礼儀と気持ち
次の日の学校。未来は再び早めに登校を済ませていた。家ではとてもじゃないが両親が厚かましく構ってくるため、勉強に集中出来ない。もちろん家族仲が良いことは決して悪いことではないのだが。
隣には彼よりも早く登校していた朝陽の姿が。未来がリュックの中から教科書やらノートやらを引っ張り出す中、彼女は相変わらず自分の机の上に広がる問題集とノートに向き合っていた。机の傍には段ボール色の小さな紙袋が。
誰かに見せつけるためではなく、己の成長のためにひたむきに努力する姿は、朝の眩しい日差しも相まって輝いてさえ見える。
尤も、未来は特段関心も持たずにすぐに視線を落として新しく買った参考書を机の上に置いて、こちらも勉強を開始させようとする。
そんな折、朝陽はペンを走らせる手を止め、紙袋の持ち手に手のひらを通して軽く持ち上げる。そして未来の方へ身体の向きを変える。
「おはようございます、芹沢さん」
彼女から挨拶するとはなんとも珍しい。未来は驚くものの、すぐに返事を返す。
「おう、おはよう朝倉」
彼の視線は朝陽の目から彼女の持つ紙袋に移っていた。彼の勘違いでなければこれはきっと彼に関連するもののはず。
「昨日は図書カードをわざわざ届けてくださり、ありがとうございました」
そう告げる彼女は彼の視線にご名答と答えるように、そっと紙袋を差し出す。
「これはほんのお気持ちです。どうぞお受け取りください」
差し出されたそれをまじまじと見つめた後、未来は少し申し訳なさそうに彼女の目を見つめ返す。
「あ、いや、悪いって。それに俺の方がどっちかといえば借りを作ってる気がするし……」
「でも今は関係ありません。あくまで私の気持ちと捉えていただければ」
はっきりと口にした彼女の言葉を聞きつつ、彼は思い直す。
(まあ、毒って訳じゃなさそうだし。受け取る分にはいいか)
彼は手を伸ばして丁重に朝陽からそれを貰い受ける。
「ありがとう。ありがたく頂戴する」
「いいえ。受け取っていただき幸いです」
そういって2人は視線を外す。一昨日から続く関わりがあっても変わることはない距離感。
紙袋を自分の机の横のフックに引っ掛けた未来は早速参考書を開こうとした。だが珍しく彼女の方から挨拶をしてきたのだ。勝手ながら知人である美鈴の件のことなので触れておく。
「なあ朝倉」
「はい何でしょう?」
淡々とした口調が隣から返ってきた。
「その……別に周りが口出すような事じゃないのは十分承知の上で聞かせて欲しい。お前、毎朝美鈴から挨拶されてるけど、流石にあの返しは冷たいんじゃないのか?」
彼の言葉に思い当たるところはあったのだろう、朝陽はピクッと体を震わした。
「分かっています」
文字を記す手は止めていないものの、視線は前方の朝陽の席に向いていた。
「溝呂木さんにも感謝の意はちゃんと態度で示したいとは思っています」
感謝の意。それはきっと朝陽の、美鈴の努力に対する発言を意識したものだろう。
昨日の朝までは案外ねちっこい奴だなと思っていた未来も、ちゃんと礼儀も忘れない彼女の態度に意識を少し変え始めていた。
「ならちゃんと見せてやれよ、お前の気持ち」
今度こそ彼も机に向き直ってペンを走らせる。たった少しの振動が、先ほど彼女から受け取ったばかりの紙袋を揺らす。
同じ参考書を開く横並びの2人。強いて違うところと言えば、開いているページだけだろうか。
相手のプライベートに必要以上に踏み切ることのない、似たもの同士の2人が開く2つの参考書。それらは眩い朝の光を受けながら、変わらぬ日常を見つめていた。
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