昼休みの梅干しと友人の頼み
それから数時間後、真昼の光に照らされる治森高校の校舎には、昼休みを迎えた若い喧騒が充満していた。それは1年A組も当然例外ではない。
未来、和樹、美鈴の3人は机を動かして向かい合う。3人の体からは空腹を告げる軽やかなメロディが奏でられていた。それぞれお弁当箱の包み結びを手早く解く。
「残念だったな和樹。財布落とすなんて」
未来は和樹の弁当箱に目を向けながら淡々と口を開いた。
「いやホントによ。どこで落としたんだろ、ガチで検討つかん……」
視線を下に落とす和樹の姿には、普段の陽気な一面の欠片も見受けられない。彼らしくないと言えばまさにその通りだ。美鈴は心配そうに和樹を見つめながら声をかける。
「大丈夫……なんて訊いて大丈夫って返ってくる訳ないよね。ほら元気出して、ご飯食べよ?」
「出してって言われて簡単に出るもんじゃないだけどな……」
和樹は自嘲するように口角を僅かに上げたものの、空元気にさえなっていない。しかしまずは何か食べなければ何も始まらない。
未来も和樹の肩を軽く叩いて促す。
「とりあえず食わないと。朝からずっとそんな感じなんだから、一旦切り替えた方がいい」
「そうだな……まずは食うか……」
和樹はお弁当に視線を向けつつ、未来の言葉に小さく頷く。ようやくお弁当を食す雰囲気になったところで、3人は手を合わせて口を揃える。
「いただきます!」
「いただきます」
「いただきます……」
張りがある美鈴、抑揚のない未来、普段とは違って沈むばかりの和樹。三者三様の声が教室の一角から響く。パカって軽やかな音が響き、お弁当箱の中身を覗く3人。
美鈴の弁当箱にはいくつかの卵サンドが。
「やったー! 今日も美味しそう! ありがとうママ!」
早朝に用意してくれた母親への感謝を生き生きと口にする美鈴。普段と変わらない純粋な様子だ。
その隣に座る和樹の弁当箱には山盛りの唐揚げとチャーハンが。
「……今日もありがとう母さん」
いつもよりも暗い顔に、少しばかりの光が灯る。彼も弁当を用意してくれた母親への感謝を静かに口にする。
そして未来の弁当箱にはおにぎりが数個入っている。
「今日もありがとう」
いつからか明るい2人に感化されて親への感謝を口にするようになった未来は今日も素直に、お節介な母親への感謝を小さく呟く。
3人はそれぞれ感謝を込めてお弁当と向き合い、それぞれの作り手の心の籠った手料理を堪能する。
「うーん美味しい! やっぱママの料理は最高!」
美鈴の歓喜に続くように、和樹も目に光を宿して満足そうに小さく頷く。
「うん、やっぱ今日も美味いな」
一方未来は感想を口にすることはないものの、手に握るおにぎりの美味には満足げに、微かにだが頬を緩ませていた。食べ進める中で未来の口の中には、酸っぱさを感じさせる一際柔らかい食感が含まれる。
(これは……梅干し?)
