表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すたーと・おーばー・りべんじゃー  作者: 小柳和也
1章 真っ当かつ、正しい立場からの理由があろうと、絶対に許せないという心を行動に表すだけの話
9/9

6話 弱男の転生者をキレさせるのは危険なのでキレさせず潰そう

「ちょっと時間いい? いいよね、タナカ」

「あ。ごめんなさい、よいですはい」


 視線を一瞬だけ合わせ、一瞬後には伏せっている。

 魔術師タナカは誰に対してもこういう態度だ。基本、相手の目を見て話さない。一地域を治める領主だろうが、ドブ清掃ついでのスライム討伐を依頼してきた清掃員だろうが。お付きに無礼だろうが、と怒鳴られてようやく恐る恐ると顔があがるレベル。


 私は腕を組んだまま威圧するように続ける。

 タナカは人に見下されて威圧されている方が、安心するタイプだ。対等に会話するより、三段ぐらい低いところから機嫌をうかがうように見上げる方が、タナカにとっては楽な処方なのだ。


 私は威圧を強めるため、わかりやすくため息をつく。

「百回ぐらいいっているけど、いちいち謝る必要ないから。用があるの」

「はい」


 かといって、タナカの態度には常に留意する。

 威圧的態度で接することまでは、正解のはずだ。繰り返すが、彼は人の上に立って人にあれこれ命令するよりも、信頼する人物からあれこれ命令されて行動するほうが安堵するタイプだからだ。


 当たり前のことではあるが、暴力はいけないことだ。

 魔物や無法者を制圧するための手段として属性として、この世界で暴力は身近な存在だし、忌避されるものではない。


 だからといって、こちらの要求を呑ますために、強引な暴力を行使すること、これは絶対にいけないことだ。

 タナカがそういう暴力であっさりなびきそうな雰囲気をしているからとって、安直にそれに頼ることは悪手だ。


 たとえば強引に腕を掴んで路地裏にまで引っ張る、などの行為は厳禁である。本当に気の弱い、メンタルの弱い男性相手ならそれでも通じるかもしれないが、タナカの性質はちょっと違う。


 彼が、大抵のことには無言で頷き、命令されてあれこれやれ、を求めるのは、それが彼にとって安易であり、楽だから選択しているに過ぎない。

 彼自身の戦闘能力は、けっして低くない。むしろ最上位クラスというべきかもしれない。少なくともタナカよりも破砕力のある魔法を乱発する魔術師を、私は知らない。


 タナカは勇者組の最前線を張れる能力があるのに、出会う人、ほぼすべての人と対等に接することができない。

 そして一瞬で逆上する。キレやすい。とにかく対人関連のコミュニケーション能力が低い。口ごもるか、キレるか、が大半だ。


 たとえば怖顔成人男性に腕を掴まれて、強引に路地裏まで引っ張り込まれる、とタナカに判断されれば、即座に禁忌の即死魔法が飛んでくるだろう。

 詠唱なしの緊急発動なので、実際即死効果は得られないが、詠唱なしの代償として即死に比類する痛みを覚えることになる。

 対象者も、術者も、だ。


 主に界隈では、狂気の魔術師タナカと呼ばれている。

 相手を殺すためなら、自分がその範囲内にいたとしてもためらないなくぶっ放す。

 けしてメンタルが弱いわけではない。コミュ能力が最低値なだけだ。メンタルはぶっ壊れているのだ。


 心が制御できていないバケモノ。

 勇者組の一員ではなかった頃のタナカは、気弱な見た目に偽装した、大陸史上最悪最大の残虐非道な魔術師と呼ばれていた。

 だから私も彼に対しては暴力は使わない。

 ただしどうやら彼にとって暴力とは、物理的なそれを差すようだ。力づくで引っ張る、拳で殴る、魔法で殺そうとする、など。

 威圧的な態度や、非接触の暴力では、彼に狂暴性はほとんど発生しない。言葉の暴力に対して耐性がある、ということかもしれない。悲しい話だ。


 ・


「私を殺そうとしているでしょ」

 単刀直入な物言いに、タナカは激しく首を振る。動揺ははっきりとした肉体的反応に現れていた。

 頬が真っ赤に染まっていく。軽く涙目になっていく。小刻みな震えも散見される。「し、しらない」とか「きいたことない」とかつぶやいているが、声も震えている。

 私は暴力の塊ではあるが、嗜虐性があるわけではない。ただここまでおどおどびくびく、反応されているタナカをみていると、多少小突いてやりたくなる気持ちもわからなくはない。ただその小突きの代償が、爆炎魔法の多重砲撃の可能性もあるので、きっちり自重する。


 私は気持ちを収め、努めて冷静に、静かな声量で、タナカを追い込む。詰め方が分かっていないとこちらの命を担保にしないといけないが、詰め方を重々承知であるなら、こうも簡単に攻略できる相手もいない。

「実行犯勇者、計画班ミャーさん。すでに数人、裏切っている。あんたもさっさと白状しなよ」

 多少は盛ってみる。交渉にとって大事なことは、はったりなのだ。

「う、うそだよ、そんなメリットないし」

「嘘じゃない。ボスモンスター不在のダンジョン最奥でやるんでしょ。朝食に毒物を盛った。ミャーさんでしょ。全部分かってんだよ」

 タナカはその場にしゃがみこんでしまった。

 うずくまるように、両膝を抱えるように体を小さくまるめている。ちょっと能力発揮すれば並の冒険者なら一瞬で消炭にしてしまうだけの能力はある。

 でもこいつはそのチートめいた能力をうまく使えていない。

 心があまりに脆弱だ。優しい、と言い換えてもいいが、タナカが職業冒険者を名乗っている限りにおいて、この心のもろさは、あまりに脆弱だ。

 だからタナカは2年前、場末の冒険者組に過ぎなかった頃の私たちの冒険者組へ加わった。

 結果的にタナカの戦力としての向上は驚異的だった。こいつの後方援助からのとどめの一撃がなければ、全滅しているような状況は山ほどあった。

 でもその能力に見合わず、タナカの本質はこれなのだ。戦いに向いていない。しょうがないね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