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1-27 勇者殺人事件

 アンチピードの焼け焦げた灰が、青い水晶の床へ雪のように散っていく。焦げた酸臭が鼻を刺し、湿った冷気が肌に(まと)わり付いた。


「おえ……気持ち悪……」


「お見事です、せつくん」


「アンチピード、ですな。一瞬にして、しかも触れもせずにクエストを一つ完了するとは……流石(さすが)師匠ですぞ」


「ウネウネ動くワーム系はどうも生理的に無理なんだよな……」


――――――――――――――――――――――――

セツナの弱点 その六

 ワーム系は無理

――――――――――――――――――――――――


「師匠にも苦手なものがあるのですな……。なんだか親近感が湧きますなぁ」


「せつくんは寝起きも悪いですしね」


「そういえばそうでしたな……」


 俺の背で指をしゃぶるフランへと向く。


「いいか、フラン。こういうモンスターを『キショい』って言うんだ。リピートアフターミー、言ってみろ」


「きしょい!」


「よしよし、偉いぞ」


「えへへ」


「ふふ、せつくん、変な言葉をフランちゃんに教えないでください」


「師匠、フラン殿がどのモンスターと戦うかも考えなければなりませんな」


「アンチピードやハングレイダーは毒があって動きも早いし、レッドインプは遠隔で火を放ってくる。フランには少し早いかもな。矢張(やは)り、もう少しスライムを相手にするのがいいだろう」


「すらいむ!たおす!」


 フランは懐からピコピコハンマーを取り出し、やる気満々に振ってみせた。安っぽいプラスチックの音が、この幻想的な回廊では妙に頼もしく響く。


「ふふ、フランちゃんもやる気ですね」


 水晶の壁面に反射する光が揺らぎ、足音だけが酷く響く。回廊は入り組んだ迷宮。だが俺達の足取りは迷いがない。壁に沿って進めばいつか出口に辿り着く。迷路の基本だ。


「――師匠!ハングレイダーですぞ!」


 天井から垂れ下がる影。天井から四匹――三つ目の大蜘蛛が、天井から糸で()ら下がっていた。赤く濁った複眼が、こちらを嘲笑うように揺れる。「首吊り蜘蛛」の異名を取る、ハングレイダーだ。


「――せつくん、お任せを」


 アマネが一歩前へ。その背後には、アマネの周囲を旋回する、美しい装飾が施された四つの水色の水瓶が現れた。アマネの武器――〈アクアリアス〉だ。彼女を惑星とする衛星の如く、水瓶がくるくると周囲を回る。


 瓶口がぴたりと獲物を捉え――光を帯びた聖水が一斉に(ほとばし)った。鋭い水刃が、蜘蛛の脚を断ち、身を貫き、地面へと叩き落とす。裏返った肢体が痙攣し、(やが)て動かなくなった。まるでマンションの共用廊下で瀕死の蝉のように。


「おお……!それがアマネシエル女史の武器なのですな!」


「はい。〈アクアリアス〉と言います」


 落ち着いた声。だが、何処(どこ)か誇らしげでもある。


 ――だが、俺には別のことが引っ掛かっていた。


 アマネの中位級ユニークスキル――〈癒光(ヒール)〉。あまりにも強過ぎる回復。三百八十五年分の老化のダメージを相殺する力。欠損すら戻す回復力。無機物まで修復する医療体系を超えた癒やし。更に、過去に回復した分のダメージを、攻撃手段として用いることも出来ると言う。そのユニークスキルは……本当に「中位級」なのか?


「なあ、アマネ。その、回復したダメージを攻撃に転じるのは、〈アクアリアス〉の力か?それともアマネのユニークスキル――〈癒光(ヒール)〉の力か?」


 もし〈アクアリアス〉側の固有能力なら、〈癒光(ヒール)〉自体には「ダメージの蓄積・放出」という性質はない。そうであれば、〈癒光(ヒール)〉は「中位級にしては破格だが、ギリギリ許容範囲の回復特化スキル」として片付けることが出来る。


 アマネはふっと微笑む。


「〈アクアリアス〉の力ですよ。私の〈癒光(ヒール)〉は、回復しか取り柄がないユニークスキルです。せつくんが私を評価してくださっているのはとても嬉しいのですが、買い被りですよ」


