因果応報
「マクシムは強い、大丈夫だ。私が責任を持って二人をレトルコメルスに連れて行く!」
オリバーさんの声は、暗闇の中で私を、そして娘を抱きしめる私の体を、安心させるように響いた。彼の腕の中では、娘が小さな震えを繰り返している。
「強いのは知ってる……けど、あの人数よ……」
私の声は、不安で震えていた。あの数の冒険者を相手に、マクシムが一人で持ちこたえられるだろうか。
「大丈夫だ、私達は多人数戦も叩き込まれている」
オリバーさんは、私の不安を打ち消すように力強く言う。
大丈夫よね。Aランクの冒険者も相手にならなかったんだもん。マクシムは、あの時、ローガンという冒険者を一撃でねじ伏せた。あの時の彼の力強さを思い出せば、きっと大丈夫だ。
夜空を駆け抜けるオリバーさんの腕の中で、娘はぐっすりと眠っている。
「オリバーさんは空も飛べるんだね」
私は、彼の背中でそう尋ねた。
「あぁ、浮遊術という、三日もあれば着くだろう。さすがに浮遊術を使える冒険者は少ない」
彼の言葉に、驚きと同時に安堵が広がった。
テントもない。夜は冷え込み、空腹も限界に近かった。オリバーさんが魔物を狩り、野営をして食べさせてくれた。その手際の良い姿に、彼の頼もしさを改めて感じた。
「オリバーさん、ずっと飛んで運んでくれてるのに、野営の見張りまで……大丈夫?」
私は、彼の疲労を気遣った。
「あぁ、気にしないでくれ、鍛え方が違う。心配するな」
彼の言葉には、一切の迷いがない。
「ありがとう……オリバーさん」
彼の優しさに、私の心は温かくなった。
三日後にレトルコメルスに着いた。見慣れた街並みが、こんなにも安堵をもたらすとは思わなかった。
「ローズ、行く宛てはあるのか?」
オリバーさんが、心配そうに私に尋ねる。
「えぇ、一軒だけ……そこに行けば何とか」
私の言葉に、彼は静かに頷いた。
「そうか、ローズもそうだろうがマクシムが心配だ。行き違いでもいい、私は戻るよ」
彼の言葉に、私も胸が締め付けられる。マクシムは大丈夫だろうか。
「えぇ、私も待つわ。オリバーさん、本当にありがとう。二人でまたお礼をしないとね」
「あぁ、子供も一緒に三人でお礼をしてくれ」
オリバーさんの温かい言葉に、涙が溢れそうになる。
オリバーさんを見送った。彼の背中が小さくなっていくのを見つめながら、私は心の中で何度も「本当にありがとう」と呟いた。
私は娼館に向かった。二度と行くことは無いと思ってた。けれど、そこしか頼るところが無い……。この娘を守るためなら、どんな場所へも行く覚悟だった。
娼館の門をくぐると、見慣れた門番が私を見て驚きの声を上げた。
「あ? ローズじゃねぇか。どうした子供を連れて」
「元締めはいる……?」
私の声は、震えていた。
「あぁ、とりあえず入れ。何かあったんだろ」
懐かしい。奥の事務室に入る。元締めの顔を見ると、胸の奥が締め付けられる。
「何だ? 里帰りって事は無いだろう?」
元締めは、訝しげな表情で私を見た。
「お久しぶり……私も戻ってくる気は無かった。向こうで彼の許嫁だった人が雇った冒険者たちに襲撃されたの……」
私は、簡潔に状況を説明した。
「そうか、とりあえず休め。子供にも疲れがあるだろう、空きの部屋があるはずだ。シャワーもあるしとりあえずはそこに入れ。思い出したくは無い部屋かも知れんがな」
元締めの言葉に、私は驚いた。彼の口調はぶっきらぼうだが、その奥には気遣いが見えた。
「ありがとう……お金は払います」
私は、震える手で懐を探った。
「おいおい、俺はそこまで人でなしじゃない。それに、あの貴族から金はたんまり貰っている」
彼の言葉に、私は涙が止まらなくなった。
「ありがとう……」
とりあえず、この子をゆっくり休めないと……。娘の小さな寝顔を見つめる。相当なストレスを与えてしまったね。ごめんね。
話を聞いたナンシーが部屋に来てくれた。
「ローズ! 大丈夫!?」
ナンシーの声を聞くと、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「ナンシー!」
私は、親友の姿を見て涙が止まらなかった。あったことを全て話した。王都での幸せな生活、そして突然の襲撃。
ナンシーは優しく抱きしめてくれた。その温かさに、どれほど救われたか分からない。
「私に出来ることがあったらなんでも言って。とりあえずはゆっくり休んだほうがいい」
「ありがとう……やっぱり私なんかが行っちゃダメだったんだよ」
自責の念が、私の心を締め付ける。
「バカ! 悪いのはその元許嫁でしょ? ローズが悪いなんて事はないんだよ」
