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1-14 スライム討伐指南

 魔道具・〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉。オクタゴンの玄関に鎮座する女神像には、そんな仰々しい正式名称が付いている。朝の陽光が庭園を金色(こんじき)に塗り替えていく中、俺達は〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉の前に立っていた。


「おにいたま、おねえたま、ぼうけんしゃぎるど、フランもいきたい」


「ふふ、フランちゃん、この女神像で冒険者ギルドに行くんですよ」


「フラン、おんぶしてやるから俺達から離れちゃダメだぞ。外は危ないからな」


「わかった!」


 その場に(しゃが)んだ俺の背に、フランは嬉しそうに飛び付く。その銀髪が、春風に揺れて光を弾いた。


「さて……行くか」


 〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉の機能は単純だ。触れたことのある女神像同士を繋ぐ「転移装置」――瞬間移動の魔道具である。本来なら王都アルカグラの中心街までは徒歩で数十分。だが、この像を使えば、一瞬で移動が可能だ。


「はい、行きましょうか」


 ぎゅっと手に力を込めて俺にしがみ付くフラン。その気配を背に感じながら、俺とアマネは〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉へ手を伸ばした。


 ――瞬間。風向きが変わり、視界が一気に反転する。耳を(つんざ)くような喧騒と雑踏。王都アルカグラの中心街・冒険者ギルド前のメインストリートだ。


「おにいたま、すごい。しゅんかんいどー、した!」


「はは、すごいな。フラン」


「うん、すごい!」


 その無邪気な笑顔に癒されながら、俺はギルドの重厚な扉へと手を掛けた。扉を開けた瞬間、騒めきがぴたりと()む。中の冒険者達が、一斉にこちらを振り返った。


「おい……アイツ……」


「アイツか?マザー・エニスを倒したって新米冒険者……」


「十傑・第十席のラクシュ様やノクシュ様と一緒にいたところを見たって、さっきの奴が言ってたぞ?」


「本当にFランクか?」


 ――まあ、これは想定内だ。だが、視線の痛さには慣れそうもない。


「おにいたま、ここがぼうけんしゃぎるど?」


「そうだよ、フラン」


「いっぱい、ひとがいる」


「せつくん、如何(いかが)でしょう。クエストボードをご覧になられては」


「ああ」


 冒険者ギルドの壁に設置された、木目が映えるクエストボード。そこにはモンスターのイラストが生々しく描かれた、雰囲気のある黄ばんだ羊皮紙が所狭(ところせま)しと貼られていた。その数が、この新世界の危険な現実を物語っているようだ。


「色々あるな。Fランク向けは……『スライム五体の討伐』、『ゴブリン三体の討伐』、『オーク一頭の討伐』、『薬草十個の採取』、『川魚十匹の捕獲』……」


「Fランク向けの討伐クエストは小型モンスターが大半……。せつくんなら余裕ですね」


「どうせFランクの上位者になるためにクエストを(こな)さなきゃならねえからな。(まと)めて受注してしまうか」


「そうしましょうか」


 冒険者ランクを上げるためには、その冒険者ランクの上位者同士による昇格戦に勝利する必要がある。その土俵に上がるためには、まずFランク向けクエストを積み重ねて、「Fランクの中では頭一つ抜けている」程度の評価を得なければならない。


 十枚程のクエストの依頼書を手に取り、受付へと歩を進める。受付では、前回同様に、白いシャツの上から黒いベストを着用した、茶髪ミディアムボブの糸目の女性が座っていた。後ろ髪を留める赤く大きなリボンが気品を(もたら)している。


「これはこれは、〈神威結社〉の皆様。ご活躍の噂は耳にしております」


「レシアさん、どうも。(まと)めてクエストを受注したいんですが」


「かしこまりました」


 レシアは手際良く依頼書を確認し、判を押す。――こうして、Fランクの地道な一歩目が踏み出された。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 王都アルカグラから北西へ歩くこと、三十分。その森で相対するのは、湿った苔のように(ぬめ)った緑の皮膚、異様に(しな)やかで細い、骨ばった四肢の異形――ゴブリンだ。敵は裂けた布を継ぎ合わせたローブを身に(まと)い、腰には小袋や金属片のようなものが()ら下がっている。


 スリングショット――〈エフェメラリズム〉を引き絞り、勢い良く解放する。弾が眉間を撃ち抜き、ゴブリンは緑色の血を撒き散らしてその場に崩れ落ちた。


「キシャァ!!!」


「おおー!おにいたま、すごい」


 フランの声が弾む。だが油断は出来ない。茂みを裂いて次々と現れる影。頭にはフードを被り、その下からは鋭く尖った耳が突き出していた。光を宿した大きな眼は、まるで魔石のように不気味な緑光を放っている。


 ゴブリンは、赤黒い爪を(あや)しく光らせて怒りを露わにする。俺は透かさず追撃に移る。


 再びゴムを限界まで引き絞る。狙うは眼窩と喉元。二連射――と思わせて、敢えてタイミングを()らす。最初の一発は牽制、二発目を本命で撃ち抜く。


 鋭い破裂音。ゴブリンの喉が弾け、断末魔が途切れた。最後の一体は反射的に飛び退くが、その逃げの癖ごと〈エフェメラリズム〉の射線で薙ぎ払う。緑の血を散らし、森に静寂が戻った。


