1-28 異能公開ゲーム
断崖の下――深い深い闇へと続くかのように、崖は垂直に落ちている。高さ、凡そ二十メートル。風が吹き抜ける度、岩肌の割れ目がひゅう、と音を立てた。
その底で、勇者アンサムは動かない塊になっていた。折れた四肢は不自然な角度を描き、血液は岩の間に黒く染み込んでいる。勇者を象徴する筈の豪奢なマントは泥に塗れ、惨めな布切れに堕していた。
「……おにいたま、どしたの?」
無垢な声が、現実感を無遠慮に削り取る。
「フラン、見るな」
俺は即座にフランの瞳を掌で覆った。小さな手が、きゅっと俺のシャツを握り締める。その指先が震えていた。その震えが痛い。
「…………?」
ただ、安心したくて触れてくる。幼い彼女には、まだ「死」の意味がわからない。
アマネが崖の縁に踞み込む。その視線の先――岩に開いた小さな穴。ピトンを打ち込んだ痕跡だ。
「せつくん、これは……事故……でしょうか?」
その穴の縁を触れた。指先に付着したのは――赤い何か、染料のようなものだった。崖下のロープには摩耗痕も、断裂もない。少なくとも、「途中で切れた」のではない。
「……いや、事故じゃない。これは……殺人事件だ」
ぴり、と空気が凍り付く。
「大変なことになりましたな……」
タクオフがごくりと唾を飲み込んだ、その時だった。場違いな程、底抜けに明るい声が唐突に響き渡る。
「はいはーいっ!事件あるところに私ありっ!キュートでラブリーなハズレちゃんですっ!」
明るい青髪をツインブレイド状に編み込み、警察官の制服を着た少女。手には虫眼鏡。事件を心から待ち望んでいたかのような笑顔。まるで「探偵ごっこ」だ。
「ふむふむ、この天才、ハズレちゃんにはわかりましたよっ!アンサムさんを殺した犯人は――この中にいますっ!」
血の匂いが濃く漂う崖上で、彼女だけが舞台の主役を演じている。
「超絶!どういうことだァ!」
「はー?あてぃしが勇者を殺すとかないしー」
ベルゼラブはスマホを構えたまま、死体には一瞥すらくれない。画面の向こうの視聴者と笑い合い、今もコメントを拾っている。
「……ふひひ、殺人、心躍る……」
紫髪の研究者は舌舐めずりをしながら、興奮を隠そうともしなかった。丸いぐるぐる眼鏡の奥で、瞳が妖しい光を宿している。
――真面なのは俺達だけか……。
「これは俗に言う、殺人事件ですっ!皆さんにも捜査に協力してもらいますよっ!――そこでアナタっ!」
ハズレちゃんは、唐突に俺を指差した。虫眼鏡の輪が光を反射し、一瞬だけ俺の視界を白く塗る。
「……?俺か?」
「はいっ!実はこう見えてもハズレちゃんはおバカさんなんですっ!」
「まあ……だろうな」
「ええっ!?『だろうな』ってなんですかーっ!」
ハズレちゃんは大袈裟にリアクションを取る。言葉の軽さに反して、目に宿っている感情はかなり強い。本気で事件に関わりたい――その熱が伝わってくる。
「とにかくっ!アナタの方が賢そうなので、アナタに推理を託しますっ!最後に来たので一番怪しくないですしっ!」
「そんな勝手な……」
「お願いしますっ!センパイっ!」
敬礼。舌を出して、態とらしく。その動作一つが、まるで舞台演劇のように無駄にキレが良い。
「誰がセンパイだ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺達は広い空間の片隅に集まり、座り込んでいた。崖下には勇者の死体。背後には息を呑む程の虚無の空間。風の音だけが、この異常さを淡々と告げ続けている。
アマネは俺の隣で正座し、タクオフはその横で胡坐を掻いている。フランは俺の背にしがみ付き、顔を埋めていた。
対して、他の連中は完全にカオスだった。ベルゼラブはスマホの画面に向かって上機嫌にコメント返信。白衣のパシカは、何かの薬品をフラスコで振り、ニヤニヤ笑う。ホムラは――何故かその場で腹筋のフォームで筋トレを始めている。
――地獄か、ここは。人が死んでいるんだぞ……。
「師匠、捜査といっても、ピトンもないので崖下に降りれませんぞ。この場で推理するしかないようですな」
タクオフが眉間に皺を寄せる。
「セツナセンパイっ!さっき事故じゃないって言ってましたよねっ?どうしてですかっ?」
ハズレちゃんが、子犬のように距離感皆無で顔を近付けてくる。瞳はギラギラ。好奇心と期待で燃えていた。この状況の重さを理解している顔ではまるでない。
「ああ、まず勇者とまで呼ばれる人物がそんな事故を起こさない、というのもあるが、それ以上に――ロープを見たか?」
