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1-26 水晶の回廊

 ――翌日。牧歌郷アルカディア・王都アルカグラ、冒険者ギルド。クエストボード前。羊皮紙の匂いと、鎧が擦れ合う金属音が混じり合う中、俺達は掲示板を囲み、山のように貼り出された依頼を眺めていた。


「おにいたま、もんすたー、いっぱい」


 俺の背中に乗ったフランが、ぷらぷらと足を揺らしながら身を乗り出す。


「はは、そうだな」


「Eランク向けのクエストは、やはりモンスターの種類も増えますね。『マグマスライム五匹の討伐』、『レッドインプ三体の討伐』、『ハングレイダー五匹の討伐』、『アンチピード三匹の討伐』……」


「全てここから東のダンジョン――『水晶の回廊』を巣窟とするモンスターのようですぞ。師匠であれば、(まと)めて受注しても問題ないですな!」


「ちゃちゃっと終わらすか」


 雑多にクエストが並ぶクエストボードから、依頼書を十枚程無造作に抜き取る。そして、糸目の受付嬢――レシアが待つ受付カウンターへと向かう。


 受付カウンターでは重厚な鎧に身を(まと)う、大柄な男がレシアと話していた。三十代前半といったところだろうか――べたつかない爽やかな短髪、無駄のない鎧姿。腰に下げた大剣は、研ぎ澄まされた刃先が鞘越しでも分かる。――見る者が見れば、一瞬で理解する。「本物」の剣士だ。


「勇者アンサム様、いつもありがとうございます」


「ああ、今日はこのクエストを。あと、ピトンとピトンハンマーを借りてもいいか?」


「ピトンとピトンハンマーですね。かしこまりました」


 フランがこそっと耳元で尋ねてくる。


「おにいたま、『ぴとん』ってなに?」


「登山や釣り、ダンジョン攻略で使われる、岩に打ち込む金属杭だよ」


 フランがほうほう、といった様子で頷く。その大男――勇者アンサムは、淡々と準備を続ける。


「あとは携帯食料と水、砥石を貰っておこう」


「かしこまりました」


 このように、冒険者ギルドでは、クエストに応じて必要なアイテムの支給が行われる。支給品を上手く活用出来るかも、クエストの要というワケだ。


「それにしても、レシア嬢のユニークスキルは便利だな。『自身が印を押した小型の物品を、自分の手元へ一瞬で転送できるユニークスキル』――中位級ユニークスキル・〈取寄(アポート)〉」


「いえ、クエスト終了後に、余った支給品の回収に使える程度です。役には立ちませんよ」


「はは、そう謙遜しないでくれ」


「ふふ。では勇者アンサム様、ご武運をお祈りしております」


「ああ、行ってくる」


 勇者アンサムは支給品を受け取り、(きびす)を返す。俺達と目が合うと、柔らかく微笑み、軽く手を上げた。


「すまない、待たせてしまったね」


「いえ」


 彼は一礼して去っていった。その背中には慢心の欠片もない。だからこそ「勇者」なのだと思った。俺達はカウンターに依頼書の束を置く。


「〈神威結社〉の皆様、こんにちは」


「こんにちは、レシアさん」


「クエストの受注ですね。確認させていただきます」


「ああ、あと、こっちのタクオフの冒険者登録を――」


「新しいお仲間ですね。王都アルカグラ支部担当のレシアと申します。タクオフ様、よろしくお願いいたします」


「よろしくですぞ!」


 レシアは手慣れた動作で書類を捌き、タクオフの冒険者登録を済ませると、広げられた依頼書に目を走らせた。


「タクオフ様の冒険者登録、及びクエストの承認が完了いたしました。こちらのクエストは全て、王都アルカグラの東のダンジョン――『水晶の回廊』ですね。勇者アンサム様も向かわれた場所ですので安心でしょう」


「勇者アンサムか……」


「それにしても……今日は有名人ばかり来られますね。勇者アンサム様に、『超絶毒舌ストリーマー』のベルゼラブ様、〈(ほむら)自警団〉のホムラ様、マザー・エニス討伐のセツナ様……」


「おや、レシアさん。何故(なぜ)せつくんが最後なのでしょう?」


 アマネが優しい笑みのまま、レシアに半歩詰め寄る。レシアはコホン、と誤魔化すように咳払いした。


「コホン。話が逸れてしまいましたね。〈神威結社〉の皆様、支給品は一通り用意がございますが、ご入用のものはございますか?」


「じゃあ携帯食料と水を」


「かしこまりました。ご武運をお祈りしております」


 レシアに一礼し、(きびす)を返す。冒険者ギルドの喧騒に、足取りが溶けてゆく。


「いやはや、初のダンジョン……緊張しますぞ!」


「タクオフは戦闘員でないと言っておきながら、早速戦闘で悪いけどな」


「構いませんぞ!イルーガを打ち破った小生に不可能はありませんゆえ!」


「〈アトランティス市議会〉との戦闘に比べれば、Eランク向けの討伐クエストは容易でしょう。早めにランクアップを図りたいところですね」


「そうだな」


「おにいたま、フランもたたかう」


「――ぶひっ!?フラン殿、戦えるのですかな!?」


「海底都市アトランティスの件で、フランを守ってやるだけじゃダメだとわかった。チャンスがあればフランにも戦ってもらおう。フランにも自分の身を守れるよう、強くなってもらわなきゃな。それがフランのためだ」


