礼と人を見る目
それから数分後、透き通る水を包むペットボトルを手に戻ってきた朝陽。未来は椅子に座って外の景色を眺めていたが、朝陽の足音が耳に入ると視線を教室のドアに向けた。
朝陽はそんな彼の目の前をそそくさと早足で通り過ぎ、彼の隣に座る。彼女は既に落ち着きを取り戻しており、顔を朱色に染めていた熱もだいぶ引いたようだ。
蓮也は朝陽が腰を下ろしたのを横目に、参考書を開いていたが不意に口を開く。
「なんか悪かったな……あと昨日はプレゼントありがとう」
色奈も同じく参考書を開きながら机に向き合おうとしていたが顔を上げる。
「いえ、それより昨日の差し入れはいかがでしたか?」
「あ、うーん、そうだな……」
未来は一瞬回答に詰まる。
「その、だな……なんというか、個性的というか変わってるというか……」
「変わってる、ですか?」
「ああ、まさかイカの干物と梅干しが袋から出てくるとは思ってなかったから」
少し困惑の色を隠せない未来の様子に朝陽は不思議そうに見つめる。
「私は好きですけどね。イカの干物と梅干し」
「そうか……ほら、まだ俺達って高校生だろ? イカの干物は酒の代わりにオレンジジュースと合わせて頂いたんだが、まあ、その、な?」
未来の察してくれと言わんばかりの視線に対して朝陽はじっと未来の顔を見つめる。
「ジュースと一緒に食べるという発想は私には無かったのですが」
「え、じゃあお前は何をお供に?」
朝陽はいまだに不思議そうだ。
「何って、単体で食べるのが1番かと」
未来はもはや驚くことさえ忘れた様子で、まだ誰もいない廊下へと視線を変える。
「やっぱりお前変わってるよ」
「そうですか。ではそのお言葉は好意的に受け取ってもよろしいでしょうか?」
未来は朝陽を横目に答える。
「好きにしろ」
「ふふ。ありがとうございます」
朝陽は少し微笑みながら、言葉を続ける。
「変わっているといえば、溝呂木さんもですよね」
「美鈴が?」
未来は朝陽の言葉に振り返る。彼は朝陽の口から美鈴の名前が出るとは思っていなかった。
「溝呂木さんはほとんど口を聞かなかった私のことを、『努力の天才』と称してくれました」
朝陽は顔を天井に向けつつ続ける。
「あそこまで他人に構うものでしょうか? 少なくとも私はあの人からの挨拶に淡々と答えるとばかりだった。なのに溝呂木さんはそんな私のただ勉強する姿を見て、大袈裟にもそう捉えてくれたのです」
未来は黙って朝陽の言葉を聞いていた。中学の頃からの付き合いである美鈴は、かなりの感受性の豊かさの持ち主。些細なことですぐに感動を覚え、時にそれは彼氏である和樹でさえ追いつけない程だ。
「まあ美鈴はそういうやつだよ。馬鹿正直、けど人をちゃんと見てる。あいつの目にはお前のやってることが立派に見えただけなんだろ」
未来はぶっきらぼうながらも友人のそんな気質を口にする。普段は鬱陶しがる未来も、彼女の正直な一面は高く買っているつもりだ。
「そうですね、芹沢さんの言葉を借りるなら確かに馬鹿正直です」
「けど」と一度区切った朝陽は、
「ああいう素直さは人を喜ばすものだと私は思いますよ」
それは先日の美鈴とのやり取りによるものだろう。周りが朝陽の努力にまで目を向けずに上っ面を見ていることに不満を素直に溢し、彼女なりの言葉で朝陽を努力家と見なす姿。
そんな美鈴の前向きな姿勢によって、未来達の前で朝陽は初めて微笑を浮かべたのだ。
そんな美鈴との何気ない交流が朝陽の心を、温かい何かに浸らせているのかもしれない。
「ならそんな馬鹿正直さをありがたく受け取っておけ、というか慣らしておけ」
「慣らしておけと言うと?」
朝陽は未来への方へと顔を向ける。一方の未来は先程の朝陽同様、軽く顔を上げながら教室の天井を眺めていた。
「これからどんどん朝陽はお前の懐に入っていくと思うぞ。あいつは脳と口が直結してるようなもんだから、思ったことはバンバン言うからな」
朝陽は目をぱちくりとさせた後、静かに微笑む。
「詳しいんですね、溝呂木さんのこと」
彼を見つめる朝陽へと未来も顔を向ける。
「別に詳しいつもりはない。けど……」
未来はそこで一旦言葉を区切る。窓の隙間から流れる涼しい風がそっと彼の頬を撫でる。それに心地良さを覚えながら紡ぎ直す。
「嫌ってぐらいにはあいつの良さは知ってると思う」
「勝手ながらな」と笑う未来。廊下から賑やかな喧騒が聞こえてくる。教室の穏やかな雰囲気を塗り替えるような明るさがやってくるのは、もうすぐだ。
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