1-11 十傑が来たりて
「あら?クロード、杠葉槐と真名を名乗るべきでしたかしら?」
「いえ、ラクシュお嬢様。通名で問題ないかと存じます」
「そう!それなら問題ないですわね!」
三人の男女――特に和装の少女と黒衣の少女は、ただそこに立っているだけで空気を張り詰めさせた。年齢だけ見れば、どう見ても俺より年下。だが、その存在感は「頂」そのものだった。
ラクシュと名乗った少女が、和傘をくるりと傾けながら言う。
「トールライム様のライブを拝見した帰りに偶然通り掛かりましたの。何か困っているようですわね?」
――十傑。「敗北すれば除名。故に全員最強。」を謳い文句にする世界の頂点。第一席から第十席まで十の席次があり、それぞれが世界最高位のユニークスキルである、神の名を冠する神話級ユニークスキルを持つ。
頭では知っていた。だが、実際に目の前に並ばれると、喉が酷く乾いた。十傑の第十席に座する者が目の前にいるという現実に、圧倒されていた。
「あ、ああ……この孤児院から解放した子供達をどうしようかと……」
漸く絞り出した声に、ラクシュが小首を傾げる。
「解放……ですの?」
その直ぐ隣で、執事の青年――クロードが静かに一歩前へ出た。
「ラクシュお嬢様、ノクシュお嬢様、僭越ながら、先程拘束されている奴隷商の男を見掛けました。聞き出したところ、この教会のマザー・エニスが孤児院を騙り、孤児を奴隷として売り捌いていたようです」
「残酷なことをしますわね……」
「……ひ、酷いね」
黒いレースのドレスを纏った方の少女――ノクシュが、小さく震える声で呟く。水色を基調に桃色が混じるツートンの髪。抱えたクマの縫いぐるみが、彼女の腕の中で一緒に震えていた。
「そうですわね……。私達の屋敷で引き取っても良いのですけれど、それが子供達の望む形かはわかりませんわね」
「……そ、そうだね」
「あなた、名前は何と仰るの?」
「……セツナだ」
ラクシュの琥珀色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。その奥には、軽薄さと同居する、獣のような鋭さがあった。
「ではセツナ様、一つ、提案がありますの」
「提案……?」
「十傑にクレス様という方がいらっしゃいますわ」
「……う、うん、クレスさんなら安心……」
アマネが僅かに目を見開く。クロードが、事務的な口調で補足を入れる。
「僭越ながら補足させていただきます。クレス様――真名は噴下麓様。十傑・第六席に座する方で、世界最強の横綱、角界最強の力士とされる方です。慈善事業として、お寺で孤児を預かられています」
――新世界に暮らす者なら知らない者などいない。十傑・第六席――クレス。ユニークスキルの使用を禁じられた相撲――二百四十二回の取組での勝率は完全無欠の百パーセントを誇るという。勝率九十六・二%を誇る江戸時代最強の力士・雷電為右衛門すら彷彿とさせる。
「クロード、クレス様は今、どちらにいらっしゃいますの?」
「日輪国アヴァロンに滞在されていると伺っております」
――十傑か。確かに十傑程の影響力を持つ人物なら安心か。
ラクシュがこくりと頷く。
「それなら話は早いですわね。セツナ様、そういう訳で一度ワタクシに子供達を預けていただけるかしら?」
「……ク、クレスさんは十傑一優しいから……だ、大丈夫だよ……」
ノクシュが小さく微笑む。アマネも力強く頷いた。
「――せつくん、十傑様でしたら問題はないかと」
「……わかった。子供達を頼む」
「承りましたわ」
ラクシュはカーテシーの要領で淑やかに頭を下げる。その仕草は何処か芝居掛かっている癖に、妙に板に付いていた。
続けて、ラクシュは懐から紙袋を取り出す。中には湯気を立てるコロッケ。
「ところでクロード、見てくださる?ワタクシ、ノクシュと露店でコロッケを買ったのですわ。クロードの分もあるんですのよ?」
「……ク、クロードもその、ど、どうぞ、食べて……?」
「ラクシュお嬢様、ノクシュお嬢様、お心遣い、痛み入ります」
ラクシュは勢い良くコロッケに齧り付き、目を輝かせた。
「んっ……!うめぇですわ!クロード、これうめぇですわよ!」
「……ラ、ラクシュお姉様……下品だよ……」
「ふふ、ラクシュお嬢様、口元が汚れておられますよ」
――なんだコイツら……。
目の前で繰り広げられる「世界最強一行」の遣り取りに、思わず現実感が揺らぐ。だが、その異様に和気藹々とした光景が、張り詰めていた場の空気を少しだけ緩めてくれたのも事実だ。
俺は、その場に踞み込み、フランと目線を合わせて告げる。フランはジト目のまま、親指を口に咥え、ぼうっとこちらを見つめていた。
「フラン、後は十傑の人達の言うことを聞いて、いい子で暮らすんだぞ」
「おにいたま、おねえたま……行っちゃうの?」
「ああ、行かなきゃいけない」
俺がそう告げると、フランは顔をくしゃくしゃにして、わんわんと泣き出してしまった。
「やだぁ、おにいたまたちとはなれたくないぃ……!」
アマネが優しく抱き締める。小さな手が、彼女のメイド服の背中を必死に掴んでいた。
「おにいたまたちといっしょがいいぃ……!」
その様子を見守っていたラクシュは、コロッケを食べる手を止めた。そして、ニヤリと口角を上げて笑った。
「あらあら、セツナ様、いけませんわね。そんな小さな子を泣かせては」
「……む、無理矢理離れ離れにするのは……か、可哀想だよ……」
「……つってもな、俺達は冒険者だ。子供を連れて行く訳にはいかないだろ」
「家で留守番をさせていればいいのですわ。連れていかなければ危険もありませんもの」
