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8.マリアンネの人柄

翌日、マリアンネは部屋を移動することになった。奥様の部屋だと案内されたのはアレクシスの私室の隣だった。持参した物がほとんどなかったため、家具は屋敷で余っていたもので整えられた。


「家具はこのような形で揃えさせていただきましたが、他に欲しいものや変えたい物がございましたら遠慮なくおっしゃってください」


「私には身に余るお部屋です!ありがとうございます」


広い空間に高価な家具が置かれた部屋は輝かしく、目を輝かせ変にかしこまってしまった口調のマリアンネにモーリッツはクスッと笑った。


「本日は仕立て屋を呼んでおります。旦那様から奥様にドレスをお贈りしたいと伺っております。どうぞお好きなだけお作りになってください」


「オーダーメイドなんて初めてだわ。既製品でも充分なのに」


こんな贅沢して良いのかと困ってしまった。今までは極力節約して生活していたため、自分の身の回りのことは後回しであった。


「奥様。侯爵夫人には侯爵夫人としての役割もあるのですよ」


「役割ですか?」


「はい。裕福な生活を送っている貴族でしたらお金を使っていかなければなりません。一見贅沢にも思われますがお金を使うとその商人が潤い、また新たに取引が生まれ、回り回って地域も活性していくのです。お金は持っているだけでは意味がありません。回していくことが大切なのでございます。施しでもよろしいかと思いますがね。これが貴族として生まれた我々の義務なのです」


自分は貴族だったのに自分たちの生活で精一杯だった。説明に『裕福な』と添えてくれた辺りはモーリッツの配慮であろう。平民と違い、生まれながらに富や地位が与えられる貴族の義務。施しでも良い。もしかしたら自分を娶ってもらえたのは、侯爵様の慈悲の心からかもしれない、高位貴族に輿入れ出来たことは貴族に生まれたことによる恩恵なのかもしれないと、マリアンネは腑に落ちた。


「なるほど。我々ということはモーリッツも貴族出身なのね?」


「はい。私の生まれは子爵家の次男です。この歳ですからね、子爵を継いだ兄は亡くなっておりまして、現在は兄の長男が継いでおりますよ」


「モーリッツ自身にご家族は?」


「以前こちらで家政婦長をしていた妻と息子がおります。長男エルヴィンは別邸で執事の職務に当たっておりますよ。そろそろ私は引退しエルヴィンと交代をというお話が出ているところです。ご縁がありまして一家でローゼンハイム侯爵家に仕えているのです」


「そうでしたの。それにしても長くお務めになってるなんて心強いわね」


無知であった自分にさりげなく教えを説いてくれたモーリッツに信頼を寄せ、その彼の息子が後を引き継ぐ予定だということに安堵した。


(この侯爵家は安泰ね。支えてくれてる使用人にも恵まれてる)


「そういえば今の家政婦長は?お会いしてないように思うのだけど」


「家政婦長をしておりますフローラはお父様が危篤との連絡があり、お暇を頂き今は田舎に戻っているのです」


「そうでしたの。無事会えたかしら?」


まだ見ぬ彼女に想いを馳せた。


「大切なことを教えてくれてありがとう。とても勉強になったわ。またいろいろ教えてくださいね」


マリアンネは笑顔を向けた。


◇◇◇


マリアンネは毎日少しずつだが、使用人らと交流する時間を設けた。どんな仕事をし、それはどんな人物がしてくれているのか、身分は様々だが分け隔てなく交流した。ハインツェル伯爵邸では執事のヘンドリックがいてくれたため運営を手伝ってもらえたものの、他の使用人を雇う余裕がなく家事のほとんどを自分でしていたため、侯爵邸内の仕事に興味津々であったのだ。


ある日は、ランドリーメイドと洗濯洗剤の話を、またある日はチェンバーメイドと芳香剤の話を、またある日はパーラーメイドとお仕着せの話を。マリアンネは中庭が気に入ったようで、庭師ルドルフとは1日1回は話をした。


この日は料理長のダニエルの元を訪れた。


「休憩中にごめんなさい。お話をしてもいいかしら?」


「これは奥様。問題ございませんよ。私は料理長のダニエルです」


「あなたがダニエルね。ご挨拶遅れてごめんなさい。いつも美味しいお料理をありがとう。美味しすぎてつい食べすぎてしまうの。これでは太ってしまうわね」


「いえ、旦那様から奥様にたくさん召し上がっていただくよう仰せつかっておりますから。こちらにいらした日にお見かけしましたが、その時よりもいくらか健康的になられたようにお見受けし安心致しました。お好きなものや苦手なものはございますか?お料理の参考にさせていただきたいのですが…」


「どれも美味しくいただいているから、これといっては思いつかないわ。何かあったら注文するわね」


「かしこまりました」


「とても素敵な厨房ね。こちらで皆さんの賄いも作られてるの?」


「はい。旦那様や奥様と我々の食事時間と内容が異なりますので、時間をずらして調理を行っています」


「それでは手間がかかるのでは?今はアレクシス様がいらっしゃらないし、私も皆さんと同じ時間に同じものでも構いませんよ?」


「とんでもない!こちらが構いますよ!!」


2人のやりとりを横で見ていたモーリッツはクスッと笑った。


「奥様、あまり意地悪を言わないでくださいませ」


「え!?意地悪ですか?」


「奥様は女主人でございます。私たちは使用人なのです。私たちの仕事は主人に仕えることですから、お料理のことも贅沢してしまったとか手間を取らせてしまったとかはお考えにならなくて良いのです」


「そうなのね。なんだか難しいわ」


「奥様は今まですべての家事をご自分でなさっていたからでしょうか。この屋敷内の人々が家族である感覚なのでしょう。我々としては嬉しいお気遣いではあるのですが、奥様と同じという訳にはまいりません」


「先日は一緒に食べてくれたのに…」


マリアンネは膨れっ面をしている。「そんな可愛らしいお顔をされても駄目ですよ」とモーリッツは困ってしまった。


「そうでしたね。ですがあの時は特別でございます。お話もありましたし、ご用意していたお食事も同じものでしたから。階級社会ですからこの辺りは意識していただけますでしょうか?奥様は侯爵夫人でこの侯爵邸の女主人でございます」


「…わかりました。ではダニエル。初日の晩餐で出された薄切りの肉料理、実はとても美味しかったの、特にソースが気に入って。あれを今日の晩餐に出してもらうことはできる?」


「はい!奥様。同じソースでご用意致しますね!」


好奇心が旺盛で活動的、柔軟な対応力に適応力、穏やかで優しい性格に親しみやすさがあり、素直で愛嬌がある。そんなマリアンネのことを使用人らはすぐに好きになり慕った。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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