お隣からの小さな抵抗
「よ、よし……! 俺が、先着……!」
「ハァ……ハァ……んなこと、間に合ったんだからどうでもいいだろ……」
遅刻を示すチャイムが鳴る直前、ドタドタと2人組が1年A組の教室に入ってきた。2人揃って呼吸は荒く、髪も2人の寝坊を知らせるように1本1本があらぬ方向に。
「あ! 和樹と未来! 遅いよー!」
「ああ悪りぃ悪りぃ。やっぱ土曜登校は柄じゃないわ」
愛しの彼女を前に、すぐに呼吸を整えた和樹。
「はぁ……はぁ……」
「ほら未来も! おはよ!」
「あ、ああ……おはよ……」
普段運動しないためか、未来の肩は激しく上下に動いている。既に朝陽から離れていた美鈴は和樹の頭を撫でながら未来にとあることを尋ねる。
「ねぇ未来。もう財布は和樹に渡したの? 昨日見つけたって言ってたけど」
「あ、そういえばまだ受け取ってなかったわ。ちゃんと持ってきたか?」
「ちょ……一旦休ませろ……ちゃんと渡すから……」
未来の体は未だに激しく酸素を求めている。何回か深呼吸をして、彼はバッグから黒い革財布を取り出す。
「ふぅ。ほらこれ、お目当てのもの」
「おお、これだよこれ! 見つかってマジで良かったわー。ありがとな未来!」
革財布を握る未来の手を両手で包み込むように掴み、和樹は腕をぶんぶん振る。
教室の窓から入り込む朝の心地良い風が微かに頬を撫でる中、未来はしかめっ面で振り払う。
「痛い痛い。ほら、とっと受け取れ」
「おうよ! いやマジでありがと未来!」
未来がそっけなく差し出した革財布を受け取り、和樹は再度礼を口にした。未来は顔を背け、何か呟いている。
「こっちこそありがとな、大切にしてくれて……」
「え、なんか言った?」
「なんでもない」
どうやら和樹には未来の小さな感謝は届かなかったようだが、朝陽は知っていた。きっと彼の礼は昨日見たプリクラ写真のことだろう。少しだけ正直になれない彼の一面に彼女は微笑みを一瞬見せる。
「朝倉もおはよう」
「おはようございます、芹沢さん」
この数日間、早めの登校で2人きりの時間を過ごしていたため、未来はいつものように挨拶をしたつもりだった。朝陽も軽く会釈をしてそれに応えた。だが今日はいつもと違って和樹や美鈴がいる。
「あれ? 未来が挨拶なんて珍しいね」
「言われてみればそうだな」
「お前らは俺のこと何だと思ってるんだ」
彼は面倒くさいことに巻き込まれたとでも言いたげな表情を浮かべる。
「いやだって、未来って基本自分から挨拶しないじゃん」
「いいだろ、隣の席なんだから」
美鈴に言い返す未来の肩に、和樹はポンと肩を置く。
「なあ未来。中学の頃から俺達はずっと『せめて隣の人には挨拶しろ』って言ってきて、お前がそれをやったことがあるか?」
「……どうだかな」
無愛想な表情の未来を見て2人はクスクスと笑う。
「まあ別に責めてる訳じゃないんだからさ。寧ろ一歩進んでる訳じゃん」
「そうだそうだ。未来も朝倉さん相手だったら素直になれるんだな」
「ふざけんな」
美鈴と和樹は一通り未来を揶揄い終わった後で、財布の話に戻る。
「てか本当に探しに行ってくれるなんて、お前ってよく分かんないやつだよな」
「まあ暇だったし」
未来は普段の淡々とした様子で答える。
教室内の喧騒が至るところから大きくなる中、美鈴はスマホの画面に映る3人のグループチャットを見ている。
「キリヤマ書店で結局見つかったんだね」
「ああ、親切で少しガサツな店員さんのおかげでな」
未来はそう答える中で、目の前の2人に見られないようにしながら隣の席の朝陽へ視線を送る。
「ッ……!」
視線を送られた朝陽は目を一瞬見開かせ、すぐに視線を逸らした。その頬には僅かに朱色の熱が灯っている。
窓から差さる朝の光が彼女を照らし、滑らかに髪が風で揺らいでいる。
「正直書店の方でそれが見つかんなかったら流石に諦めてたと思うけど」
未来は視線を目の前の席の2人の方に戻す。美鈴のスマホを一緒に覗いていた和樹も視線を感じて顔を上げる。
「まあ、それはな。流石に道端で見つかるとは思わないし……それでも結局見つかったんだから、本当にありがとな!」
「もういいって……うるさいな」
何度も礼を言われて未来は視線を朝陽とは反対側に逸らす。彼の顔にも僅かに熱が灯っている。
「あはは! 未来ってば照れてんじゃん!」
「うっさい。前向け」
その言葉を聞いた和樹と美鈴は、ニヤニヤしながらも前へ向き直りる。未来もようやく顔を正面に向ける。その時、彼の左脚にドンッと何か衝撃が加わる。
「ん?」
誰かが自分の脚を蹴ったのは分かるし、それが誰なのかも分かった。彼が左へ顔を向けると、まだ頬を朱色に染めながらこちらを睨みつけている朝陽の姿が。
「ガサツってこと、言わないでくださいって伝えましたよね?」
右脚を浮かせて遊ばせる彼女の子供らしい一面に未来は表情を僅かにだが微笑みを隠せなかった。
「言ってないだろ。あくまで店員さんの話だ」
「……それはそうですが」
彼女は不満げながらもプイッと前を向いた。しかしその横目は確かに隣の未来を捉えている。
未来はそれに構うことなく視線を再び前へ戻した。担任の先生が教室に入ってきて軽く挨拶をしながら今日の予定を淡々と伝えている。それを聴きながらも未来の意識は隣の朝陽へと向いていた。
(子供っぽいんだな。まあ、可愛いもんだが)
彼の心には心地よい温もりが充満していた。朝の陽気と一緒に。
この度もご覧いただきありがとうございます!
是非ブックマークに高評価や感想など、ドシドシお願いします!




