離岸流に誘う亡霊
あれから6年が過ぎた今年の夏。
僕達の起こした事故は、後の教訓にはなって無かったのでした。
あれから6年も経った今になって『息子は水死した幽霊に誘われて死んだ』と聞いたなら、太田君のご両親は何と思うでしょうか?
僕と角村君が、太田君のご両親に、人でなし呼ばわりされる以外に、どんな意味があり得たでしょうか?
それで、誰が救われると言うのでしょうか?
8月のある日。
携帯電話のニュース・サイトに流れて来た記事を読んだ僕は、そんな疑問を自分に投げ掛けてました。
あの河口近くの遊泳禁止の海で、高校3年生の男子4人が、離岸流にのって沖に出されて、その内の1人が溺死したのです。
高校の名称は伏せられてました。
僕達が起こした事故は、後の教訓になって無かったのです。
ニュースの画面を開いたままにした携帯電話を握った僕は、6年前の自分達の姿を思い返していました・・・。
あの時の友人である、角村君、西崎君、新谷君とは、中学を卒業して以来、連絡を取り合う事も無くなってました。
それは普通の事なのかも知れませんが、少なくとも僕達には『太田君を死なせてしまったという罪による後ろめたさがあった』のが、互いに疎遠になった理由かと思います。
しかし、そんな時に突然。
角村君からメールが来たのです。
タイミングから、僕はメールを開く前から嫌な予感がしました。
それでも、そのまま無視する事はできません。
僕は角村君からのメールを開こうとしましたが・・・。
件名を見て、指が止まりました。
そこには[ 太田君の件 ]と、書かれてたからです。
出来れば開きたく無いと思いましたが、件名を見てしまっては、なおさら開かない訳にはいかないと思いました。
[件名:太田君の事で]
[間沢君。お久しぶりです。
角村です。あれから元気にしてただろうか?
俺は毎日、あの日の事を思い出すよ。
実は、時々だが夢にも見てる。
流されてる行く太田と、この世の者で無いアイツが、夢に出る。
その度に、お前は大丈夫だろうかと、心配してたんだ。
6年前、俺らが太田君を死なせてしまった河口近くの海で今日、高校生が流されて死んでしまったのは知ってるだろうか?
彼らと俺とは直接の面識が無いんだけど。
大学で同じクラブに居る後輩に、そこの高校の卒業生が居て。
それで、そいつは今でもそこの高校の連中と連絡を取り合ったりして、たまには遊んでやったりしてるそうなんだが。
その中に今回の事故にあった連中と仲良くして生徒が居て。
それで俺は、その大学の後輩から、嫌な話を聞いたんだ。
それは、助かった連中の全員が、沖に流される自分達を助けるようにして、幽霊が現れたと言ってるそうで・・。
それは集団催眠だろうって話になってるんだが。
その見たと言ってる幽霊の姿が、20代ぐらいの男と。
もう1人は中学生ぐらいの男子だったと言ってるらしいんだ。
そして20代ぐらいの男は、途中で腐乱死体にしか見えない姿になったと言ってて。
もう1人の中学生ぐらいの男子は、まるで生きてるとしか思えない姿で、自分達を離岸流の中へと誘って・・・そして、途中から消えるようにして居なくなったと・・・。
間沢。
太田はまだ。あの腐乱死体の男と一緒に、あそこでさ迷ってて。そして、俺達が助けに来るのを待ってるのかも知れないな・・・。]
角村君のメールを読み終えた僕は、何と返信したら良いのか分からず、そのまま携帯電話の画面を閉じました・・・。
僕は、背筋が寒くなるのと同時に、胸が苦しくなりました・・・。
それは角村君がメールに書くとおり、僕も『太田君は今でも成仏してないのでは?』と、思ったからです。
しかし、それなら。
あれから太田君は6年もの間、あそこで僕達の助けを待って居るというのでしょうか?
太田君は、肉体を無くし霊となった今でも・・・太田君と僕を離岸流の沖へと誘い、彼を溺れさせた腐乱死体の亡霊と共に、僕達を待って居るのかも知れません・・・。
『間沢。 太田はまだ。あの腐乱死体の男と一緒に、あそこでさ迷ってて。そして、俺達が助けに来るのを待ってるのかも知れないな・・・。』
お わ り
この物語はフィクションですが、実際の海難事故から着想を得て書かれてます。
この物語を通じて、海での事故が一つでも未然に防がれたなら幸いです。
海難事故で無くなった人達のご冥福をお祈り致します。