ウェザブール王都
朝か。
カーテンの隙間から差し込む光が、昨夜とは違う清々しい空気を感じさせる。
初めてローズさんと一夜を過ごした。同じベッドで眠る、ただそれだけなのに心臓はまだ高鳴っている。ドキドキしてあまり眠れなかった……。
普通なら、手を出すんだろうな。世間一般の男なら、きっとそうする。
でも、できなかった。
その代わり、ローズさんは僕にキスをしてくれたな。嬉しかった。その優しい感触が、まだ唇に残っているようだ。
「おはようローズさん」
僕の声に、ローズさんはゆっくりと目を開けた。
「おはよう、すっごく良いベッドだね。熟睡したよ」
彼女の笑顔は、まるで朝日に照らされた花のように輝いている。
「朝ごはんを食べに行こうか!」
僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「うん!」
目の前でローズさんが着替えてる。背を向けているとはいえ、そのしなやかな背中が僕の視界に映る。王都の貴族は混浴が基本だ。女性の裸は見慣れてはいるけど、愛する人のは違うな……。胸の奥が、温かいもので満たされる。
「えっ……すっごい豪華な朝ごはんだね……」
食堂に入ると、ローズさんは目を輝かせた。並べられた料理の数々に、彼女は目を奪われている。
「あぁ、美味しいよ、ここのご飯は。好きなものを取って食べればいい」
僕は、彼女に笑顔で勧めた。
うん、美味しそうに食べるなぁ、ローズさんは。一つ一つの料理を、まるで宝物のように大切に口に運ぶ。その笑顔で頬張る横顔を楽しみながら、僕も朝食を楽しんだ。彼女の隣にいるだけで、日常がこんなにも輝くなんて。
「ふぅ、美味しかった!」
彼女が満足そうに息を吐く。
「なら良かった。少ししたら出発するみたいだ、紅茶でも飲みながら待とうか」
二人でティーカップの香りを楽しんでいると、金属鎧を身に纏った男が近づいてきた。彼の足音は、まるで大地を踏みしめるかのように力強い。
「おはよう。彼女が奥様になる女性だね」
金属鎧の男、オリバーは、いつものように控えめだが、どこか嬉しそうな表情で僕たちに挨拶をした。
「あぁ、おはよう! ローズさん、紹介するよ。オリバーだ」
「初めましてローズさん、オリバーです。今日から王都までご一緒させて頂きます。よろしくお願いしますね」
オリバーは、騎士らしく背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げた。
「あぁ、初めまして、ローズです。よろしくお願いします、オリバーさん」
ローズさんも、少し緊張しながらも、しっかりとお辞儀を返した。
オリバーは仕事仲間であり、学生時代からの親友だ。僕が一番信頼する男だ。彼がいてくれるなら、道中の不安は一つもない。
さて、出発だ。およそ四日の道のり。ローズさんの初めての旅が、どうか楽しいものになりますように。
「馬車なんて初めて。少し揺れるけど快適なのね」
馬車が揺れるたびに、ローズさんが小さく身を震わせる。その表情は、好奇心に満ちていた。
「あぁ、普通に歩いたら十日以上はかかるだろうからね。馬車の旅は快適だよ」
街道沿いでも魔物はいるけど、僕たちの相手にはならない。オリバーは特に強い、王都でも指折りの騎士だ。彼がいれば、どんな魔物も恐れるに足りない。
何の問題もなく、予定通り四日後の昼過ぎに王都に到着した。窓の外には、久しぶりに見る巨大な都市が広がっていた。
高い城壁に囲まれた王の住む都市。
門扉を守る門衛に促され、馬車は王都に入った。城門をくぐると、一気に街の喧騒が押し寄せてくる。
「凄いね……レトルコメルスとはまた違う大都市だ……」
ローズさんは、窓の外に広がる光景に目を奪われている。その驚きと感動の表情に、僕は笑みをこぼした。
「そうだね、王都は広いしね。この門は南門だよ。東西南北に門があって、それぞれの門から、中心の城に向かって大通りが伸びているんだ。城に向かうほど栄えているよ」
大通りを真っ直ぐ北に向かい、城を目指す。馬車の窓からは、活気あふれる人々の営みや、様々な商店の賑わいが見て取れる。
「お城が二つある。大っきいね……」
ローズさんが、指差す先に、二つの巨大な城が見える。
「うん、右側の城だよ。僕の曾祖母様が女王だ」
僕は、誇らしげにそう答えた。
帰ってきたな……。この街で、僕の新しい人生が始まる。両親に合わせる前に、まずは曾祖母様のとこに行くか。彼女なら、きっとローズさんを受け入れてくれるだろう。
城の一室で、曾祖母様が僕たちを温かく迎えてくれた。彼女の顔は、相変わらず自分の曾祖母とは思えない程に若々しく、その瞳には女王としての威厳と、僕への深い愛情が宿っている。
「曾祖母様、ただいま帰りました」
僕は、深々と頭を下げた。
「マクシム! おかえり! 久しぶりだね」
曾祖母様は、優しく微笑み、僕を抱きしめてくれた。
「えぇ、レトルコメルスへの公務で長く離れていました。向こうで運命の出会いをしました。こちらのローズと結婚を約束し、連れ戻りました」
僕は、ローズさんを曾祖母様に紹介した。ローズさんは、少し緊張した面持ちで、しかし堂々と頭を下げた。
「初めまして、ローズと申します。教養はありませんが、一生懸命彼を支えて行きたいと思っています」
ローズさんの言葉に、曾祖母様は優しく頷いた。
「いい人が見つかったんだね! おめでとう、二人共。でも、マチルダには会ったの?」
曾祖母様の言葉に、僕は少し顔をしかめた。
「いえ、父さんはまだしも、母さんは絶対に許してくれない」
母は、僕の結婚相手には、家柄や教養を何よりも求める。娼婦だったローズさんを、彼女が受け入れるはずがない。
「ウチからも言うょ、心配ないょ」
曾祖母様は、僕の肩を叩き、力強くそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
母さんとはまだ会いたくない。曾祖母様はいつも僕の味方をしてくれる。母さんはそれに従わざるを得ないだろう。曾祖母様の言葉があれば、母も無理強いはしないはずだ。
「ローズさん、今日は外に泊まろうか。城に入る前に、王都の夜を過ごしてみたくないかい?」
僕は、ローズさんに提案した。彼女の新しい人生の始まりを、この煌びやかな王都で祝いたかった。
「うん、すっごく興味ある」
彼女の目が、好奇心で輝いた。
「じゃあ、ホテルにチェックインして、ディナーにいこうか。コース料理は食べた事あるかな?」
「コース料理……?」
ローズさんは、首を傾げる。その表情は、どこかあどけない。
「うん、前菜からデザートまで、一品づつ運ばれてくるコース料理だ」
「いや……食べたこと無いかもね。分からない」
「城の料理のほとんどはそういう風に出てくるんだ。少し練習しとこうか! 少し堅苦しいけど、ワインにはすごく合うんだ。今から行かないか?」
「うん、経験しとかないと不安だな……」
彼女の言葉に、僕は少し安堵した。これで、王都での生活に少しでも慣れてくれたら。
ホテルにチェックインする。
豪華な内装に、ローズさんは目を丸くしている。シャワーを浴びて、ディナーの準備をしよう。二人で、王都の夜を楽しむんだ。