おすすめを教えて
「何って、買い物しに来たんだよ」
当然とばかりに未来が放った言葉。彼はすぐに本棚へ向き直るが、昨日の今日で新しく教材を買おうとしている現実に冷たい視線を向けざるを得ない朝陽。
「え、もしかしてまた参考書を購入するおつもりで?」
「そうだけど」
朝陽は思わず大きなため息をつく。なんて要領の悪い人なのだろうと。ここまで金遣いが荒いとは心底馬鹿げている。
彼女の呆れた表情に未来は気付いたのだろうか。視線は目の前の本棚に向けつつも、口から出た言葉は朝陽に向けてのものだった。
「俺だってこんな出費は不本意だ。けど手遅れになってからじゃ意味がない。後々金を使うことになるのなら効果がある今のうちの方がいいだろ」
朝陽は一瞬何のことを言っているのだろうと首を傾げた。だがすぐさま、ああと理解した。今朝の彼女の助言を恐らく意識したものだろう。
「ちゃんと覚えてたんですね、私の言葉」
未来は背伸びをしたりして上の段を眺めながら答える。
「そんなに時間が経ってる訳じゃないしな」
それは決して時間だけの話ではない。自分の現状を触れられたこと、美鈴の朝陽の内面への言及、それらが朝陽の助言を未来の頭に否応なしに刻みつけたのだ。
律儀にもすぐに行動に移そうとする未来の実直な姿勢に朝陽は少し警戒を解く。
「……私が使っているのはこちらの参考書です」
未来の横に立った朝陽は本棚に手を伸ばし、あるものを抜き取る。シックな黒の表紙に大きなゴシック体。そして彼女が言っていた通りの厚みのない本。彼も今朝見た、まさに朝陽愛用のそれだった。
「ああ、確かこれって…」
未来は朝陽の取った参考書へ目を向ける。
「これなら段階的に難易度を上げれますし、問題量も極端に多い訳ではないので演習を繰り返すにはもってこいの一冊です」
彼女は手に取ったそれを未来に差し出す。
「あとはあなたの向上心次第です、お一ついかがですか?」
未来はまじまじと、差し出された参考書を見つける。あれだけ勉強へのこだわりを見せる彼女が薦めているのだ。これにあやかるのが今の彼にとっても1番の有効打だろう。
「分かった、これにしよう」
「ありがとうございます。それじゃあこちらはレジの方へ持っていきますね」
朝陽は参考書を抱えて未来をレジへ促す。未来は彼女へ続くようにレジへ向かう。朝陽は手際良くカウンターで入力作業を始める。ピッと無機質な音が、昨日のように店内に溶け込むように小さく響いた。
「お会計は1300円です」
未来は少し苦しそうな表情。
「……なんで薄い方が高いんだよ」
「どうしてでしょうね」
未来から1000円札2枚を受け取りながら朝陽は口を開く。
「でも成果はきっと大きくなりますよ。約束します」
彼女は800円のお釣りを渡しながら僅かながらも微笑む。その笑顔は未来の目を確かに引きつけた。
「……そうか、なら期待してる」
お釣りを受け取ってそのまま出ていこうとした未来を、朝陽は呼び止める。
「朝倉さん、忘れ物ですよ」
振り返った未来の目にはこちらに腕を伸ばして参考書を見せる朝陽の姿が映る。
「ああ、悪い」
彼女から購入したものを受け取り、バッグへ仕舞う。
「ご自身でお買い上げになったのですから、ちゃんと大事にしてあげてください」
呆れながらも微笑を浮かべる彼女に未来も少し態度を軟化させる。
「気をつける、3日坊主にならないことも含めて」
「ええ、お願いします」
未来は受け取った参考書の軽さに、物理的な軽さと、それを上回る彼女の努力の重さを勝手ながら感じていた。
「俺も頑張るよ、努力込みの隣の席のやつを見習って」
朝陽はその言葉に頬に少し朱色に染め、軽く頭を下げる。それを横目に未来は書店から立ち去る。入店する前よりは太陽が少し沈んでいる。
彼はバッグのちょっと重さに気持ちを向けていた。
(今日は色々世話になったな、朝倉)
しばらくして空がすっかり暗くなった頃、この日の業務を終えて自宅に着いた朝陽。彼女は自室で制服のスカートのポケットの中を確認する。やはりそこには本来あるはずの500円分の図書カードが見当たらない。
どうやら彼の言葉は本当だったようだ。書店で未来から受け取った可愛らしいイラストの図書カードを胸にそっと抱き寄せる。
(ありがとうございます、芹沢さん)
それは単にこれを渡してくれた感謝だけなのか、それとも自分の内面をまた1人見てくれたような気がしたからなのか、今の彼女には分からない。ただどこか胸の奥で仄かに暖かい感触を覚えたのだ。
そんな彼女にリビングから両親の夕飯の声掛けが。朝陽は自室の勉強机にそれを置いて、パタパタと部屋から出ていく。
4月29日の三日月は、街を優しく照らしている。
この度もご覧いただきありがとうございます! 同日連続投稿、手が震えます……
ぜひご感想やブックマーク等よろしくお願いします!




