一直線な男
「ちょっと! マクシムさん! どこ行くの!?」
私の腕を引く彼に、焦って尋ねた。彼の急な行動に、心臓が跳ねる。
「ローズさんの娼館だよ!」
マクシムさんは当然のようにそう答えた。
「場所、知ってるの!?」
まさか、もう調べていたのか? そう思ったけど、マクシムさんはぴたりと立ち止まった。そして、きょとんとした顔で私を見る。
「あ、知らないね」
「はぁ……?」
この人、本当に何なんだろう? 思わず笑いがこみ上げてくる。私の警戒心は、あっという間に霧散した。
「アッハッハ! あぁ、可笑し……」
私の笑い声を聞きながら、マクシムさんは真剣な表情へと変わった。
「……ローズさん、僕はここに長期公務で来てるんだ。でも、そろそろ帰らなきゃならない」
彼の言葉に、胸の奥がチクリと痛む。別れの時が来るのか、と。
「そうなんだ……」
私の声は、ひどく寂しげだった。
「言わなくても分かってるだろうけど、僕はローズさんを愛している。僕はこんな性格だから呆れてるかもしれない。でも僕はこうなったら一直線だ、諦めない」
本当に、バカみたいに真っ直ぐな人。その真っ直ぐさが、私の凍てついた心を少しずつ溶かしていく。
「マクシムさん、さっきも言ったけど……私は娼館に縛られてる。この街を出ることはできない」
私の言葉は、彼に届いているのだろうか。
「僕の気持ちは伝わってるかい?」
彼の瞳は、私の目を見つめる。その瞳に、偽りのない真剣な光が宿っているのを感じた。
「うん、分かってるよ。私もマクシムさんに惹かれてる……今、すごく嬉しいの……でも」
私の言葉を遮るように、彼は続ける。
「ならそれでいい、僕と結婚してくれ」
「話、聞いてたの……?」
私の状況など、まるで耳に入っていないかのようだ。
「だから君の娼館に今から行くんだ」
「行ってどうするの?」
「娼館なんだろ? なら君の一生を買う」
「はぁ!? 本気で言ってるの……?」
「あぁ、冗談で言うことじゃない」
彼の目には、いつもの穏やかな笑顔とは違う、強い決意が宿っていた。今までの目じゃない……本気だ……。
「僕の素性を伝えておかないとね……僕は王家の血筋だ。ウェザブール王の曾孫だ」
彼の言葉に、私は息をのんだ。
「え!? 田舎貴族って……」
「これを言うと皆が引くんだ。僕はそんな高尚な人間じゃない」
彼が言う「田舎貴族」が、まさか王族だったとは。私の頭の中は、パニック状態だった。
「だとしたら……こんな汚い仕事してる私なんて……」
私は、自分の現状と彼の高貴な身分との隔たりに、絶望的な気持ちになった。
「さっきも言ったけど、仕事に綺麗も汚いもない。役人でも汚いやつは汚い。仕事じゃない、それは人の問題だ」
彼の言葉は、私の心を深く打った。彼の瞳は揺るぎなく、私を真っ直ぐに見つめている。分かる……この人は本気で言ってる。この人は、私の仕事ではなく、私自身を見ているのだと。でも……。
「ローズさん、僕を君の娼館に連れて行ってくれ。君の一生を買いたい」
彼の言葉には、揺るぎない覚悟が込められていた。
「分かったよ……あなたは絶対に引かない」
私の諦めにも似た言葉に、彼は満面の笑みを浮かべる。
「うん、良く分かってるね」
この笑顔だ……この笑顔が、私の心を惑わし、そして惹きつけてやまない。
本当にマクシムさんを娼館に連れてきてしまった。娼館の前に立つと、門衛の男が訝しげな顔で私たちを見る。
「おうローズ、お客さんか」
門衛の声は、どこか下卑た響きを含んでいる。
「元締めさんはおられますか?」
マクシムさんが、門衛を見据えて静かに尋ねる。
「あぁ、いるが。どうした?」
門衛は、明らかに怪訝な顔をした。
「僕を元締めさんに合わせてください」
「は? お前は客だろ? 何の用だ?」
門衛の態度は、ますます横柄になる。
「貴方は客をそんなに粗末に扱うのですか?」
マクシムさんの声には、静かな怒りが宿っていた。その声に、門衛は一瞬たじろいだ。
「いや……目的がだな……」
「あなたの言う通り私は客です、要求には応えるべきだ。元締めさんに合わせてください」
マクシムさんの言葉は、理路整然としていて、門衛を言葉で圧倒する。うん、門衛がこの人に口で勝てるわけがない。彼の背筋が伸びた姿は、貴族の風格をまざまざと見せつけていた。
「分かったよ……ローズ、連れて行け。苦手だこういう奴……」
門衛は、心底うんざりしたような顔で、私たちを元締めの部屋へと通した。
コンコン。
私がノックすると、中から低い声が響く。
「入れ」
扉を開けて中に入ると、元締めがふてぶてしい態度で椅子に座っていた。