1-24 サラバ竜宮城
――瓦礫の山が、海底の青い光を乱反射していた。崩落した竜宮城。その頂、俺はフランを背負ったまま、破片の上に立ち尽くす。右肩にこびり付いた血の跡は、まだ生温かい筈のに、不思議と痛みは遠い。ただ身体の奥底で、遅れて震えが来る。ふっと蹌踉めきそうになった。
「フラン、怪我はないか?」
「うん、フラン、だいじょぶ。でも、おにいたまのほうがけがしてる。たいへん。いっぱいいたい」
震える声で、フランが俺の背中をぎゅっと握る。泣きそうに潤む瞳が、俺の胸を締め付けた。
足元には――仰向けに引っ繰り返ったマルコ。全身を掻き毟られたような傷に塗れ、白目を剥いて転がっている。この街を支配していた男は、もうそこにいない。
遅れて、竜宮城から避難したマルコの部下達が駆け付けていた。海底の民――水色の肌の魚人族達は、崩れた竜宮城とマルコを見て、呆然と立ち尽くしている。
「やりやがった……!あの千歯のマルコを……!」
「海底都市アトランティス最強の男を……たった一人で……潰しやがった!」
「なんなんだ……!アイツ……!」
彼らの声が震える。恐怖と――何処か安堵の混じった声音だった。支配者を失った街の声。混乱と、解放の気配。
「――せつくん!」
「――セツナ氏!」
アマネとタクオフが瓦礫の斜面を掻き分けて俺に駆け寄る。アマネが俺に身を寄せるように手を伸ばした瞬間、張り詰めていた緊張がぷつりと切れた。意識がふっと暗く沈んでゆく。
「せつくん、お疲れ様でした」
最後に聞こえたのは、アマネの穏やかな声と、優しく抱き締められる感触だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――遠くで誰かの怒号がした。
「――おい!なんで竜宮城潰れてんだ!?」
「マルコ様は!?」
雑音のような喧騒が、遠くから耳に飛び込んでくる。ぼんやりと瞼を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは、見慣れたポスターの海だった。
「師匠!おはようございますですぞ!」
顔面数センチに、タクオフの丸眼鏡。暑苦しいドアップだ。
「何が師匠だ……」
上体を起こす。身体に痛みはない。右手――指も肩も、傷一つ残っていなかった。アマネが静かに微笑む。
「せつくん、せつくんのお怪我は、全て〈癒光〉で治癒いたしました」
――毎回思うが、アマネの〈癒光〉は中位級にしては強過ぎる気がする。うーん、まあいいか。
「ああ、ありがとう、アマネ」
「おにいたま!」
フランが勢い良く飛び付いてくる。
「もう夜明けですぞ!」
周囲を見渡せば、アニメグッズ、ディーネのポスターやフィギュアが雑然と並べられている空間。ここがタクオフ宅であることに疑問の余地はなかった。変わったところと言えば、卓袱台が見当たらないことくらいだ。俺はベッドに寝かされていたらしい。
「おにいたま、なおった?」
「ああ、もう元気だよ」
小さな頭を撫でると、フランは嬉しそうに目を細める。
「おにいたま、よかった!げんき!」
「……フラン」
俺に頬を擦り寄せて懐くフラン。そんなフランの両脇を抱え、膝の上にちょこんと座らせた。言うべきことは言わなければならない。
「どうして勝手に外に出た?俺はタクオフの家にいるように言った筈だ」
フランの身体がびくっと震え、小さな肩が縮こまる。次の瞬間、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「……おにいたま、おこってる?」
「ああ、怒ってる」
「うぇぇ、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「フランちゃん……」
「うぇぇぇぇ、ぇぇ、フラン、おにいたまとおねえたまのめいわくだから、がんばらないととおもってぇぇぇぇぇ、ごべんなざぃぃぃぃぃ」
その言葉に、胸が酷く痛んだ。タクオフが静かに呟く。
「……フラン殿は、セツナ氏やアマネシエル女史のお荷物になりたくなかったのですな」
俺はフランを抱き締めた。白黒豹柄の柄シャツに、フランの涙がじんわりと滲む。
「フラン、誰もフランを邪魔なんて思ってない。頼むから二度と危険な真似はしないでくれ」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん、ごべんなざぃぃぃぃぃぃぃ」
「生きていてくれて、良かった」
