蘇るは聖夜の甘い後悔
澄み渡る青い空が下界を見守る中、ソフトボールの攻勢は圧倒的に和樹含む後攻チームが優勢だった。ファーストバッターの和樹が初っ端から放ったホームランボールを皮切りに、未来を含む先攻チームは手も足も出ない。先攻として獲得した点数の差が一気に縮まっていく。
結局、あまりの点差によってすぐに試合は終わってしまった。
「今日は特にひどかったな……」
未来は自前の水筒の縁に口をつけ、ヒンヤリとした冷水を飲む。相手チームが放った打球はほぼ全てがホームランボールへと変わり、守備側の彼らはほぼ動くことなく役目を終えた。
「まあ、ランダムにメンバー組んだっていってもアレはなぁ……」
未来の肩を叩き、爽やかな顔で隣に立つ和樹は汗を滴らせながらペットボトルの蓋を閉めている。
「あの時お前が俺に直球のボールを投げてたらまた変わってたと思うんだが」
「おいおい、俺はちゃんとどストレートに投げたぞ」
先攻側最後の打者となった未来は恨めしそうに視線を送る。とはいえ彼自身、和樹が気を遣って全部ストレートボールを投げていたことぐらい、身をもって分かっている。
未来の運動音痴、そしてそれによるスポーツへの消極的な姿勢が、もはやファウルボールという"物理的"ヒットさえ成せずに三振という結果を生み出した。
「で、結局この後はどうすんかね?」
「さあな」
あまりの両チームの戦力差を前に男子体育担当の先生も試合を一旦終わらせる他なかった。先生は一時的な休憩を終えた後、みんなにやりたい種目を尋ねると言っていた。
「未来は何やりたいんだ?」
「そうだな、強いていえば……」
彼は校舎のもう半分でサッカーをしている女子達へ視線を送る。そこにはボールの奪い合いをする朝陽と美鈴の姿が。1年A組は身体能力という面ではメンバーに恵まれていて、特に女子はそれが顕著だ。そんな中でも朝陽と美鈴は頭一つ抜けていて、ボールを激しく奪い合う様子からもそれが伝わってくる。
「強いていえば?」
和樹が額を腕で拭う。滴る汗は校庭の砂にじんわりと染み込んでいく。
「サッカー……とか?」
未来の呟きに和樹は視線を、試合中の熱気へと送る。その目には1本に結ばれた長髪を靡かせた優等生と激しい攻防を繰り広げる、愛しい彼女の姿が。
「ああ、あり、だなぁ……」
未来に賛同しつつもその声は、心をすっかり美鈴の健闘に奪われていることを示している。一方未来は、隣に立つ和樹の様子を一瞥し、相変わらずの腑抜け顔に呆れる。
「ほんとにお前らってバカップルだよな」
「そりゃ彼女がいると違いますからね〜」
鼻の下を伸ばしたままの和樹だったがその瞳には蓮也への茶化すような光が輝いている。
「まあ、それもお前のおかげだけどな」
「……別に感謝されるような真似はしてない」
「はは! 素直になれよ未来〜」
未来は肩に腕を回す和樹を面倒くさそうに押しのける。しかし彼の頬にはどこか照れ臭そうな朱色の熱が灯っている。
「こんなことになるなら、あんなことしなかったってのに……つってもどの道こうなってたか」
ため息をついた彼の脳裏には、和樹達の背中を押したがために繰り広げられた少し生々しい情景が浮かんでいた。
とあるリビングのソファに腰掛ける2人組の男女。彼らの顔は高揚感を隠せない熱に当てられているようだ。2人の顔が重なり、水音がねっとりと脳内に響く。
あまりに脳裏に深く刻まれた、中学時代の聖夜の情景に未来は顔をしかめる。隣の和樹に目を向ければ、変わらない熱っぽい視線を試合中の美鈴に送っている。彼の拳は心なしか緊張を思わせるように強く握りしめられている。
「ほんと、変に色事に関わるもんじゃないな」
自然と口から溢れた彼の言葉は半分本音。しかしもう半分は友人達にさえ素直になれない彼の確かな満足感が含まれていた。
意味もなく地面を蹴った未来だったが、試合が一区切りついた美鈴と目が合う。彼女は大きく手を振りながら陽気な声色で和樹と未来の名を呼んでいる。
するとその声に触発されたのかポニーテールへと髪を結んでいた朝陽が振り返る。彼女の髪は優しく靡き、頬には試合の熱に染まったように赤く火照っていた。
そのまま未来と目が朝陽はくすりと笑ったように顔を和らげ、小さく会釈をした。未来もその姿に思わず会釈を返す。
未来達男子の休憩時間に終わりを告げるように、男子体育の担当教員が鳴らしたホイッスルの響きが初夏の陽気に溶け込む。まだクリスマスには程遠い5月の青空の下、未来は和樹と一緒に走り出す。最後に未来の瞳に見切れたのは、どこか柔らかい爽やかさを醸し出す隣席の少女の姿。
そして彼らの生活に近づくのは、ちょっとした連休の足音。
謹賀新年、昨年はご愛読頂きありがとうございました!
今年も皆様の心の隅に、素直になりきれない高校生達の青春が寄り添えますように。




