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1-23 鮫工船

「な、なんだこれは……。シャスコ……!誰にやられた……!」


 ――竜宮城・城門前。モンハナシャコの魚人族(マーフォーク)――シャスコが、床一面に血の赤を広げ、無残に倒れていた。


 駆け寄ったキャンサスの動きが止まる。紫の肌に血飛沫が弾け、潮の匂いが重く伸し掛かる。シャスコの腹には聖水が穿(うが)った貫通痕。傷口から赤い血が滴る度、海底の石は悲鳴を上げるように泡立った。


「キャン……サス。敵は……強大だよ……」


「シャスコ!」


「あのメイド女……化物だ……。〈神威結社〉の……アマ……ネ……シ……エル……」


「おねえたまだ!」


 銀髪の少女――フランが、誇らしげに答えた。その瞬間――キャンサスの表情は驚愕へと強張る。


 ――シャスコは「アトランティス闘技場最強」と謳われた女。その彼女を倒したと言うのか……?――メイドが。


「子供……。お前のお姉さんとやらが……シャスコを倒したと……?」


 問いが最後まで届くより早く、フランは弾かれたように竜宮城の中へ走っていく。


「――ま、待て!子供!」


 キャンサスはシャスコを壁に寄せ掛け、フランを追って城内へと駆け込んだ。そして、入口ホールに踏み込んだ瞬間――息を呑んだ。


「なん……だ……これは……」


 竜宮城・一階――その光景は、呼吸を奪った。倒れ伏す水色の魚人族(マーフォーク)。数は(およ)そ五十。床に散らばる甲殻、砕けた武器、壁を伝う血の線。まるで嵐が一瞬で通り抜けた後――そんな惨状だった。


「ううっ……キャンサス様……」


「休んでおけ……」


 更なる奥。玉座の裏の寝室へ踏み込むと、イルーガが――卓袱(ちゃぶ)台の下で押し潰されている。あのシャチの魚人族(マーフォーク)の副官が、()りにも()って、こうも屈辱的な体勢で。


「まさか……マルコ様……!」


 螺旋階段の上から、小さな足音が響く。キャンサスは咄嗟にフランの姿を追って駆け出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――竜宮城・城門前。街路裏で、タクオフが血を滲ませて壁に(もた)れていた。アマネシエルが〈癒光(ヒール)〉で傷口を閉じようと手を組み合わせるも、タクオフは慌てて手で制した。


「アマネシエル女史、まだ小生を回復してもらう訳にはいきませんぞ。セツナ氏が戦っておられますからな」


「そうですか。かしこまりました。……全く、タクオフさんよりせつくんを優先したいのですが……」


「――ぶひっ!?あんまりですぞ!?」


 アマネシエルは胸元に手を当て、くすりと笑みを浮かべた。


「ふふ、冗談です。怪我人を放置する訳にもいきませんから」


「冗談に聞こえませんな……。……それで、アマネシエル女史は、セツナ氏が勝つと確信しているのですな?」


「ええ、せつくんは負けませんよ」


 祈りにも似た声音だった。そう言って、アマネシエルは高く(そび)え立つ竜宮城を見上げる。白い髪を掻き上げた指先に、潮風が呼応するように吹き付けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――竜宮城・最上階。水の奔流が渦を巻き、砕け散った床石が足元で転がる。マルコの拳と、俺の弾丸が空中で交差し、爆ぜた衝撃波が双方を後方に弾き飛ばした。のち、二人は間合いを取るために後方へ跳躍する。


「貴様が勝って一体何が変わる!」


「タクオフが変えてくれる……!アイツは……この街を救う……!」


「『叢雨(むらさめ)』ッ!」


 一歩前へ。踏み込みと同時に〈エフェメラリズム〉の弾帯を限界まで引き絞る。銀弧を描いた弾丸がマルコの腹部を斜めに(えぐ)り、その反動でマルコの顎を持つ腕が俺の二の腕の肉を噛み千切る。血が弧を描いて飛び散り、白髪(はくはつ)を濡らした。


『掟:咀嚼(そしゃく)を禁ず。

 破れば、全身を切り刻まれる。』


 腕に肉を咥えたまま、マルコがゆっくりと咀嚼する。次の瞬間、見えない刃が嵐のようにマルコの全身を刻んだ。


「ぐ、がっ……!」


 赤が舞う。その隙を逃さない。距離をゼロまで詰め、マルコの胸板に〈エフェメラリズム〉を押し当てるように構える。弾帯を目一杯引き絞り、そのまま心臓目掛けて弾丸を撃ち込んだ。