フランは泣きながら、俺の胸にぎゅっと顔を埋めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでアマネ、〈アトランティス市議会〉はどうなった?」
「はい。ディーネさんが対処してくださっているようです。マルコ達は警察に連行されました」
「ほう、マルコは信頼があったと思うが……あっさり信じてもらえたんだな」
「竜宮城の跡地から、マルコの筆跡と一致する歌姫暗殺計画の計画書が見つかったようです。証拠があれば、流石のマルコも言い逃れ出来ませんね」
「ああ……竜宮城をブッ壊した甲斐はあったか」
突然、タクオフが正座し、畏まった様子で深々と頭を下げた。
「――師匠!アマネシエル女史!フラン殿!お陰様で〈アトランティス市議会〉の暗殺計画を挫くことが出来ましたぞ!本当に……感謝ですぞ!」
「いいって。今更。それでなんだ、師匠って」
「いやいやセツナ氏!小生は師匠に救っていただいた身!師匠と呼ばせてくだされ!」
「まあ……好きにしてくれ」
「それでは!好きに師匠と呼ばせていただきますぞ!」
「それにしてもアマネとタクオフも幹部と戦ったんだろ?アマネもだが、特にタクオフは良く勝てたな。ユニークスキルがないんだろ?」
「そ、そうですぞ!小生、ユニークスキルを使えたのですぞ!」
「え?」
「突然、小生の手が亜空間に繋がり、その亜空間がこの部屋に繋がっていたのですぞ!」
「……タクオフさん、そのユニークスキルですが、古代の文献で目にしたことがございます。偉人級ユニークスキル・〈霧箱〉――それが恐らく、タクオフさんのユニークスキルです」
「ウィルソンといえば……旧世界のスコットランドの学者ですな……」
――「ウィルソンの霧箱」。スコットランドの気象学者・物理学者であるチャールズ・ウィルソンが発明した、蒸気の凝結作用を用いて荷電粒子の飛跡を検出するための装置だが、まあこんなことは知らなくて良い。
「おにいたま、フランもゆにーくすきる、ほしい」
「はは、フランはもう少し大きくなってからだな」
「わかった!」
「まあ兎に角だ。タクオフにユニークスキルが顕現した理由ははっきりしている。ユニークスキルは当人の才覚に応じた階級のものが顕現するが……これまでタクオフはユニークスキルのない無等級だった」
「はい、それが戦闘の最中、タクオフさんが精神的に成長したことにより、偉人級の器になったということでしょうか」
「いじんきゅー、タクオフおにいたま、すごい!」
「むふふ、小生が偉人級の器だったとは、驚きですな!」
「せつくんは神話級ですけどね」
「――ぶひっ!?なんですとォ!?」
「アマネ……あんまり威張る気はないんだ。勘弁してくれ」
「いやはや……流石師匠ですな……。神話級なんて、十傑だけに許された御伽噺のようなものだと思っておりましたぞ……!」
「随分あっさり信じるんだな……」
「事実、マルコ氏を打ち破っておられますからなぁ……」
「セツナおにいたま、もっとすごい」
――その時だった。タクオフ宅の玄関の扉が、三度、静かにノックされる。
「今行きますぞ!」
タクオフが嬉々として立ち上がり、玄関へ向かう。ドアを開けた瞬間――。
「――ディ、ディーネ女史っ!?」
向日葵色のサイドテール。青い螺旋のメッシュ。海色のケープが揺れ、星のような瞳が燦然と輝く。歌姫――ディーネが、そこに立っていた。
「お邪魔するよっ☆」
ディーネは遠慮の気配もなくつかつかと歩み、俺達の傍にちょこんと可愛らしく腰を下ろす。
「さてっ☆話はアマネシエルちゃんから聞いたよっ☆みんな、ボクを助けてくれたんだよねっ☆」
「ディーネ女史!小生は当然のことをしたまでですぞ!」
タクオフが胸を張る。ディーネはその様子を見て、くすりと笑った。太陽のように眩しい笑顔だ。
「でもねっ☆こんなこと言ったら水を差すようで悪いんだけどねっ☆」
瞬間、空気が変わった。笑顔のまま――声の温度だけが、一段落ちる。息を呑む。
「――ボク、助けなんて必要なかったんだよねっ☆」
「ど、どういうことですかな!?」
タクオフが素っ頓狂な声を上げる。俺も思わず身を起こした。
「コホンっ☆」
彼女はすっと立ち上がり、一度だけ軽く咳払いした。そして、くるりとターンするように振り向くと、改まった調子で口を開いた。
「改めて自己紹介しておくねっ☆」
舞台上と同じ所作で両手でハートを形作る。海色のケープが波のようにひらりと広がり、その瞳が星の瞬きのように強く光った。
「十傑・第九席――ディーネだよっ☆よろしくねっ☆」
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