 ――アマネがそう言うなら、そうなのだろう。


「そうか。変なこと聞いて悪かったな」


「いえ」


 フランを背負ったまま俺が前衛、アマネとタクオフが後衛で三角の陣を組む。フランは御機嫌にピコピコハンマーをぶんぶんと振って、その足取りにリズムを添える。


「師匠。思った程モンスターも出てきませんな」


「まあ勇者アンサムやベルゼラブが先に行ってるからな。狩り尽くされた後だろう」


「クエストもある程度達成出来ましたし、フランちゃんも見事にスライムを倒してくれました。残るはレッドインプくらいでしょうか」


「お、噂をすれば影が差す――って奴か」


 一本道の回廊。その先で、俺達の行先を阻むように待っていたのは、赤い角を生やした、膝下辺りまでのサイズの小鬼のような生物。三匹のレッドインプだ。レッドインプが火を噴く――瞬間。


『掟:攻撃を禁ず。

 破れば、斬首刑。』


『掟:攻撃を禁ず。

 破れば、斬首刑。』


『掟:攻撃を禁ず。

 破れば、斬首刑。』


 赤い三つの首が、滑らかに床に転がった。俺は〈エフェメラリズム〉を手で弄びながら、後方のアマネとタクオフへと振り返る。


「行くぞ」


「はは……師匠、お見事、ですな……」


流石(さすが)せつくんです。Eランクのクエストも、造作もありませんでしたね」


 レッドインプが行く手を阻んでいた先には――広い空間が開けていた。数人の男女の声。他の冒険者達も集まっているようだった。


 狭い道を往来していたからか、開放感がある。それが壁がない故だと気付いたのは、それから一拍置いてからだった。


「はー?ボス部屋とかねーの?マジつまんねーし!」


 自撮り棒でスマートフォンを自身に向けて撮影するベルゼラブ。彼女が悪態を()いている。


「ふひひ……行き止まり……――しないと出られない部屋……ふひひ」


 ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべる白衣の女。ぐるぐるの大きな丸眼鏡。背中には蝙蝠こうもりを想起させる翼。紫の髪に二本の()じれた角。典型的な悪魔族(デビル)の象徴だ。


「超絶!行き止まりだ!超絶どうする!?」


 短髪の黒髪の若い男。白い鉢巻(はちまき)に赤いTシャツ、その上から白いジャケットを羽織っている。白い歯を覗かせて笑みを(こぼ)すその男の鼻には、絆創膏が貼ってある。如何(いか)にも熱血馬鹿といった出で立ちだ。


「あれーっ?おかしいですねっ?なんで行き止まりなんですかーっ?」


 十代後半だろうか――一人の小柄な女。警察官の制服に身を包み、明るい青色の髪の女。後ろ髪は左右に分けた二つの三つ編み――ツインブレイドだ。彼女が、ベルゼラブに駆け寄るように声を掛けた。


「あのー、ベルゼラブさんですよねっ!?」


 ベルゼラブは「鬱陶しい」と顔に書きながら、露骨に嫌そうな顔をして青髪の女に応じる。


「はー?誰だしあんた。今配信中なんだけどー?あてぃしに話しかけないでくんない?」


「ひどーいっ!そんなこと言わなくてもいいじゃないですかーっ!」


「超絶!出口はどこだァ!」


「ふひひ……来た道を戻れば出られるし……」


 ――なんだコイツら……。


 彼らの言う通り、その広々とした空間は行き止まりだった。壁のある(はず)の場所には何もない。空間の端まで歩き、足元を覗き込むと、そこは切り立った崖になっていた。


「あー、そーゆーことね。あてぃし完全に理解した!ここが第一階層のゴールで、崖を降りれば第二階層ってことじゃね!?」


「すごいですっ!ベルゼラブさんっ!」


「あんたに言ってねーし……」


 軽口が飛び交う中で、胸の奥に小さな棘のような違和感が刺さる。違和感が生じる。この場にいる(はず)の人物が、一人、足りないのだ。


「――超絶!どういうことだ!?」


 向こうから熱血馬鹿の声が。集まっていた男女がその男の下に集まる。全員が崖の下を覗き込む。暗い底で、光が赤い色を拾っていた。目を凝らす。


 ――嗚呼(ああ)矢張(やは)りこの世界は、理不尽だ。


 何処(どこ)かで見た重装甲が跡形もなく壊れている。それに半端に絡まった、赤く濡れたロープ。そして――肉片すら判別困難な、血の塊。血に染まった中央には――原型を留めぬ、人の遺体があった。


「うっそ!?あれ、勇者アンサムじゃね!?これ、絶対バズる!」


「……ふひひ、勇者アンサム、死んだ……」


 崖の下で転落死していたのは――勇者アンサム、その人だった。「英雄」は、誰に看取られることもなく、ダンジョンの底で赤い染みになっている。この新世界の残酷さが、まざまざと突き付けられた。

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