新婚生活
朝か……窓から差し込む柔らかな光が、新しい一日の始まりを告げている。昨夜はすごかったな……。僕の人生で、あんなに熱く、そして純粋な愛を確かめ合った夜は初めてだった。
幸せだった。彼女の温もりを腕の中に感じながら、僕は静かに微笑んだ。
「おはよう、マクシムさん」
ローズさんの声が、耳に心地よく響く。
「あぁ、おはよう。昨日は疲れ果ててそのまま寝ちゃったな……」
少し照れながらそう言うと、彼女はくすりと笑った。
「そうだね、一緒にシャワー浴びる?」
彼女の提案に、僕は心臓が跳ねるのを感じた。
「そうしようか、汗をかいたもんね」
ローズさんの身体に触れていると、昨夜の興奮が蘇ってくる。滑らかな肌、柔らかな曲線……。
「あら、昨日あんなに頑張ったのに、元気ね」
彼女がいたずらっぽく僕を見上げる。その瞳には、愛らしい輝きが宿っていた。
「あぁ、ごめんなさい……」
僕は思わず、赤面してしまった。
「ローズさん、今日はうちの両親の所に行こう」
昨夜の余韻に浸っていた僕だが、現実がそこにある。
「はい、緊張するね……」
彼女の声は、少しだけ上ずっていた。無理もない。
ホテルの朝ごはんを食べて、貴族街へ向かう。馬車の中から見える景色は、昨日よりも一層輝いて見えた。
貴族街にある自宅の門をくぐり、中へ入る。厳かな雰囲気の漂う屋敷は、僕にとって見慣れた場所だが、今日の僕はどこか緊張していた。
広い応接間で、食事を終えた両親が紅茶を飲んでいる。母は僕たちを見るなり、その表情を硬くした。
「初めまして、ローズと申します。突然の訪問をお許しください」
ローズさんは、僕が教えた通り、貴族の流儀に則って深々と頭を下げた。しかし、母はそれには応えず、冷たい視線を僕に向けた。
「おかえり、マクシム。お祖母様から聞いたわ、その子を妻に娶りたいと?」
母の声は、氷のように冷たかった。
「はい。ローズさんが挨拶をしているのです、応えたらどうなのですか」
僕は、母の態度に怒りを覚えた。
「貴方は昔からそう。サーシャという許嫁がありながら、何故反発するのです」
母は、昔からの僕の婚約者であったサーシャの名を出した。本当に嫌になる。
「昔から言っているでしょう。自分の結婚相手は自分で決めると。サーシャには学生時代にハッキリと伝えてある」
僕は、何度も同じ説明を繰り返すことにうんざりしていた。なぜ僕の気持ちが分からないんだろうこの人は。
「こちらのローズさんと結婚することはもう決めたことです。曾祖母様からは祝福を受けました。お母様からのお許しを得られないのであれば、ここを出ていく他ありませんね。お世話になりました」
僕は、強硬な態度でそう言い放った。父も母も、僕の言葉に驚いたようだ。
「待ちなさいマクシム」
珍しいな。結婚の話の最中に、寡黙な父が口を開くなんて。彼は母の意見に逆らわない人だと思っていたのに。
「マチルダ、許してやりなさい。昔から言っているだろう、愛する人と結婚するべきだと」
父の声は静かだが、確固たる意志を感じさせた。
「貴方は黙ってて。私はマクシムの幸せを思って……」
母は、父の言葉を遮ろうとするが、父は構わずに続けた。
「君は私を愛していなかったのか? 誰かから言われて仕方なく私と結婚したのか? なら私もここを出ていかざるを得んが」
父の言葉に、母はハッとしたように黙り込んだ。
「そんなこと……」
お父様が僕の味方になってくれた……。さっきの口ぶりだと、ずっとお母様を説得してくれてたんだ。僕は、父を見誤っていた。彼の心には、確かな愛があったのだ。
「私達も愛し合って結婚したはずだ、少なくとも私はそう思っている。愛のない結婚など何の意味がある、しないほうがマシだ」
父の言葉は、母の胸に深く突き刺さったようだった。母は何も言えずに、俯いたままだ。
「……」
「マクシム、ローズさん、おめでとう。私は祝福するよ。母さんもお前を想って言っているんだ。昔から衝突していたが、その想いだけは汲んでやってくれ。サーシャの両親には私から言っておく」
父が、僕とローズさんに優しく微笑んだ。
「お父様……ありがとうございます」
僕は、心からの感謝を込めて頭を下げた。
「はぁ……分かりました、好きにしなさい。家族になるなら仲良くしないとね。よろしく、ローズさん」
母は溜息をつきながらも、ついに認めてくれた。その声には、諦めと、ほんの少しの温かさが混じっていた。
「はい……ありがとうございます! よろしくお願いします!」
ローズさんは、喜びで声を震わせながら、深々と頭を下げた。
なんとか認めて貰えたようだ。僕はお父様を見誤ってたな。彼もまた、愛を大切にする人だったのだ。
「では、式の日取りなどを決めなくてはならんな」
父が、改めて僕たちに目を向けた。
「そうですね、忙しくなります」
「ローズさん、貴族の出身ではないのよね? 礼儀作法を叩き込みますよ」
母が、再び毅然とした表情でローズさんに告げる。その言葉には、やはり厳しさが感じられた。
「はい、よろしくお願いします」
ローズさんは、少し怯えたように頷いた。
「お母様、あまり厳しくなさらないようにお願いしますよ……」
僕は、思わず母にそう懇願した。
僕の部屋で二人、紅茶を飲んでいる。午後の柔らかな光が、部屋を優しく照らしている。
「緊張した……」
ローズさんは、ほっとしたように息を吐き出した。
「とりあえず認めてもらったな……」
僕も、心の中で安堵の息をついた。
「とりあえず、ローズさんの生活が第一だ。お母様に何かされたとか、ここの生活が窮屈だったりしたら遠慮なく言ってくれ」
僕は、彼女の手をそっと握った。
「ありがとう……私を第一に考えてくれるのはありがたいの。けど、嫁ぐってそういう事だと思うの。私は、その覚悟を持ってプロポーズを受けたつもり。でも、どうしてもダメな時は言うね……」
彼女の言葉に、僕は胸が熱くなった。彼女は僕のために、この新しい環境に適応しようと努力してくれているのだ。
「うん、分かったよ」
僕たちは、両親の屋敷とは別の建物で生活をする。僕たちが暮らすのは、敷地内の離れだ。両親からの過度な干渉はないはずだ。
僕たちの結婚生活が始まった。これからどんなことが待ち受けているかは分からない。しかし、ローズさんと二人なら、どんな困難も乗り越えられる。そう、確信していた。