「おにいたま、かっこいい」


「ふふ、はい、せつくんはかっこいいです。――お疲れ様でした、せつくん」


 アマネとフランがこちらに駆け寄る。足元には三体のゴブリンの亡骸が転がっていた。


「ああ、ありがとう」


 息を整える俺の足元で、フランが小さく拳を掲げた。


「おにいたま、フランもたたかうの、やりたい!」


「え、フランも戦いたいのか?」


「うん、フラン、やる!」


 ジト目のまま、瞳だけは真剣に燃えている。


 ――困ったな。とはいえ、この新世界では、「戦えないこと」そのものがリスクだ。自分を守る術は、(いず)れ覚えさせる必要がある。ならば、タイミングの問題か。


「スライムでしたら粘液にさえ気を付ければ大きな危険もありませんし、フランちゃんの練習にもいいのではないでしょうか」


「そうだな。よし、フラン、やってみるか」


「うん!」


 誇らしげに笑うフランと目を合わせ、俺達は川辺へと移動した。茂みに身を潜め、視線だけを水際へ向ける。そこには、手のひらサイズの青いジェル状のモンスターが、ぷるぷると小さく震えていた。


「……フラン、わかるか?あの青いのがスライムだ」


「うん、どろどろしてる」


「あのジェル状の青い液体には絶対に触っちゃダメだぞ。肌が溶けちゃうからな」


「あぶない?」


「そうだ。危ないんだ」


「きをつける。おにいたま、フラン、ぶきもってきた」


「武器?」


 そう言って、フランが懐から取り出したのは、ピコピコハンマーだった。中空の赤い柄が陽光を反射する。


「フランちゃん、それはおもちゃですよ」


「ぶき!」


 フランがきっぱりと言い切る。アマネは一瞬たじろいだが、それ以上は否定しなかった。俺はぽん、と小さな背中を押す。


「よっしゃ、行け!フラン!」


「おーっ!」


 フランがどたどたと駆け出す。ピコピコハンマーを振り(かざ)し――ぷるぷると震える可愛らしいスライムにヒット。渾身の一撃。


「やっ!」


「ぷるるっ!?」


 スライムが跳ね、フランに飛び掛かる。青い粘液が飛沫となって宙を舞い、フランが悲鳴を上げた。


「いや!とけるぅ!」


 しかし次の瞬間――。逃げると見せ掛けたフランが、振り返り様にピコピコハンマーを叩き込む。


 ポンッ!ポンッ!ポンッ!


 コミカルな音と共に、スライムがぺちゃんこに潰れる。粘液が地面にじゅうっと染み込み、残されたのは、目をバツにした、ぐにゃりとした「残骸」だけだった。


「えい、えいっ……!」


 念には念を入れているのか、フランは更に追撃を重ねる。(やが)て動かなくなったスライムを見て、恐る恐るこちらを振り返った。


「お、おにいたま……フラン、たおした?」


「ああ。ちゃんと一人で倒せたな」


 フランが腰に手を当てて胸を張る。


「えへへ、フラン、えらい?」


「偉いですよ、フランちゃん」


 アマネが微笑み、フランを抱き締める。だが――次の瞬間、空気が震えた。


 ――背後。土を踏み鳴らす度、大地が(うね)るように震えた。現れたのは、丸太のような両腕と樽のような胴を持つ、豚頭の巨体である。皮膚は鈍い緑色をしており、脂汗に濡れたその肌は、まるで湿地帯の泥を塗り固めたような質感を放っている。鼻息は荒く、肩を上下させる度に濁った息が白煙となって吐き出された。


「うあ……おにいたま、おねえたま……こわい」


「大丈夫ですよ、フランちゃん」


 アマネが抱き寄せる間に、俺は前に出た。


 腰には赤茶の短いズボンを履いているが、その貧相な装いを補って余りあるのは、両手に握られた鉄塊――巨大な棘付きメイスであった。その棍棒を軽々と振り上げる様は、まるで玩具(おもちゃ)でも扱うかのようだ。振り下ろされれば、地面は陥没し、骨も肉も区別なく粉砕されるだろう。


 ――さて、〈天衡(テミス)〉には「直接的な死は指定出来ない」というルールがある。が、それは「死ぬ」という罰を指定出来ないだけだ。首が落ちた結果どうなるかまでは、法と掟の女神も一々口出ししてこない。


「アマネ、フランを頼む」


「はい、お気を付けて」


 彼の目には単なる獣の狂気だけでなく、何処(どこ)か愉快そうな光が宿っていた。戦うことが、彼にとっては生きることそのものなのだ。オーク――力を誇り、破壊の中に生の悦びを見出す戦鬼。その足音が響く度、森は息を潜め、空気さえも怯えを覚えた。


 (うな)るような呼吸。次の瞬間、棍棒が振り下ろされる――。――だが、斬撃はそれより早かった。


『掟:攻撃を禁ず。

 破れば、斬首刑。』


 ――一閃。一瞬だった。風が裂ける音だけが残り、二メートル近くもある巨体――オークの首が落ちたのは。


「終わったぞ」


「お見事です、せつくん」

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