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庶民の味

 

 私がよく来る大衆酒場は、いつも賑やかで自然と気が晴れる場所だ。酒と人の熱気、そして煙草の匂いが充満している。

 

「貴族の方はこういうとこは来ないよね?」

「そうだね。でも、興味はあったんだ!」


 中に入る。

 私にとってはいつもの酔っ払い達の喧騒が、マクシムさんのような貴族には新鮮に映ったみたいだ。彼の格好は高級な紳士服で、ここの雰囲気には全く合わない。周りの視線が、彼の一挙手一投足に注がれているのがわかる。好奇と嘲りの入り混じった視線。

 

「んー、私、変なとこに連れてきちゃったかな……?」

「ん? なんで? とりあえずおすすめを食べさせてよ!」


 彼の屈託のない笑顔に、私の不安は吹き飛んだ。

 

「やっぱり、一杯目はビールかな!」


 私がジョッキを注文すると、マクシムさんは不思議そうな顔をする。

 

「ビールか、なかなか飲まない飲み物だね……」


 ジョッキを持ち上げ、乾杯する。ガラスが触れ合う音が、店内の喧騒に溶け込む。

 

「おっ? 美味い」


 一口飲んだマクシムさんの目が、驚きに見開かれる。

 

「でしょ? これが庶民の味よ」

「これは本当に美味いな。この脂っこい食べ物との相性が素晴らしい!」


 彼は、皿に盛られた串焼きを指差す。

 

「高級そうな紳士服着てるから合わないんだよ、この店に」

「なるほど、仕事が終わったら着替えたほうがいいかな」


 貴族がビールを片手に、脂っこいおつまみにかぶりついている姿はなかなかお目にかかれない。高級な服が汚れちゃう……。そんな彼の無邪気な姿に、私の口元も自然と緩む。彼といると、偽りのない自分になれる気がした。

 

「あっ、そうだ。今日のデート代払わないとね!」


 マクシムさんが、お金を取り出そうとポケットに手を入れた。

 

「何言ってるの! 命助けてもらったのに貰える訳ないでしょ!」


 私は慌てて彼の腕を掴む。

 

「いや、そういう訳にはいかない。ローズさんの時間を貰ってるんだ、お代は払わないと」


 彼の真剣な眼差しに、私は困惑する。

 

「いいって! どうしても払うって言うなら、もうマクシムさんとは会わない!」


 半ば脅しのようにそう叫んだ。

 

「えっ……それは困る……」


 彼は本当に困ったような顔をした。その表情に、私は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

 

「ね? 今日も楽しもうね!」


 マクシムさんは眉尻を下げ困り顔で頭を掻くと、軽く頷いた。その表情には、本当に困っているような純粋な戸惑いが浮かんでいた。私は、彼のこの純粋さが、心地よかった。

 

「はぁ、美味かった! この間のマスターのとこにいかない?」

「うん、行こうか!」


 そう遠くないバーに向けて歩く。私はマクシムさんの腕に抱きついている。こんな細い腕で屈強な冒険者を殴り飛ばすなんて。何者なんだろう、この人……。私の心は、彼に対する好奇心と、かすかな恋心で満たされていた。


 カランコロン……。

 バーの扉を開けると、またあの心地よい鈴の音が迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ、今日もお二人一緒ですか」


 マスターが、いつものように穏やかな声で迎えてくれる。

 

「マスター! また来ちゃいました」

「こちらのカウンターにどうぞ」

「ビール下さい!」


 マクシムさんの声は、先ほどよりもはるかに明るい。

 

「あら、ハマっちゃってる」


 美味しそうにジョッキを傾けてる。琥珀色の液体が喉を通り過ぎるたび、彼の表情は満足げに綻ぶ。本当に、ビールが気に入ったようだ。


 礼を言わないとね……。

 

「マクシムさん、助けてくれて本当にありがとう」


 私の言葉に、マクシムさんは少し照れたように笑った。

 

「いや、あれからあの辺りを歩く度にローズさんを探してたんだ。騒がしい方に行ったらたまたまね、本当に良かった」

「……私の仕事分かってるでしょ? 汚い仕事だよ?」


 貴族の彼には、きっと理解できない世界だ。

 

「仕事に綺麗も汚いもない、一生懸命するならどんな仕事でも素晴らしいよ。でも、したくない仕事なら辞めればいい」


 彼の言葉は、まるで私の心の奥底を見透かしているかのようだった。

 

「私には娼婦しか選択肢がないの。娼館で育ったから、どこに行ったって引き戻される。私には自由がないの」


 私の声は、少しだけ震えていた。長年抱えてきた、どうすることもできない現実に、胸が締め付けられる。


 マクシムさんは静かにジョッキを置き、顔を私に向けた。彼の瞳は、私の心の奥底を見透かすかのように、真っ直ぐに私を捉える。私はその視線から目を逸らした。

 

「で? その仕事は一生懸命している仕事なの? したくない仕事なの?」


 彼の言葉は、まるで私の心に直接問いかけるように、重く響いた。

 

「したくないよ……娼婦なんて……」


 私の本心が、偽りなく口からこぼれ落ちた。

 

「わかった。じゃあ、辞めよう」


 そう言ってジョッキのビールを一気に飲み干し、立ち上がった。その行動は、迷いなく、まるでそれが当然であるかのように自然だった。彼の決意に満ちた瞳は、私の目を真っ直ぐに見つめている。

 

「マスター、ごちそうさまでした! ローズさん、行こうか」

「えっ……? どこに?」


 マクシムさんは、私の手を引いて店を出た。彼の掌から伝わる温かさと力強さに、私の心は未知の扉が開かれるような予感に満たされた。長年閉じ込められていた檻が、今、開かれようとしている。この先に何が待っているのか、私にはまだ分からない。けれど、彼の隣なら、どこへでも行ける気がした。

 

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