「おにいたま、わかった!」


「とはいってもまだ四歳……絶対に無理はさせないけどな。俺達がいつでも助けに入れる状況下で戦ってもらう。フラン、それでいいか?」


「うん!すらいむたおしたから、よゆう!」


「フラン殿……スライムは最弱のモンスターですぞ……」


「タクオフさん、野暮ですよ」


「まあ、勇者アンサム氏もいるようですし、大きな危険はなさそうですかな」


「勇者アンサム……さっき俺達の前にいた男か。俺は詳しくないんだが、どんな人物なんだ?」


「……王都アルカグラでは、十傑に次いで著名な人物だと思われます。八年前に、『水晶の回廊』の最下層に現れた大悪魔を討伐したとか」


「それで有名になったという訳ですな。その名は海底都市アトランティスにも轟いておりましたぞ」


「ほう……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 王都アルカグラから東へ、徒歩数十分。灰色の岩肌が、荒野の地平を割るように隆起している。その割れ目の内側には、美しい水晶が(まば)らに顔を覗かせていた。崩れ掛けた石の門――そこが「水晶の回廊」の入口だ。周囲の空気は(わず)かに歪み、世界そのものがこの場所を拒絶しているかのようだった。


「きれい!」


「フラン、これが水晶だ」


「すいしょー!」


「ここですね。『水晶の回廊』の入口は」


「師匠。編成はどうされますかな?」


「俺が前衛を務めよう。二人は後衛――俺の後ろからフランを守るように付いて来てくれ」


「かしこまりました。せつくん」


「了解ですぞ!」


「――どもどもー!みんなのアイドル!ベルゼラブたんだよー☆」


 突如、明るい声が響いた。振り返ると、自撮り棒で自身を撮影しながら裏ピースを決める女の姿がある。


 黒のボブカット風の髪。黒いブラジャーの上からアイドル風の白い衣装を羽織るような大胆な格好で、その服のあちこちに牛柄の模様。身長は低いが、スタイルは抜群だ。


「あてぃしの、あてぃしによる、あてぃしのための『水晶の回廊』ザコ狩り配信!はっじまるよー!」


 ――なんだあれ……。


「高評価、チャンネル登録もよろしくねー!」


 言うが早いか、彼女は撮影を続けながらダンジョンの闇の中へ消えていった。動揺して固まったタクオフの肩を揺らす。


「おい、タクオフ」


「――ぶふぉお!?まさか、本当にベルゼラブ女史がいらっしゃるとは……!」


「そういえば、レシアさんも(おっしゃ)っていましたね」


「また有名人か」


「そうですぞ!『超絶毒舌ストリーマー』――ベルゼラブ!ロリ巨乳!その可愛らしいビジュアルと、愛くるしい毒舌が注目を集め、現在『Newtube(ニューチューブ)』で登録者数世界一の配信者ですぞ!小生の二大推しの一人ですな!」


「お前は色々詳しいな……」


「ふふん!小生は『全方位型オタク』ですからな!」


 タクオフは胸を張って鼻息を荒くする。


「ベルゼラブ女史の使う機材は全て最新式!先程のスマートフォンも一般的なものに見えるでありますが、高い集音機能と映像美を兼ね備えた最新式モデルですぞ!その集音機能は百メートル先の音すら拾い、映像美は拡大しても全く画質が粗くならないという――」


「さて、タクオフさんは無視して……参りましょうか。せつくん、フランちゃん」


「そうだな」


「――ぶひっ!?あんまりですぞ!?」


 ダンジョンへと足を踏み入れる。中に入ると、空気は冷たく湿り、灯りもないのに壁面の魔石が脈打つ光を放っている。水晶に覆われた石造りの回廊は何処(どこ)までも続き、足音が幾重にも反響して、まるで見えぬ何者かが背後で歩を合わせてくるようだ。古の魔力が染み込んだ空間は、冒険者の呼吸一つさえ試すように、重く沈黙している。


「これが……ダンジョンか。空気が……重いな」


「魔力濃度が高いです。せつくん、モンスターにご注意を」


「ああ」


 ――その時。眼前にばっと現れる、三つの影。地を這うようなそれは――平べったい、巨大な百足(むかで)。牙を光らせ、その体躯が曲線を描きながら、こちらに凄まじい速度で迫り来る。


「うげっ……気持ち悪……!」


『掟:移動を禁ず。

 破れば、炎上する。』


『掟:移動を禁ず。

 破れば、炎上する。』


『掟:移動を禁ず。

 破れば、炎上する。』


 瞬間、三体同時に炎上した。咆哮を上げる暇もなく、業火が殻の隙間を乱舞し、焼き尽くす。鎮火した時――残っていたのは灰だけだった。魔石の青い光が、黒い遺灰を(あや)しく照らしていた。

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