彼の家では現在梅干しは切らしていたはず。だが彼の脳裏には瓶に詰められた赤い果実が蘇る。
(もしかしてこれって朝倉からの……)
昨夜はジュースと一緒にイカの干物を食べた未来だったが、梅干しはとりあえずリビングのテーブルに置いていた。どういただくかは考えていなかった彼をよそに、未来の母親こと彩乃はおにぎりにこれを詰めたのだろう。
予想外のおにぎりに未来は反射的に振り返った。彼の視線の先には、クラスメイト達に囲まれて微笑を浮かべる朝陽がいた。しかしその微笑は美鈴達3人の前で浮かべた本物とは思えない、あくまで差し障りのない上っ面のようなものに見えてならない。
(気にすることじゃないか……)
昨日の贈り主に視線を何気なく送っていた未来に美鈴が肩をポンポンっと叩く。
「みーらいさーん、どうかしたのー?」
美鈴の言葉にハッと我に返る。2人に静かに向き直った未来に、美鈴がニヤニヤとした表情を見せる。
「随分お熱い視線を送ってたみたいだけど。もしかして未来、朝倉さんに夢中になってるとか?」
そんな美鈴の言葉に、日頃の明るさが戻りつつあった和樹も顔をニヤけさせる。
「おいおいマジかよ未来? 案外お前も青春してんじゃん」
「うっさい。とっとと食い終われ」
自身もまだ食べ終わっていない未来はそっけなく言い返す。そして話題を変えるべく和樹へと視線を送る。
「ところで和樹、ちょっといいか」
「おうおう、話題を今すぐにも変えたがってる未来さんの必死さに免じて乗ってやろうじゃないか」
「……今思えば昨日の変なメッセージも空元気全開だったんだな」
「うるせぇ。そんなこと今はどうでもいいだろ」
少しばかりため息をついた未来だったが、本題を切り出す。
「お前財布無くしたって言ってたけど心当たりはないのか?」
「あー、うーん。心当たりって言ってもなぁ……」
未来の問いかけに和樹は頭を悩ませてる様子。
「ほら、色々あるだろ。どこそこで会計したとか」
「うーん……あ! 昨日本屋で漫画買ったわ! で、帰ってきたら財布無かった!」
「……十中八九それじゃねぇか」
こんな単純に答えが出ることがあるだろうか。未来は、そんな和樹の抜けっぷりにもう一度ため息をつく。
「バカでも考えればすぐに分かることだろ、それぐらい」
「あー確かにな! 赤点生成機の未来でも分かることだもんな!」
「おいそれ今関係ないだろ」
未来と和樹が言い合う中、1番乗りで食事を終わらせた美鈴はチョンと和樹の制服の袖を引っ張る。
「じゃあさ、どこの本屋さんに寄ったの?」
「えっとな、キリヤマ書店だったはずだけど……」
それぞれ家が近い3人にとっては馴染みの場所だ。特に未来にとっては最近色々あったため、ここ数日の記憶がサッと流れる。
「じゃあそこら辺から和樹の家までの道の間で探せばいいのか」
「おっ、未来が探してくれるのか!」
「いやまあ、一応俺は暇ではあるけどお前だって……」
「なら助かる!」
和樹は未来の手を両手でガッチリ握って腕をブンブン縦に振る。
「今日ちょっと家の手伝いやれって言われてて時間かかりそうだからさ」
「は? ちょお前、まさか俺に……」
未来は困惑しながらもその手を振り解こうとするが、和樹の力はかなり強い。
「頼む未来! お前にしか頼れないんだ!」
「いや、でも美鈴は……」
未来が美鈴へ視線を向けると、彼女も困ったように手を摩る。
「ごめん未来! 私も今日は家の手伝いがあって……」
未来は呆れたように目の前の2人を見比べる。
「家の手伝い家の手伝い、お前ら別に部活休む言い訳じゃないんだから……」
「頼むよ未来! 今日だけ、な?」
「いやまた財布落とすつもりかよ」
「私からもお願い未来!」
2人の懇願に未来はなんとか和樹の両手を振り解き、頭を掻きながら半ばヤケクソ気味に天井を向く。
「たくしょうがないな……ホントに今日だけだぞ」
「ありがと未来! よかったね和樹!」
「いやマジでありがとう! 今度3人でまたどっか行こうぜ!」
「そこは『なんか奢る』ぐらいのことは言え」
喜ぶ2人を前に未来はおにぎりを再び口にする。梅干しの酸っぱさに今は気を紛らわせるしかない。
一方クラスメイト達の喧騒に囲まれていた朝陽は、静かに3人のやり取りを眺めていた。
校舎の喧騒に終止符を打つように、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響いた。
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