「その家がないんだよ……。今は宿屋暮らしだからな」
「……そう。じゃあ、セツナ様、SNSのIDを教えてくださる?」
「……え?なんで」
「明日、連絡しますわ。今日は宿屋でお休みなさい?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おにいたま、おんぶ」
「仕方ないな。ほら」
――王都の宿屋への帰り道。おんぶを要求するフランを背に乗せ、アマネと並んで石畳を歩く。小さな腕が首に回され、背中に伝わる体温が温かい。
「せつくん、ラクシュさんは何をお考えなのでしょう?」
「さあな……。世界最強様の考えることはわからん」
「おにいたま、おなかすいた」
「わかったわかった、宿屋でご飯食べような」
「うん!たべる!」
「ふふ、フランちゃん、可愛いですね。親子を見てるみたいです」
「はは。……フランが俺達と一緒にいたいなら、突っぱねるのも、確かに酷な話だよな」
アマネは微笑み、ふと夜空を見上げた。王都の明かりの向こうに、星が微かに滲む。
「とはいえ、フランちゃんもいるなら、いつまでも宿屋暮らしという訳には参りませんね」
「ああ、拠点となる家が欲しいな」
「それに、仲間も集めなければいけませんね」
「課題は山積みだな……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――宿屋のロビーにて。大きなテーブルの上には、肉料理とスープ、焼き立てのパンが並び、湯気が立ち上っている。フランが慣れない手付きで唐揚げを口に運び、頬を膨らませた。汚れた口元を、シルクの布巾でそっと拭ってやる。
「フラン、美味しいか?」
「うん、おいしい。おにいたま、おねえたま、ありがと、です」
「フランちゃんは本当にいい子ですね……。胸がキュンキュンします」
「おにいたまも、たべて。おいしい」
フランがフォークで唐揚げを不器用に突き刺し、俺の皿の上にぽとりと落とす。アマネがにこにこしながらその様子を見守っていた。
「おう、フラン、ありがとう」
「えへへ」
「フランちゃん、後で私と一緒にお風呂に入りましょうか」
「うん、はいる」
その夜、フランはアマネと一緒に風呂に入り、そして、俺の腕に抱かれたまま眠りに就いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――翌朝。宿屋の一室にて目を覚ますと、俺を抱き枕代わりにしたフランが、親指を咥えたまますやすやと眠っていた。寝癖で跳ねた銀髪が、どうにも憎めない。
アマネは一足早く起きていたらしく、テーブルの上で二杯の紅茶を用意している。朝の光がカーテンの隙間から差し込み、メイド服のフリルを柔らかく縁取っていた。
「おはようございます、せつくん」
「おはよ、アマネ」
「紅茶です、どうぞ」
「ああ、ありがとう。いただくよ」
紅茶を一口含みながら、枕元に置いてあったスマホを手に取る。そこには一件の通知が。SNSにDMが届いていた。差出人は――ラクシュ。
「お、ラクシュからだ」
ラクシュとのDM――その画面を開くと、地図の位置情報と共に「正午に三人でここに来てくださる?」とメッセージが送られていた。地図が指し示すのは、この王都の中心街から数十分程歩いた王都の外れ。何もない平原だ。
「ラクシュさんは何と?」
「よくわからんな。位置情報だけ送り付けて『ここに来い』だとさ」
「んん……」
視界の端にあった布団がもぞもぞと動き出す。そこから顔を出したフランが、まだ寝惚けたような面持ちのまま、俺の腕に抱き付いた。
「おにいたま、おねえたま、おはよう、です」
「おう、フラン、おはよう」
フランの頭を撫でてやると、フランが気持ち良さそうに目を細める。猫みたいだ。
「フランちゃん、おはようございます」
「おにいたま、おねえたま、おでかけ?」
「ああ、フラン、昨日の十傑さんからお呼び出しだ。フランも一緒に行こうか」
「うん、いく」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「来ましたわね?」
――王都の外れ。地平の果てまで、ただ風だけが通り抜ける大地が広がっていた。ラクシュが示した位置情報の場所へ向かうと、一際目を惹く三階建ての建物が姿を現した。
真っ白な外壁。上から見れば正八角形になるであろう、幾何学的な輪郭。八つの角ごとに細い尖塔飾りが伸び、朝の光を反射している。
庭には低い生け垣と白・薄紫を基調にした花壇が整然と並び、石畳のアプローチが玄関へと真っ直ぐ伸びていた。
「〈神威結社〉の皆様、お待ちしておりました」
執事・クロードはそう言ってくすりと笑った。
「……失礼しました」
――馬鹿にしてんのか。この野郎。
「センスを疑うパーティ名ですわね」
「……わ、私はカッコいいと思う」
「セツナ様、一点ご報告を。マザー・エニス、それに奴隷商の男ですが、警察に確保され、現在収監されております」
「ああ……そりゃ何よりだ」
ラクシュとノクシュが門の前で待っていた。フランは俺の袖を掴んだまま、きょろきょろと建物を見上げている。
「それでラクシュ、何の用件だ?」
「セツナ様、昨晩あなた、『家がない』と仰っていましたわね?」
「ん……?ああ……っておいおい……まさか……」
「そのまさかですわ。こちらの物件、オクタゴンを――差し上げますわ」
風が吹いた。花壇の白薔薇が、音もなく揺れる。
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