1-19 歌姫暗殺計画
「暗殺じゃねえ。事故だ。ディーネ様は今夜――丑三つ時に突然強盗に襲われ、事故で亡くなるんだ」
マルコの言葉に、イルーガはギザギザの歯を覗かせて笑った。黒いライダースジャケットの背で、イルカの尾鰭がゆらりと揺れる。黒と白のツートンカラーの髪が、ネオンの光を反射していた。
「そうだったそうだった。怒らねーでくれよ、マルコ様。アンタ、キレると誰も手ェ付けられねーんだから」
マルコは腕を組み、無言で聞いていた。オレンジのアロハの下、筋肉が一つ波打つ。その目に宿るのは、信仰よりも冷たい、「執着」の色だ。
「キレねぇよ。計画は万全だ」
イルーガの笑い声が薄暗い壁に反射する。小さく顎を引いたマルコの声は低く、確信に満ちていた。
「にしてもマルコ様も良くやるよな。ディーネの奴の前マネージャーを暗殺して、マネージャーに成り代わるなんてよ。そこから四年、ここまで築き上げたってワケだ」
「この計画のために既に当時トップアイドルだったディーネのマネージャーを殺した。長かったな。だが――終わりは近い」
「ディーネを殺せば莫大な遺産が手に入る。オレらも一生遊んで暮らせるってワケだな!マルコ様!」
「馬鹿言え。ディーネと俺に血縁がねぇんだから俺が遺産を相続出来るワケがねぇだろう。ちっとは頭使え」
「あ?じゃあどうすんだよ」
「何度も言わせんな。お前の『命令を強制するユニークスキル』――上級ユニークスキル・〈洗脳〉を使ってディーネに遺書を書かせるんだよ。「マネージャー・マルコに全財産を相続する」ってな」
「ああ、そうだったな」
「四年だ。四年の年月を掛けて俺はこの海底都市で信頼を積み上げた。誰も疑いやしねぇ」
マルコは薄く笑った。その笑みは、厚い海水を通って尚、冷たさだけが届く、底光りする笑みだった。
「さっすがマルコ様。用意周到なお方だぜ。で、住民はどうすんだ?」
「始末しろ。ディーネが死にゃ、もうこの街に用はねぇ。全部海に沈めろ」
「了解」
「お前は戦力にはなるが、頭が弱いからな。呉々も失敗するなよ」
「わかってるって、マルコ様。オレら〈アトランティス市議会〉が今まで一度でもミスったことがあっかよ」
「はっ、ねえな。期待してる」
「おうよ!」
二人の笑い声が闇に飲まれ、壁の影が波打った。気配が薄れて、残されたのは息を呑むような静けさだけだ。
――タクオフは全身を震わせていた。恐怖と怒りが同居した震え。彼の瞳には、急速に燃え上がる決意の色が滲んでいる。
「とんでもない……とんでもないことを聞いてしまいましたぞ……!」
――マルコ……胡散臭いとは思っていたが……ここまで堕ちていたか……。
タクオフは立ち上がると、躊躇なく暗闇へと駆けていった。告げなければならない事実が、一刻の猶予も許さなかった。
「――小生!ディーネ女史に伝えてきますぞ!」
「――お、おい!」
止める間もなく、タクオフは闇を駆けていった。その先には、煌めく歌声が響いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハァ……!ハァ……!」
『神も悪魔もハート撃ち抜けっ☆彡』
――闘技場の中心。光の雨の下で、ディーネが踊っていた。ライトは彼女を万華鏡のように分解し、群衆の波が観客席を揺らす。音の粒が弾け、サイリウムの光が星のように瞬き、歓声がドームの天蓋を震わせた。彼女はそこに在るだけで、世界の輪郭を塗り替える力を持っている。
『きゅんで天界パニック状態!?』
――最悪ですぞ……!最悪ですぞ……!
『ズッキュン☆ドッキュン☆恋心Boom!』
――全員……殺されてしまう……!
『ラブの暴走止めらんないの!』
「ハァ……!ハァ……!」
小生は息を切らしながら駆け込んだ。胸を押さえ、舞台を見下ろす。ディーネ女史は笑っていた。神々しい程に、眩しい光の中で。
『神も悪魔も恋に落ちちゃえっ☆彡』
サイリウムの光と観客の歓声の中で、小生の心臓だけが別の世界を打っていた。頭の奥で、遠い昔の記憶が蘇る。
『最高速の「好き」が爆誕!』
思い出す。十歳の誕生日。待てど暮らせどユニークスキルは発現しなかった。クラスで一人、無能の烙印を押され、笑われ、殴られ、蹴られ、嘲られた。ゴミ箱の中身を食わされた。机に菊の花を添えられた。水の入ったバケツを被せられた。校庭に椅子を投げられた。最後には、教室からも世界からも締め出されるようにして、小生は引き篭った。
『てゆーか運命じゃない?これ???』
――ある日、薄暗い部屋で。たった一人でテレビを見ていたあの夜、画面の向こうでディーネ女史が笑っていた。光の中で歌い、世界を救うように笑っていた。それが、小生の「生きる理由」になった。
――そこから小生は、独学で商売を学び、少しずつ外に出られるようになった。そして、今がある。
『きゅんの暴走!正義なんで!!!』
――ディーネ女史は……殺させない……!
