃんが前倒りになる。
「セツナセンパイっ!まず勇者アンサムさんは『殺された』って話でしたよねっ?」
「ああ。現場の状況から見て間違いない。勇者アンサムは殺された。何者かの悪意によって」
隣のアマネが静かに頷く。
「まず、犯人候補から除けるのはせつくん、タクオフさん、フランちゃん、私の四人でしょうか。ここに来たのも一番遅かったですし、ホムラさんが死体を見つけるまで近付いてすらいません。それはこの場にいた皆さんが証明出来るかと」
「そうですねっ!アマネシエルさんの言う通りですっ!」
「……ふひひ、真理」
「そうですな」
「ああ、俺達はまず除ける。そして次に除けるのがパシカだ」
紫髪の研究員――パシカが、ぐるぐる眼鏡の奥でこちらを見た。
「パシカが来たのは俺達の前。その時点で、既にこの場にはベルゼラブとハズレちゃん、ホムラがいた。怪しい言動をすれば誰かが言及している筈だ」
「超絶!怪しいところはなかったぞ!」
「……ふひひ、正解」
「次。ホムラも除外する」
ホムラが小さく頷く。
「俺達が来た時点で既に勇者アンサムの姿はなかった。第一発見者ではあるが、ホムラが突き落として、死体発見を自作自演したという可能性はない。それにホムラもパシカと同じ理由で除ける。ホムラが殺害したなら、既にその場にいたベルゼラブやハズレちゃんに見られているだろうからな」
「そうですね。せつくんの仰る通りだと思います」
「そうですねっ!」
アマネが補足し、ハズレちゃんが大きく頷いた。
「次。ベルゼラブとハズレちゃんも除ける」
「あん?なんであてぃし外れんの?」
「二人は近くにいた。犯行に動くなら、互いが互いを見ている構図になる。どちらか片方が、もう片方の怪しい動きを目撃している筈だ」
「セツナセンパイっ!それはそうなんですけど、共犯の線は疑わなくてもいいんですかっ!?」
「ベルゼラブが犯行に関与してたとして、それを配信してるの意味がわからないだろ」
「それなー。ちなみに、あてぃしが配信してるフリしてたワケでもないよー。アーカイブも残ってるから確認したきゃすればー?」
「確かにセツナセンパイの言う通りですっ!となると、他に怪しいのは――あれ?もう誰も残っていませんよっ!?」
「超絶!理解不能だ!」
ホムラが頭を抱える。ベルゼラブがぼそりと呟いた。
「自殺なんじゃね?」
「いや、自殺したとすれば矛盾が生じる。あるべきものがこの場所にない」
俺は崖の縁を振り返る。
「あるべきもの……ですかな?」
「――ピトンだ」
「ぴとん!きんぞくの、くい!」
「そうだな、フラン」
「はー?ピトン?崖下に一緒に落ちたんじゃね?」
ベルゼラブが気怠そうに言う。
「勇者アンサムは、崖下の第二階層に下りようとして、ピトンを固定し、そこにロープを引っ掛けて降りていった筈だ。抜け落ちたなら、岩肌に引き摺ったような跡が残っていないと不自然だ。だが、実際には――穴だけ残り、ピトンそのものが消えている」
「それは……そうですな。でも、自殺じゃないとすれば、犯人候補も消えましたぞ?」
「――一人いるだろ。明らかに怪しい奴が」
「誰ですかな!?そんな人物……この場には……!」
タクオフが慌てて辺りを見渡し、アマネが小さく息を呑む。
「せつくん……まさか……!」
「思い出せ。『自身が印を押した小型の物品を、自分の手元へ一瞬で転送できるユニークスキル』――そんなユニークスキルを持つ奴がいたな」
「フラン、しってる!」
「超絶!俺はわからんぞ!」
「うぇ~、マジぃ?アイツじゃん」
ベルゼラブが、心底面倒臭そうに顔を顰める。
「そのユニークスキルなら、勇者アンサムがロープで崖下へ降りている最中にピトンを〈取寄〉して、ピトンを消失――勇者アンサムを転落死させることが出来る。それに、ピトンがこの場にないことの証左にもなる」
「セツナセンパイっ!それって……っ!」
「崖の上に空いていた穴に付着していた赤い染料。あれは、ピトンに押した印が付着したものだろう」
「あーでも待って。あてぃし矛盾に気付いちゃったかも。勇者アンサムが崖下に下りるタイミングなんてわかんなくなーい?」
「わかる。勇者アンサムがピトンを使ったということは、ピトンハンマーで突き刺したということだ。その際に、必ず音が発生する」
「音?それがなんなん?」