俺は崖の縁から見えるロープを指し示す。
「断裂や摩耗痕が一切ない。普通、ロープを使って崖下まで降りようとして、事故で転落したのならば、ロープに断裂や摩耗痕が残る」
風が吹いて、崖の下から砂埃が舞い上がった。勇者アンサムの死体に、薄く積もっていく。
「成程!流石師匠ですな!」
「おおーっ!なるほどっ!確かにですっ!セツナセンパイっ!名推理ですねっ!」
ハズレちゃんは瞳をキラキラと輝かせて、俺に憧れの眼差しを向ける。どうも遣りづらい。
「せつくんにとっては朝飯前の推理ですよ、ハズレさん」
「アマネシエルさんは本当にセツナセンパイが好きなんですねーっ?」
「当たり前です。私のせつくんへの愛は本物です」
「だそうですよっ?セツナセンパイっ!」
「揶揄うな……」
「となると次は聞き込みでしょうかっ!あちらの皆さんに話を聞いてみましょうっ!」
ハズレちゃんは、軽やかに走り出した。止める暇もない。仕方なく、俺も後を追う。
まずハズレちゃんが声を掛けたのは、白衣の研究員の女。二本の角を生やした、紫髪にぐるぐる眼鏡の、如何にもな容姿の女だ。
「すみませーんっ!お話聞かせてもらってもいいですかっ!?」
「……ふひひ、事情聴取」
くぐもった声。薄ら笑いを浮かべたまま、フラスコを揺する手は止めない。
「えーっと、お仕事とお名前から聞いてもいいですかっ!?」
「……ふひひ、〈アタゾンエンタープライズ〉の研究員……パシカ……」
「ええっ!?あのアタゾンでお仕事されてるんですかっ!?すごいですねっ!」
「……ふひひ」
――〈アタゾンエンタープライズ〉。世界最大級の電子商取引プラットフォームで、あらゆるジャンルの商品を取り扱う総合オンラインストアを運営する。
「じゃあパシカさんっ、今日はどうしてダンジョンに来られたんですかっ!?」
「……ふひひ、研究のため。マグマスライムの粘液が、新商品に使えると思ったから……」
「そうですかぁ。すみません、セツナセンパイっ!何もわかりませんでしたっ!」
「おい」
ハズレちゃんの雑さに頭を抱える。
「……では僭越ながら小生が。パシカ女史、貴殿のユニークスキルを聞いても良いですかな?」
――良い判断だ。ユニークスキルが犯行に関与している可能性は十二分に有り得る。
「……ふひひ、ユニークスキルは自分の身を守る武器。……言う訳なくて草」
「えーっ!?ダメですよーっ!そんなのーっ!推理できないじゃないですかーっ!」
「パシカ女史!人が死んでいるのですぞ!」
タクオフの怒声。研究者がビクッと肩を竦めた。
「……ふひひ、わ、わかった。言うから。……暑苦しい。……私のユニークスキルは上位級ユニークスキル・〈言戯〉。しりとりとか、山手線ゲームとか、『言葉を使ったゲームを可視化するユニークスキル』……ふひひ……」
――ユニークスキルを用いた殺人の可能性がある以上、ユニークスキルは特定したい。が、この場に〈審判ノ書〉はない。幾らでもユニークスキルは偽証出来るが……。
「パシカ、それを証明出来るか?」
「……ふひひ、じゃあ、『しりとり』」
パシカがそう告げると、パシカの頭上に、日本語で記された「しりとり」の文字が光のように浮かび上がる。
「成程。ありがとう」
「……ふひひ」
「――そういうことなら!超絶!俺もユニークスキルを言うぞ!」
その場に割り込んできたのは、同年代であろう――短髪の黒髪の若い男。鉢巻、赤Tシャツ、白ジャケット。体育祭の団長みたいな全力の存在感。
「俺は〈炎自警団〉の超絶リーダー、ホムラだ!真名を炎勇者と言う!」
「おーっ!さすがホムラさんっ!噂に違わず暑苦しいですねっ!」
ハズレちゃんが笑顔で悪気なく刺した。ホムラと名乗る男は、腕を組み、堂々たる立ち居振る舞いで告げた。その声量は必要以上に大きい。
「俺の超絶ユニークスキルは偉人級ユニークスキル・〈熱力〉!超絶!火を起こすことができる!」
両手から、爆ぜるように炎が生まれる。赤い光が壁や天井を照らし、崖の影を揺らす。その熱気は、数メートル離れた俺の頬にまで届いた。
「ホムラさんのユニークスキルは有名ですよっ!」
「超絶!俺は正直者だ!」
最後に、自撮り棒に向かって笑みを向けるベルゼラブへと向く。近付くと、彼女は舌打ちして顔を顰めた。
「ちっ……何それ?あてぃしもユニークスキル言わなきゃなんないワケ?」
「ベルゼラブさんっ!推理のためですよっ!」
「はー、マジめんど。アンサムが死んだのとか動画さえバズればキョーミないんですけどー」