過去と現在が交錯する。小生は今、ここにいる。救いたい相手が、今、歌っている。
「――聞いてくだされ!」
喉が裂ける程の声で叫んだ。ディーネ女史の歌声が途切れ、観客が騒めく。振られていたサイリウムが一斉に下がり、スポットライトの一部が、小生一人を白く照らした。無数の視線が突き刺さる。
「タクオフ……?何しに来た……?」
「おいおい……またディーネ様に迷惑掛けんのかよ……」
「いい加減にしろよ……」
冷えた声が四方から飛ぶ。歯を食い縛る。だが、負けない。小生は、全てを賭けて叫んだ。
「――敵が攻めて来ますぞ!みんな殺されてしまいますぞ!逃げてくだされ!」
一瞬の静寂。次いで――爆笑と怒号。ステージの上のディーネ女史は、きょとんとした表情で、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「またお得意の嘘か」
「何がしたいんだ?アイツ」
「マルコ様ぐらい人望があるなら信じるけどな」
――くそっ……!なんで……!
「アイツ、元々虐められてたらしいぜ?」
「あー、構ってほしいのか」
「だからってライブの邪魔すんなよな!」
「この嘘つきが!」
「消えろ!」
怒声が波紋のように広がる。サイリウムの光が、嘲笑のように揺れた。
頭に硬い衝撃。石だ。生温かい血が頬を伝う。誰も止めない。
「おい!タクオフを摘み出せ!」
「かーえーれ!かーえーれ!」
「かーえーれ!かーえーれ!」
「「「かーえーれ!かーえーれ!」」」
背を向ける。観客席が一体となって叫ぶ。唇を噛み、視界が滲む。怒声が押し寄せ、水位が胸元まで迫ってくるような息苦しさ。それでも――振り向かなかった。
ステージの上で、ディーネ女史がただ黙って見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――夕方、タクオフ宅前。再びのセツナサイド。西日が淡い青のタイル床に海月の影を映す。そこに、足を引き摺るような歩調でタクオフが戻ってきた。肩は落ち、顔は涙と汗でぐしゃぐしゃだった。
「おう、タクオフ」
「セツナ氏……ううっ……」
彼は泣きながら全てを話した。彼の顔は涙で濡れており、声は震えていたが、言葉の一本一本は鮮烈だった。誰にも信じてもらえなかったこと。石を投げられたこと。それでもディーネの瞳だけは、自分を見ていたこと。
「それは……大変でしたね」
「散々だったな。で、どうするんだ?ディーネも海底都市アトランティスに暮らす人達も、全部見捨てるか?」
タクオフは震える拳を握り締めた。爪が掌に食い込む。それでも、声だけは揺れなかった。
「小生は……何の才能もなかったのか、十歳の時にユニークスキルを授からなかったのですぞ」
「………………」
「魔法学校ではそんな小生は見下され、ゴミ箱の中身を食わされ、机に菊の花を添えられ、水の入ったバケツを頭から被せられ、机や椅子を校庭に投げ出され、毎日のように罵声を浴びせられましたぞ……」
――タクオフ……虐められていたのか……。
「そうして小生は引き篭るようになりましたぞ。しかし、そんな時、たまたまテレビで観たディーネ女史が元気に踊る姿が、小生に勇気をくれたのですぞ」
「タクオフさん……」
「街の人達を恨む気持ちがない訳ではありませんぞ。ただ……ディーネ女史に救われたことだけは真実ですぞ。だからこそ……小生はディーネ女史を助けたい……!」
「タクオフ……」
「小生には戦う力はありませんぞ……。でも……それでも、死んだとしても、小生は、ディーネ女史を助けたい……!」
その声は震えていた。けれど、言葉の芯は真っ直ぐだった。
「嘘吐き呼ばわりされるのは慣れていますぞ……」
膝が震え、視線は揺れる。それでも、決意だけは水底まで沈まない。
「だったら、小生が、この一件を――嘘にしてみせますぞ!」
俺は静かに笑った。
「――よし、その戦い、俺も加勢しよう」
「はい、せつくんにお供します」
「フランもがんばる!」
海底都市アトランティスの歌姫暗殺計画。それを「なかったことにする」ための戦いが、静かに――本当に静かに、始まろうとしていた。
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