落とし物を巡って
芹沢家の未来の部屋。
彼は制服からゆったりとした私服へ袖を通していた。カーテン越しにまばらに透き通る日差しが照らす勉強机には、昨日購入した分厚い参考書。
閉じられたそれを横目に未来は、学校指定のリュックから財布を取り出し、朝陽が落とした図書カードを仕舞う。そして私物のバッグを手に自室のドアを開いて玄関へ。リビングから聞こえてくる、年齢とは似つかわしくない母の明るく、どこか溺愛の圧が帯びた声を無視して外へ出た未来。
昨日まではまだ桜を枝に携えていた木々も多かったというのに、5月になった今は一面が緑で覆われている。散っていた花びらも何処へ、自然の変わり目を強く感じさせる。
キリヤマ書店へ足を運ぶ彼の脳裏には、朝早くから自席でノートを開いていた朝陽の、あまり厚みのない参考書が浮かんでいた。細かいところにまで思考の回る彼女の姿。それは美鈴の言っていた、「努力の天才」という言葉が似合っているような気もしなくもない。
高校生活初っ端の定期考査で、ほとんどの教科が赤点だった未来はあまりそういったことを気にしていなかった。だからこそ、ああいった姿勢は見習うべきなのだろうか。
(とりあえずこれを届けてないとな……)
財布の中に手を伸ばし、図書カードを眺める。昨日自分が書店に忘れ物をしなかったら、こんなことをしないでも良かったのだろう。しかし、それはもう済んでしまった話だ。
歩みを進めるうちにキリヤマ書店の看板が見えてきた。あとは朝陽がいるかどうか。
「いらっしゃいませ」と店員の何人かに声をかけられ、未来はさりげなく会釈を返す。店内に視線を回すと、見覚えのある長い茶髪が。
(いた)
そこには学校の制服ではなく、私服の上からエプロンを、頭には帽子を身につけた我らが優等生、朝倉朝陽の姿が。
朝陽もこちらの存在に気づいたのだろう。一瞬こちらへ視線を向けてはいたものの、すぐに逸らされたしまった。ただでさえ学校でも会話を交わさない間柄だ、仕事場でも極力そういうのを控えたいらしい。
しかし未来も今日はそんな彼女に目的があってここにやってきた。別にいやらしい気持ちがある訳ではない。
「朝倉」
未来の言葉に朝陽は再びこちらに視線を向ける。昨日見せた、普段とは違う儚さを持つ表情にはやはり美しさを感じる。
「なんでしょう、芹沢さん」
こちらの言葉には反応してくれるようで助かる。そう感じた彼は少しホッとすると同時に図書カードを差し出す。
「これ」
彼女もその可愛らしいイラストに見覚えがあったのだろう。冷たい視線を向ける瞳がかすかに揺らいでいた。
「これは……」
動揺でもしたかのように少し固まっている。
「教室で落としてたから拾った」
未来は淡々と事務連絡のように告げるが、朝陽の目には若干疑念の色が。
「あの、本当にこれは私のですか? 他の誰かが落としたり…まさかとは思いますが自分で購入したものを…」
「んな偽善ぶるようなことするか」
朝陽の言葉を遮るように、未来は呆れた様子で口を挟む。
「お前だって今朝は俺にあれを届けてくれただろ。こっちだって趣味で同級生に付き纏ってるわけじゃない」
あくまで借りを返したい。それが未来の本音だ。
「仮にこれがアンタのものじゃないなら明日俺に渡してくれ。学校の落とし物ボックスにでも置いとくから」
彼がぶっきらぼうに口を開くと、朝陽はサッと未来の手からカードを取る。
「別にいいです。もしこれが私のものだったら後日お礼を言わせていただきます。仮に私のものではなかった場合には私の方で然るべき場所に届けます」
朝陽はまだ未来のことは信頼し切った様子ではない。それでも最低限の礼儀、そしてこの落とし物が万一彼の私物になることを警戒する態度を示している。
「そっか、じゃあそれの処分は頼んだ」
未来はあっさりと引き下がり、朝陽と距離を置く。そして昨日と同じように参考書などが並ぶ教材コーナーの前に立つ。朝陽は、あくまで彼がこれを自分に届けに来ただけではないのかと疑問に思ったのか、珍しく自分から声をかける。
「あの、何をされているのですか?」
外の木々に彩りを与える緑葉達が太陽の光を浴びる中、未来は朝陽に視線を向ける。
「何って、買い物しに来たんだよ」
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