結婚披露パーティー
ローズさんは元々明るい人だったけれど、王都に来てから、以前にも増して輝いているように見える。レトルコメルスにいた頃は、ふと遠い目をしたり、浮かない表情をすることがあった。そんな彼女の横顔を見るたびに、僕は胸が締め付けられる思いだったが、今はもう、そんなことはない。
僕らの屋敷にも、身の回りの世話をしてくれるメイドがいる。ローズさんは、使用人ともすぐに打ち解けたようだ。彼女の朗らかな人柄がそうさせるのだろう。
「また奥様! 私がしますのでお休みください!」
メイドのが、洗濯物を畳もうとするローズさんを止める声が聞こえる。
「いいって!一緒にやったら早く終わるでしょ? 空いた時間で紅茶を楽しみましょ」
ローズさんの声は、いつも明るく弾んでいる。彼女はここに知り合いがいないから、年が近いメイドたちとは特に仲良くしているようだ。彼女たちは、僕が仕事に行っている間も、きっとローズさんを退屈させないだろう。
僕が仕事に行っている間、ローズさんは両親のところに行って交流しているようだ。両親と四人で食事をすることも増えたが、二人の顔には以前よりもずっと多くの笑顔が浮かんでいる。なんだかんだで、お母様はローズさんを気に入っているようだ。最初はあれほど反対していたのに、今ではローズさんの笑顔に、僕よりも早く反応するようになっている。
ローズさんは周りを明るくする。天性の人柄がそうさせるんだろう。それも僕が彼女を愛した理由の一つだ。きっかけは一目惚れだったけれど、彼女のこの温かい人柄に、僕はますます惹かれていった。
「ねぇ、マクシムさん」
ローズさんが、僕の袖をそっと引く。
「どうしたの?」
僕は、彼女の顔を覗き込む。
「日が経つにつれてね、マクシムさんへの感謝がどんどん大きくなっていくの。レトルコメルスじゃこんなに平穏で幸せな生活できなかったから。今すごく楽しい」
彼女の瞳は、真っ直ぐに僕を見つめ、感謝の気持ちを伝えてくる。
「こちらこそ感謝してる。ローズさん、僕に付いてきてくれてありがとう。両親まで明るくなったよ」
僕は心からそう思った。彼女が来てから、僕の家族全体が、まるで色を取り戻したかのように活気づいたのだ。
「ねぇ? さんなんて付けずに、ローズって呼んでくれない?」
彼女の声が、少しだけ甘くなる。
「じゃ、マクシムって呼んでくれる? ローズ」
僕の言葉に、彼女は嬉しそうに頷いた。
「えぇ、マクシム」
彼女が僕の名前を呼ぶたびに、胸の奥が温かくなる。
あぁ、幸せだ……。
本格的な冬が来る前に、僕たちは結婚式を挙げた。王都の最も壮麗な大聖堂は、多くの花で飾られ、光に満ちていた。友人たちからの祝福を受け、僕たちは幸せの絶頂にいる。
「こんな綺麗なドレスを私が着る時が来るなんて……幸せです、マクシム」
純白のドレスを身に纏ったローズは、息をのむほど美しかった。彼女の言葉に、僕の胸は温かさで満たされる。
「これは僕が想い描いていた以上の理想の結婚だ。ありがとう、ローズ」
僕たちは皆の前で誓いのキスをした。柔らかい彼女の唇が、僕の唇に触れる。その瞬間、世界中の時間が止まったかのようだった。
王城の敷地内には広いホールがある。王族の結婚式の後は、そこで披露パーティーをするのがしきたりだ。煌びやかな装飾が施されたホールには、多くの人々が集まり、祝宴が催されていた。ビュッフェ形式の立食パーティだ。
「マクシム、ローズ、本当におめでとう!」
オリバーが、僕たちの元に駆け寄ってきた。彼の顔には、心からの祝福の笑顔が浮かんでいる。
「あらオリバーさん、ありがとう。これからもよろしくね!」
ローズも、すっかり貴族の妻らしく、優雅に挨拶を返している。
「ローズ、立ち振る舞いからもう立派な貴族だな」
オリバーの言葉に、ローズは照れたように笑った。
「まだまだよ、お母様から厳しい指導を受けてるからね……」
「オリバー、また家にも遊びに来てくれよ」
僕がそう言うと、オリバーは力強く頷いた。
「あぁ、また飲んで語り明かそう。私もいずれ出世して、貴族街に住めるように頑張るよ」
「僕なんてそこに生まれただけの、ラッキー貴族なだけだからね……」
僕は謙遜しながらも、心の中で彼への感謝を伝える。
「そんな事はない。お前の才能は私も認めている」
オリバーの真剣な言葉に、僕は少し照れくさくなる。
「そう言ってくれると嬉しいよ。よし、挨拶に回ってくるよ。ローズ、行ってくるね」
「あぁ、楽しもう」
「えぇ、わかったわ!」
ローズの笑顔に、僕は安心して会場を回ることにした。
皆が祝福してくれる。僕の周りには、こんなにも温かい人々がいたのかと、改めて感じた。こう見ると、いい仲間に囲まれているな。
パーティー会場を回っていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「マクシムさん、お久しぶりね」
振り返ると、そこに立っていたのはサーシャだった。
「あぁ、サーシャ。久しぶりだね」
サーシャ。お母様が勝手に決めた、僕の許嫁だった子だ。彼女の瞳には、どこか冷たい光が宿っていた。
「私という許嫁がありながら、女を作って帰ってきてそのまま結婚とはね」
彼女の声には、明らかに非難の色が含まれている。
「おいおい、学生時代にハッキリと言ったじゃないか。僕は親の決めた結婚はしないと」
僕は、冷静にそう答えた。
「えぇ、そう言ってたわね。でも、私とは結婚しないから諦めろと言われた事は無かったわ」
サーシャの言葉に、僕は一瞬、言葉を失った。
「それは屁理屈だろう……」
僕は、思わずそう反論した。
「そうかしら? 私は許嫁になる以前から貴方が好きだったの。ハッキリと貴方に振られた事は無かったわよ」
彼女は、僕の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳の奥には、深い傷つきと、そして確かな執着が見て取れた。
「それは……すまなかった。僕の言った言葉にそれを含めたつもりだった。申し訳なかった、許して欲しい」
僕の言葉足らずが、彼女を傷つけたのだ。僕は、心から謝罪した。
「ふん、私は執念深いわよ。後悔させてやるわ」
サーシャは、冷たい視線を僕に投げかけ、そのまま人混みの中に消えていった。
言葉の綾か……。確かに、僕は「親の決めた結婚はしない」とは言ったが、「サーシャとは結婚しない」とは直接言ってはいなかった。女性を一人傷つけてしまったのは事実だ……。結婚式の喜びに水を差されたような、複雑な気持ちだった。
パーティーは大盛りあがりで終わった。しかし、僕の心には、サーシャの言葉が、小さな棘のように残っていた。
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