私はローズ
私はローズ。
ファミリーネームなんて知らないし、知る必要もない。この街で娼婦をしてる。好きでやっているわけじゃない。これしか、生きる術がないから。
どこで生まれたのかも知らない。親の顔なんて、もちろん。私の最初の記憶は、この娼館の埃っぽい匂いと、女たちの甲高い笑い声から始まる。どうせここに捨てられたのだろう。今となってはどうでもいい。恨む親の顔も知らないんだから。
私たちの仕事は、ただ身体を売るだけじゃない。もっと儲かる、狡猾な方法があるから。今日も私は夜の帳が下りた街へ繰り出す。大金持ちの太客がいれば、わざわざ自分の足で稼ぐ必要なんてないのにね。
ここは交易都市レトルコメルス。
東西南北に街道が伸びてるせいで、まるで巨大な胃袋のように、ありとあらゆる人間を飲み込む大都会だ。この街の繁華街は、ひときわ熱を帯びた喧騒に満ちている。各地から来る商人や冒険者、たまに高慢な貴族まで見かける。彼らの目に映る私は、きっとただの「女」なのだろう。
今日もナンシーと一緒だ。彼女は私と同じ娼館で育った、小さい頃からの親友。互いの背中を預け合える、唯一の存在。
「お兄さんたち? この先のバーなんだけど、ご一緒しませんか?」
私たちが声をかける男たちの顔は、皆一様に欲望に歪んでいる。そして、次に彼らの視線が向かうのは、私の胸元だ。男なんて、結局みんな同じ。獣のような視線にうんざりしながらも、これが私の「仕事」なんだと自分に言い聞かせる。
「ああ、行こうか。たっぷりサービスしてくれよ?」
下卑た笑い声とともに、男が私に近づく。声をかけ、腕に胸を押し付ければ、みんな骨抜きになったように付いてくる。本当にバカばっかり。
私たちの娼館が経営しているバーに客を入れ、薄暗いボックス席に案内して隣に座る。
「何飲みますか?」
「そうだな、ウイスキーの水割りにしようかな」
水割りを作るのも手慣れたもんだ。カラン、と氷がグラスに触れる音が、奇妙に心地よい。本当は身体なんて売らずに、こうしてバーで働けたら……。そう、心の中で密かに願う。こうやってお客とお酒を飲んでいる時間は、嫌いじゃない。偽りの笑顔でも、一瞬だけは、自分ではない誰かになれる気がするから。
「私はローズ、乾杯しましょ」
「乾杯、俺はローガンだ」
水割りの琥珀色が、薄暗い照明にきらめく。乾いた身体に染み渡るウイスキーの刺激。ずっと暑い所で立っていたからだろうか、喉が焼けるように熱い。
「ローガンさんはここの人じゃないよね?」
「ああ、冒険者だ。王国内を転々としてる」
冒険者か。さて、ここからが本番だ。彼のランクを巧みに聞き出そう。
「やっぱり? いい体してるし、そうかなと思ったの。とっても強そう」
声のトーンを一段上げ、彼を褒め称える。男は単純だ。少し持ち上げれば、すぐに尻尾を振る。
「そうか? ランクはAだからな。そこそこ強いと思うぞ」
よし、Aランクか。獲物としては上出来だ。
「すごーい! Aランクなんてなかなかいないもんね。どれくらいここに滞在するの?」
「そうだな、四日ほどはゆっくりしようと思ってる」
「じゃ、また会えるかな……?」
少し寂しげな声で、上目遣いに尋ねる。
「ああ、ローズさえ良ければな。会うにはこの店に来たらいいのか?」
「ううん、ここの店は今日ヘルプで入ってるの。いつもは違う店にいるから。ホテルさえ教えてくれたら迎えに行くよ?」
彼の目の奥に、欲望の色が濃くなるのを感じる。
「そうか。じゃあ、このあと俺のホテルに案内しよう」
掛かった。ここまでくれば、あとは簡単だ。さて、たっぷりと酒を飲ませようか。
「じゃ、いっぱい飲もうよ!」
「ああ、水割りおかわりだ」
グラスが空になるたびに、私は彼に酒を勧める。口数が多くなり、呂律も回っていない。ローガンはすっかり酔っ払っている。
「じゃあ、ホテルまで送るね!」
「ああ、一緒に帰ろう」
足元の覚束ないローガンの左腕に抱きつく。彼の体温が私に伝わる。滞在しているホテルは、この通りをまっすぐ行った先だ。
ここか、さすがAランクの冒険者。門構えからして、いかにも高級そうだ。
「ローガン君、おやすみ」
「おいおい、部屋に来いよ。いいだろ?」
粘着質な視線が、私を絡めとろうとする。
「もう……一緒にお酒飲むだけだよ……?」
千鳥足のローガンを支えながら部屋に入る。部屋の奥には、どっしりとしたベッドが見える。
「水割りでいい?」
「ああ、それでいい」
ルームサービスでウイスキーを注文し、手際よく水割りを作る。ローガンが体を押し付けてくる。胸を触られるくらいは我慢しよう。これは「仕事」なのだから。
「なんだ……眠くなってきたな……」
男の呂律がさらに回らなくなる。
「え? 寝ちゃうの?」
睡眠薬が効いたな。私は静かにグラスを置く。
ローガンはベッドにうつ伏せで倒れ込んだまま、いびきを立て始めた。部屋を見回す。彼の武具は……あった。壁に立てかけられた、見事な両手剣。
「バイバイ、ローガン」
静かに部屋を後にする。
戦利品である重い両手剣を手に、私は娼館に戻る。夜の闇が、私の影を長く引き伸ばす。
「ただいま、Aランク冒険者の武器を持って帰ったよ。四日ほど滞在するって言ってたから、半月くらいは外に出ないほうがいいね。客の斡旋お願いね」
娼館の元締めに報告する。ローガンに見つかれば、間違いなく命はない。しばらくはここに缶詰だ。けど、これでしばらくは金に困らない。
「ああ、ご苦労さん。武器はまとめて売るんだろ?」
「うん、結構たまったからそろそろかな。買い取りに来させてよ」
「わかった、半分よこせよ」
「分かってるよ」
高ランク冒険者は、いい武器を持っている。それを売れば大金が手に入る。私の手元に残る金は、ほんのわずかだけど、それでも生きるためには必要だ。
私は娼婦。そして、冒険者から物を盗んで生きる泥棒。
本当は……こんな事したくない……。いつか、こんな生活から抜け出せる日は来るのだろうか。冷たい剣の重みが、私の心に鉛のようにのしかかる。
【◉読者様へのお願い◉】
少しでも
「面白そう!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら
広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、
評価くださると嬉しいです!
贅沢は言いません
★一つからでもお願いします <(_ _)>
ブックマークもよろしくお願いします!
なにとぞ、ご協力お願いします