公爵令嬢の執着
アンジェリーナ姉さん。二つ上の姉はとても優しくて、小さい頃はずっとその後をついてまわった。誰よりも一番好きだった。
だけど同時に姉はわたしに劣等感を植え付けた。生まれたときからすぐそばにいる自分によく似た顔の上位存在。
何をしても勝てなかった。
年齢のせいだけではない。この年のころの姉ならできていたのにと、両親にため息をつかれることが多くあった。
公爵家の令嬢として姉には何一つ瑕疵がなかった。周囲の目を引きつける美しさも、その高潔さも。分け隔てなく接する彼女は誰からも好かれた。きっと姉にとってわたしもそのうちの一人なのだろう。
王太子殿下との婚約が決まると、誰もが彼女こそがふさわしいと認めた。
王家に入るための教育が始まると、それは遠目に見ていても厳しいものだった。幾人もの家庭教師に囲まれて一日中過ごしていても、姉はそつなくこなしてた。
一度だけ、つらくないのかと聞いたことがあった。
姉はじっとこちらを見ると、「大丈夫よ」と言っただけだった。事実、姉が疲れていたり、落ち込んだ表情を見せることなんてなかったのだから。
両親の期待はすべて姉に向き、落ちこぼれであるわたしは姉の影で在り続けた。
姉を追いかけるように王立学園に入学すると、そこかしこで姉の名前をきくことになった。わたしは姉の妹としてたくさんの人から声をかけられた。同時に、姉との落差をすぐに理解するとみんなは離れていった。
顔はよく似ているのに中身は全然ちがうという言葉だけが耳に残った。
わたしは目立たない場所から、姉の輝きを眺めるようにした。卑屈なわたしをみかねたのだろう。姉はよく声をかけてくれた。だけど、それは余計にわたしへの風当たりを強くした。
廊下ですれ違うときなど友人との話を切り上げて、わたしに話しかけてきた。そのときの周囲の視線はとてもつらいものだった。
だから、学園ではわたしに構わないでほしいと姉に言った。理由を聞かれると、迷惑になるからと答えた。
「そんな悲しいこといわないで、私たちは二人っきりの姉妹じゃないの。あなたより大事なものはないわよ」
その優しさをうれしいと感じると同時にさらに気分を落ち込ませた。きっと姉には、わたしの気持ちなど一生理解できないのだろう。同じ両親から生まれて同じ家で育ったのに、とても遠い存在に感じられた。
だからなのだろうか。姉の曇った表情を初めて見てしまったときの衝撃は大きかった。
場所は人気のない教室の前。いつも誰かといる姉が一人でいることを珍しく思った。部屋の中に入るわけでもなく、ただじっと身を隠して部屋の中をのぞいているようだった。
視線を追うと、部屋の中には婚約者である王太子殿下と一人の女子生徒がいた。二人は楽しげに話している。その内容は他愛のないことばかり。
彼女は男爵家の令嬢らしいが、自由奔放な性格から人目を引くことが多かった。貴族らしからぬ振る舞いに眉をひそめるものもいたが、興味をもつものもいた。王太子殿下は後者のひとりだった。
姉から二人が親しくしていることを聞かされていた。でも、それは婚約者の交友関係についての話で終わると思っていたし、姉の口ぶりもただの世間話のものだった。しかし、今の姉の表情が隠していた感情を物語っている。このとき、姉もまた一人の人間であるのだと知った。
それからも殿下と彼女が一緒にいることが増え、彼女は衆目が多くある場所でも当然のように話しかけていた。
姉の友人達が見かねたように注意を促したが、姉は気にすることはないというスタンスを貫いた。だけど、その強すぎる自制心によって嫉妬を押さえつけるほど、表情を曇らせることが増えた。
そんな姉を見るたびに、わたしは姉のことをもっと好きになった。
姉の落ち込む表情が見たい。
姉の悲しむ姿を眺めたい。
その衝動は日を重ねるにつれてどんどん大きくなっていった。
「アンジェリーナ、どうして彼女にいやがらせなんてするんだ」
婚約者につめよられて狼狽する姉の姿を隠れてじっとのぞく。殿下の後ろでは男爵令嬢が泣きそうな顔で姉を見ていた。
姉はやっていないと首を横に振る。
当然だ。わたしがやったのだから。
だけど、周囲からはそうは見られていない。
姉の服を借りて、ずっと見てきた姉の仕草や表情をマネてみたら、拍子抜けするほどみんなは騙された。誰も姉のことなんてわかっていない。
それからも姉のふりをくり返すほど、姉にどんどん近づけるようになった。いままで好意的だった生徒も姉にたいして疑念を持つようになった。
するともっと姉は曇った表情をみせるようになった。
もっとだ。もっと。
もうわたしは歯止めがきかなくなっていた。
姉の格好をして鏡の前に立つ自分をみる。その表情はとても楽しげなものだった。
「アンジェリーナ、キミとの婚約を解消させてもらう」
突きつけられた言葉に姉は表情を凍らせる。姉の反応を待つ。考え直すように説得をするのか。それとも感情に訴えるのか。
姉ならばどちらもたやすいことだろう。
しかし、姉のとった行動は違っていた。
「わかりました」
あっさりとしたものだった。
王家とのやりとりで公爵家はにわかに忙しくなった。わたしたち姉妹は学園から離れて領地の屋敷に戻るようにいわれた。
「ごめんなさい、あなたにまで迷惑をかけてしまって」
謝る姉に気にしないでと言った。
久しぶりに姉妹二人でいられる時間が増えたというと、姉も「そうね」と少しだけ笑顔を見せた。
これほどまで騒ぎを大きくした姉の立場はそうとう弱くなっている。新しい嫁ぎ先を探すのも難しいだろう。
謹慎を強いられて、屋敷から出ることできなくなったが窮屈さはなかった。元々、他人と接することが得意なほうではなかったから。
一つ不満があるとすれば、姉のあの表情を見ることができなくなったことだろうか。
わたしは姉を心配する妹の顔をしながら、部屋をたずねた。なぐさめの言葉に姉はいつも通りに接してくる。
「いいのよ、そんなに落ち込んでいるわけではないから」
姉の言葉は、妹を心配させまいとしているのだと思っていた。
「私はうれしいのよ」
その言葉の意味がわからなかった。戸惑うわたしに姉がゆっくりと近づいてくる。その表情になぜだか強い既視感を覚えた。
「だって、いつもつまらなそうにしていたあなたがとても楽しそうにしてくれていたのだから」
ようやく気がつく。姉の口元に浮かんでいる微笑みはとても楽しげで、鏡の中でみた自分の表情と似ていたのだと。
「あなたは私の大事な、大事な、妹なのだから」
姉はわたしの体を引き寄せると両腕を背中に回し強く強く抱きしめてきた。