「それに関してはタクオフの言葉にヒントがあった」
俺はタクオフの方を見た。
「――ぶひっ!?小生ですかな!?」
「ベルゼラブがこの部屋に来たのは勇者アンサムの直後。ベルゼラブはずっと配信していた。そのスマートフォンは高い集音機能を備えたハイスペックモデルだ。百メートル離れた音すら拾うらしい」
ハズレちゃんの瞳がぱっと見開かれる。
「セツナセンパイっ!そういうことですかっ!」
「つまり、ベルゼラブの配信に勇者アンサムがピトンハンマーを使った音が入っていた。犯人はそれを聞いて、勇者アンサムが崖下に降りたタイミングを特定した。ピトンハンマーを使ったのなら、勇者アンサムがロープを使って下に降りたのはその直後だしな」
「あてぃしの配信観てたってこと!?やば!」
「さて……犯人を詰めに行くか」
俺は立ち上がり、崖の闇に一度だけ目を落とした。そして、踵を返す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――冒険者ギルド、王都アルカグラ支部。喧騒に満ちたホールの中央で、俺の話を聞き終えた受付嬢レシアは、うっすらと唇を吊り上げた。
「……以上が俺の推理だ。反駁はあるか?」
「ふふ……」
カウンターを挟んで向かい合う格好。俺の両脇にはアマネとタクオフ、足下にはフラン。後方にはハズレちゃん、ベルゼラブ、ホムラ、パシカ――そして、噂を聞き付けて集まってきた冒険者達が、びっしりと輪を作っていた。
「マジか……。レシアさんが勇者アンサムを殺したって……?」
「でもベルゼラブさんの配信観ただろ?確かにアンサム、死んでたぞ」
「アイツ、マザー・エニスを倒した奴だよな……?」
「あの迷惑者のリューカにも勝ったんだとよ」
喧騒。響めき。ホールの空気が、一段低く沈む。
カウンターテーブルの向こう側。レシアは静かに俯き――
「ふふ……ふふふ……」
小さく肩を震わせたかと思うと、次の瞬間、顔を上げた。
「――あはは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
糸目の奥の瞳が、ぎらりと光る。さっきまでの柔和な受付嬢の面影は、皮だけ残して中身が挿げ替わったようだった。
「……ふひひ、異常者」
「何コイツ……壊れちったの?」
「レシアさんっ!どうしちゃったんですかっ!?」
「超絶!悪人だ!」
ホールの空気が冷え込む中、レシアは徐に語り出した。
「ふふ……私、あの人が好きだったの」
レシアは胸元に手を当てる。
「でもあの人はそれに応えなかった。『俺にはみんなを守る使命がある』――ってね」
糸のような瞳が、すっと吊り上がる。
「超絶!立派だ!」
「ふふ、そうね……。でもおかしいのよ」
笑みの線が、ゆっくりと歪む。
「何故、その『みんな』に私が入っていないの?」
「超絶!だから殺したと言うのか!」
「そうよ。だから……壊してあげたの。世界の人達が持ち上げた、『勇者』なんて虚像。使命に感けて、私の告白から逃げ続けた、臆病者の背中」
レシアの声は、淡々としているのに、何処か軋んでいた。
静寂。冒険者達の喉が、同時に鳴る音が聞こえた気がした。
「あのー、私一応警察官なんですけどー」
場の空気をブチ壊す調子で、ハズレちゃんがひょいと手を挙げる。
「自白と見ちゃって大丈夫ですかねーっ?」
「ふふ、捕まえられるものなら捕まえてご覧なさい」
レシアが挑発的に笑った瞬間――
「はいっ!じゃあ遠慮なくっ!」
ハズレちゃんがカウンターテーブルを軽々と飛び越え、レシアの制服の襟首をひょい、と掴む。次の瞬間、レシアの身体が空中に持ち上がった。
「ちょ……ちょっと……!」
「大人しくしててくださいねっ!」
ハズレちゃんが楽しそうに宣言すると、レシアの足が宙を泳ぐ。騒然とするホールの中で、レシアの顔から漸く笑みが消えた。白目を剥き、口端には泡が浮く。
「ふざけ……っ」
「――はいっ!捕まえましたよっ!?」
ギルドの職員と、王都警備隊の兵士達が、慌てて駆け寄る。縄が掛けられ、レシアの両手が後ろ手に縛られた。――こうして、「勇者殺人事件」は一つの決着を迎えた。
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