ナンシーは、強く私の背中を叩いた。
「ごめん、まずは平常心にならないとね……」
ナンシーは仕事の合間に気にして何度も部屋に来てくれた。数日で私も落ち着いてきた。娘も、少しずつ元気を取り戻しているようだ。
でも、マクシムは来ない。連絡もない。不安と焦燥が、私の心を蝕んでいく。
でも、部屋にずっと篭っている訳にはいかない。当然、娼館は子供の世話をするところじゃない。必要なものは買ってこないと。娘のためにも、私がしっかりしなければ。
「ナンシー、少し時間ある?」
「あぁ、時間なんて私次第でいくらでも取れるよ。買い物でしょ? この子は私が見とくから大丈夫だよ」
ナンシーの言葉に、私は心から感謝した。
「ありがとう、行ってくるね」
一人で外を出歩くなんて、いつぶりだろう。王都では、マクシムが常に隣にいてくれたから。
三年ぶりにレトルコメルスの中心街を歩いている。街並みは変わらないけれど、私の心は、あの頃とは全く違う。とりあえずは必要最低限の物を買わないと。今回は自分で持ち歩ける物だけだな。
賑やかな通りを歩いていると、突然、背後から口を塞がれ、裏路地に連れていかれた。突然の事で体が動かない。恐怖が私の全身を支配する。
王都からの追っ手がすでに……? 私は、マクシムの安否を気遣いながら、最悪の状況を想像した。
「まさか、こんな所でまた会うとはな」
冷たい声が、耳元で響いた。その声に、私はゾッとした。
「え……? ローガン……?」
そこに立っていたのは、かつて私が武器を盗み、マクシムが殴り飛ばした冒険者、ローガンだった。彼の顔には、憎悪と狂気が宿っていた。
「お前と出会ってから全てが狂ったよ。弱そうな貴族に殴り飛ばされた冒険者として、ギルド内で馬鹿にされた挙句パーティからも外された。新しい武器も買えないから依頼も受けられない。この街から出られなくなってこのザマだよ」
ローガンの言葉に、私は体が震える。私の日常が、彼の人生を狂わせてしまった。
まさか……こんな所で会うなんて……。あの日の出来事が、こんな形で私に報復するなんて、思いもしなかった。
「ローズ、俺はお前を殺したくて殺したくて、何度その夢を見たか。それが今叶うんだな」
ローガンの目が、ぎらぎらと光っている。彼の握るナイフが、月光に鈍く光った。
「ローガン! 武器のお金は返す! だから……」
私は、必死に懇願した。
「もう、そんなんじゃない。今はお前を殴り殺す事でしか俺は次に進めない。神様は俺を見捨てなかったよ、ありがたい」
彼の言葉に、私は絶望した。彼の目には、理性が宿っていない。もうダメだ……。私の命は、ここで尽きるんだろう。
思えばあの日、ローガンに捕まった日。本当なら私はこいつに殺されてた。それをマクシムが助けてくれた。私は結婚して、子供まで授かった。マクシムのお陰で、三年間長く生きる事が出来たんだ。彼と出会って、私は本当に幸せだった。
でも、死ぬのは私だけで良かったのに……マクシムも今生きているか分からない。
子供も私と一緒で娼館で育つことになるのか……ごめんよ……。私までいなくなったら、あの子はどうなってしまうのだろう。でも、私と違って、あなたには名乗れる姓がある。マクシムの血を引く、尊い命だ。
私たちを恨むんだろうな……ごめんよ……。あの子は、きっと私のことなんて知らない方が幸せだっただろう。
でも、これだけは本当……私は貴方を捨てた訳じゃない。
愛しているよ……
意識が薄れていく。ローガンの手が、私の首を絞め上げていく。
最期に、マクシム……ありがとう。
あなたの温かい笑顔を思い出す。あなたがくれた愛と、幸せな日々。
愛してる……。
私の意識は、完全に闇の中へと沈んでいった。
バッドエンドですが、この作品は、私の他の作品『ミックス・ブラッド ~異種族間混血児の英雄譚~』のあるキャラクターの両親の物語です。
なので敢えて、ファミリーネームと娘の名前を伏せて物語を進めました。
もしよろしければ、この二人の娘がどういう生き方をするのか、どういう出会いをして幸せになるのかどうかを、別作品で読んでみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をしていただけるとすごくうれしいです。
気に入った! もっと読みたい! と思いましたら評価をお願いします<(_ _)>
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』なんて頂けた日には( ノД`)…頑張ります!