死体よりバズを優先する配信者。倫理観が最低水準を突破していた。
「ベルゼラブさんっ!それはあんまりですよーっ!」
「つーか他人にユニークスキル聞く前に自分のユニークスキル晒したら?あんた達だって容疑者じゃね?」
「それもそうですねっ!」
ハズレちゃんはぽん、と手を打ちタクオフに歩み寄った。そして、ハズレちゃんがぱっとタクオフを掴み――
「よいしょ……っと」
「――ぶひっ!?」
体重百五十キロもあるタクオフの巨体を――片手で持ち上げた。まるで、鋏でも持つかのように、軽々と。あまりに現実離れした光景に、その場にいた全員が言葉を失う。
「私のユニークスキルは中位級ユニークスキル――〈怪力〉っ。見ての通りちょっとだけ力持ちってだけですよっ!」
――「ちょっとだけ」……って……。
ハズレちゃんがタクオフをゆっくりと地に下ろす。そして、一仕事終えたかのように手の甲で額の汗を拭う。実際には殆ど息も乱れていないのに。そして、ハズレちゃんは晴れやかに告げた。
「さてっ!セツナセンパイの番ですよっ!」
全視線が俺へと向く。
――さて、この状況下で取り得る選択肢は二つある。一つは虚偽。自身のユニークスキルを偽ることだ。そしてもう一つは真実の告白。十傑を始めとする、世界に十数人しかいない神話級ユニークスキルを持つと告白すること。さて、どうする……。
「セツナセンパイっ?どうしましたっ?」
「俺のユニークスキルは――」
『掟:ニット帽の着用を禁ず。
破れば、火を噴く。』
途端、自身の手の甲に向け、口から火炎放射が迸る。灼熱。爆裂。炎が空気を焦がし、焦げた匂いが鼻を刺す。その異様な光景を、その場の全員が固唾を呑んで見守っていた。
「ちょっ……!あんた何して――」
「……『口から火を噴くユニークスキル』だ」
――結論。神話級ユニークスキルだと証明する方法が現状ない。虚偽の申告が正解だ。
「わはは!超絶!キャラ被りというヤツだな!」
「火炎放射っ!カッコいいですねっ!」
俺の手の甲が焼け爛れる。白く腫れ、水膨れが出来ている。俺は背後に恭しく控えるアマネに目線を送る。
「……はい、せつくん」
アマネが祈るように両手を合わせる。柔らかな光が傷口を包み、肉は瞬く間に再生してゆく。数秒と経たないうちに、手の感覚は完全に戻っていた。
「そして私のユニークスキルは中位級ユニークスキル――〈癒光〉です。ご覧の通り、『傷を癒すユニークスキル』です」
ベルゼラブは鼻で笑った。
「ふーん、あんたら、思ったよりつまんないユニークスキルじゃね?」
その発言に、ハズレちゃんが頬を膨らませる。
「えーっ!ベルゼラブさんっ!そんなことないですよーっ!」
そんなベルゼラブとハズレちゃんを横目に、タクオフが虚空に手を伸ばし、亜空間から何かを取り出す。その手に握られていたのは、ディーネを模したフィギュアだ。
「小生のユニークスキルは偉人級ユニークスキル――〈霧箱〉ですな!『小生の部屋と繋がった亜空間から物を取り出したり、そこに物を収納したり出来るユニークスキル』ですぞ!」
「フランはユニークスキル、ない。おっきくなってから」
「この子はフラン、まだ四歳だからユニークスキルはない。俺達は以上だ」
そう締め括ると、ベルゼラブはふい、と外方を向いた。納得していないのか、それともそもそも興味がないのか、判然としない。ただ、スマホのカメラに向けて、再び愛想の良い笑顔を向けていた。
「あてぃしはやっぱパスー」
――コイツ……!
「……ふひひ」
「超絶!訳がわからん!」
「セツナセンパーイっ!全然わかんないですーっ!」
「ねー、もうあてぃし帰っていい?鬱ゲーやりたい気分なんだけどー」
好き勝手な声が飛び交う中、俺はハズレちゃんへ問い掛けた。
「ハズレちゃん、この場所に来た順番は?」
「えーっとですねっ!私とベルゼラブさんは近くにいたんですが、アンサムさんがこの場所に入るのは見ましたっ。その次がホムラさんで、次がパシカさん、最後がセツナセンパイ達ですっ!」
「成程……矢張りか」
アマネが、俺の横顔を覗き込む。瞳が、期待と信頼で揺れていた。
「……せつくん、私にはさっぱりなのですが……もう疾っくに犯人がわかっていらっしゃいますよね?」
「ん?ああ」
俺は、崖下の血の染みと、崖上の顔触れを一人ずつ擦るように見渡した。
「解決パートにするか?」
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