 肉を裂く衝撃。マルコの瞳が、再び血の色に染まる。――それでも、膝は折れない。


 一方の俺も、右手の小指と薬指を失い、右腕の肉は大きく(えぐ)れ、両肩も損傷。全身血(まみ)れ。動けていること自体が奇跡と言っていい状態だった。――その時。


「――マルコ様!」


 螺旋階段から声。蟹の鎧を(まと)うキャンサス。その横に、小さな影――フラン。


「――おにいたま!」


「フラン!?」


「あいたかった」


 フランが俺に飛び付き、ぎゅっと抱き付いてくる。涙を浮かべた瞳で、血塗れの俺の頬に顔を擦り寄せた。温かい雫が、俺の血と混ざって床に落ちる。


「おにいたま、けがしてる。いたいの、かわいそう」


「フラン……どうして外に出て……いや、今じゃないな」


 ――一方のマルコは、巨大な赤い装甲に身を包む女を見て、苛立たしげに眉を(ひそ)めた。その声は低く、低く響いた。マルコの瞳が冷たく光る。


「おい……キャンサス、何をしている?」


「マルコ様……一体何が……」


「聞いているのは俺だが?ガキ一匹逃がすなと命じた(はず)だ。()りにも()って敵の一味のガキじゃねーか。お前の仕事はなんだ!?」


「そ、それは……。マルコ様、お言葉ですが……今回の歌姫暗殺計画、やはり正しいとは思え――」


「もういい――」


「――おい!待て!」


 俺の制止は潮流に掻き消える。マルコの拳が、空気を裂いた。開く(てのひら)。現れる顎。咀嚼。赤。キャンサスの頭部が――消えた。


「――キャンサスおねえたま!」


 フランの悲鳴。首を失った多脚の鎧が、糸の切れた人形のように力なく倒れる。首から上は、跡形もない。マルコは拳から滴る血を振り払い、怒りを剥き出しにした顔でこちらを向いた。


「使えない部下を持つと困るモンだな」


「お前……仲間だったんじゃねーのかよ……。殺すなんて……」


「うう……。おにいたま、こわい」


「フラン、大丈夫だ。大丈夫。俺が守ってやる」


 怯えるフランを背に乗せ、〈エフェメラリズム〉を構え直す。再びマルコと対峙――マルコが目を見開き、口角をにっと吊り上げる。


「おいおい……ガキのお守りしながら俺と戦う気か?」


「心配すんな、つまんねー戦いはしねーよ」


『掟:攻撃を禁ず。

 破れば麻痺する。』


「――『叢雨(むらさめ)』」


 マルコが腕を伸ばす。先端には開いた牙。その矛先は――フランだ。フランが小さく悲鳴を上げる。


「やっ!」


 身を(ひるがえ)し、ギリギリでその攻撃を(かわ)す。


「うぐっ……!」


 呻き声と共にマルコの身体が痙攣(けいれん)し始める。俺が回避しようとも攻撃は攻撃。掟は「行為」に課されている。マルコは掟を破った罰をその身に受けたのだ。


 ――考えていた戦略がある。


『掟:麻痺を禁ず。

 破れば、全身を打撲する。』


 見えない衝撃が連打となってマルコを襲う。骨と筋肉が悲鳴を上げ、巨体が堪らず膝を突いた。


「がァっ……!」


『掟:打撲を禁ず。

 破れば、炎上する』


 ――掟は……コンボする……!


 次の瞬間、マルコの身体が業火に包まれた。蒼い肌の上で炎が踊り、焦げた匂いが立ち昇る。


『掟:炎上を禁ず。

 破れば、全身を骨折する。』


 バキ、バキ、と痛々しい音が連続で響く。マルコの四肢が変な方向へ曲がり、巨体がぐらりと揺れた。呼吸一つする度に、骨同士が擦れ合う音が聞こえる。それでも、マルコは笑った。


「俺は――ディーネを殺すッ!!!」


『掟:骨折を禁ず。

 破れば、服毒する。』


 マルコの喉が黒く泡立つ。苦悶の表情のまま、胃の中身が逆流するように黒い液体が口端から溢れた。


「人間如きに――俺の計画を止められて(たま)るかッ!!!」


『掟:服毒を禁ず。

 破れば、建物の倒壊に巻き込まれる。』


「――おにいたま!」


「終わらせようぜ――」


 竜宮城の天井が割れる。世界が傾く。降り注ぐ瓦礫。俺は覆い被さるようにフランを抱き抱え、フラン相手に掟を定めた。


『掟:人との接触を禁ず。

 破れば、無傷で済む。』


 世界が反転するような轟音。瓦礫、潮、天井、全てが崩れ落ちる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 重力が反転するような感覚と共に、全てが崩れてゆく。マルコの断末魔が、崩れ落ちる竜宮城と共に海流へ呑まれていった。

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