ペンダント
「失礼します」
マクシムさんが、一歩前に出て礼をする。
「……誰だ?」
元締めは、私たちを訝しげに見た。
「僕はマクシムと言います。ローズさんを買いに来ました」
マクシムさんの言葉に、元締めはポカンとした顔をした。
「え……? あぁ、金さえ払ってくれたら好きにして貰えばいいが……」
元締めは、私が客と一晩を過ごすために連れてきたと勘違いしているようだ。全然話が噛み合ってない……。
「そうじゃない、ローズさんの生涯を買いに来ました。いくらか提示をお願いします」
マクシムさんの言葉に、元締めは目を見開いた。
「は……? おい、ローズ、何だこいつは」
元締めは、私に助けを求めるように視線を向けた。
「私と結婚したいらしいの。私を買いたいってそういうこと。私も彼に負けて連れてきた」
私は、半ば呆れながらも、簡潔に説明した。
「お前は見たところ、貴族だな? ローズを妻に娶りたいから金を払うということか?」
元締めは、ようやく状況を理解したようだ。
「ええ、そうでもしないと貴方は彼女を解放しないでしょう。本当は彼女のような素敵な女性を、金で買うような行為をしたくはない。しかし、彼女は娼婦だ。ならば僕は彼女の生涯を買う」
マクシムさんの言葉には、彼の誠実さと、私への真剣な想いが込められていた。金で買われることに抵抗がないわけではない。それでも、彼の言葉に、私の心は温かくなった。
「それで、金額を提示しろと……?」
元締めは、やれやれといった風にため息をついた。
「はい」
「腕力で殴り込んで来るやつは多いが、こんな奴は初めてだな……」
元締めが押されてる……?彼の顔に、困惑の色が浮かんでいるのが見て取れた。
「腕力で解決できるのなら簡単です。でも、それじゃ彼女は僕を愛してくれない」
マクシムさんの言葉は、元締めの核心を突いていた。
「調子の狂う奴だな……分かったよ。ローズはうちでは売れっ子だ、こいつがいなくなったらうちの売上が落ちるのは分かるな?」
元締めは、観念したようにそう言った。
「もちろん、だから交渉しに来たんです」
マクシムさんは、一切怯むことなく答える。
「1000万ブールだな。それ以下じゃ無理だ」
元締めが提示した金額に、私は息をのんだ。この国の一般労働者の年収が5万ブール。1000万は……途方もない金額だ。まさか、そんな大金を払うつもりはないだろう。
「分かりました、払いましょう」
マクシムさんの言葉に、私は思わず彼の顔を見た。
「え!? 払うの!?」
私の声が、部屋に響き渡る。
「当たり前だ、その為に来たんだ」
彼の目は、揺るぎない。その言葉には一切の迷いがない。
「おい、ローズ……こんなバカについて行って大丈夫か……?」
元締めが、心底呆れたように私に尋ねる。
「すごく真っ直ぐなのこの人……」
私は、苦笑しながら答えた。
「それは分かるが……こいつ苦手だな……」
元締めは、疲れたように首を振る。
「では、明日持ってきます。ローズさん、荷物の準備をしておいてね」
マクシムさんは、そう言って笑顔で私を見る。
「うん、分かったよ」
私は、彼の言葉に夢見心地で頷いた。彼を連れて外に出ると、夜空の星が、いつもより輝いて見えた。
娼館の冷たい空気が、外の柔らかな夜風に変わる。私の隣を歩くマクシムさんの腕に、そっと触れる。
「マクシムさん……私の為に1000万も払うって、正気なの?」
私は、まだ信じられない気持ちで彼に尋ねた。
「1000万ブールを稼ぐことはできる。でも今、ローズさんを諦めると僕は一生後悔する。ならば1000万なんて安いもんだ」
彼の言葉は、真っ直ぐに私の心に響いた。彼にとって、金は私との未来を掴むための手段でしかないのだ。
「あと、君にこれを受け取って貰いたい」
そう言って彼は、ポケットから何かを取り出した。それは、きらめく銀色のペンダントだった。
「これは、うちに男児が生まれた時に二つ渡されるペンダントだ。一生の伴侶が見つかった時に、これを渡してプロポーズするしきたりだ」
綺麗なペンダントだ。細工が施された中央には、小さな紋章が刻まれている。王家の紋章だろうか。
「ローズさん、僕と結婚して欲しい」
そう言って彼は、ペンダントを差し出した。その瞳は、真剣そのものだった。
「分かりました。よろしくお願いします」
私の口から、自然と承諾の言葉がこぼれ落ちた。彼の純粋な想いに、私の心が完全に溶かされた瞬間だった。
「やったぁー!!」
マクシムさんは弾けるような笑顔で、両手拳を突き上げて喜んだ。その姿は、まるで子供のようだった。
「ホント、謙虚なのか強引なのかサッパリ分からない人……」
私は、そんな彼の姿を見て、思わず笑みがこぼれた。
私はマクシムさんのプロポーズを受けた。娼婦として生きてきた私に、こんな未来が訪れるなんて、夢にも思わなかった。彼の隣で、私は新しい人生を歩み始める。彼の温かい手が、私の冷たかった過去を、そっと包み込んでくれるような気がした。