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7.急な視察

翌朝、朝食を共にするためマリアンネは身支度し居間へと向かった。するとそこにはすでにアレクシスが待っていた。


「おはようございます、アレクシス様。お待たせしてしまってすみません」


「おはよう、マリアンネ。いや私が早く来ていただけで、君はゆっくり過ごしてもらって良いんだよ」


2人が着席すると、朝食が運ばれてきた。マリアンネの前にはパンと具だくさんの野菜スープと焼かれたハムと目玉焼きが並んだ。


(朝からしっかり揃っているわ。今までは2食しか食べなかった、それもパンとスープだけだったけれど。そのスープも具があるのかないのかわからないくらい薄いものだった。パンだって小麦が手に入らないときは食べられなかったし。昨日の夕食に続いてこれでは、お腹びっくりしないかな?)


ふとアレクシスの食事を見ると、パンと野菜スープとコーヒーがあるのみであった。


「あの、アレクシス様はいつもどのようなものを召し上がっていらっしゃるのですか?」


「ん?」


アレクシスは自分の食事から視線を上げ、マリアンネの食事を確認すると、なるほどと呟くと質問に答えた。


「実は私はあまり食にこだわりも関心も無くてね。3食とも基本的にはパンとスープでも構わないんだ。それもあってか、ダニエルがスープの具をいろいろ工夫してくれるから、飽きることはないんだけどね。あ、晩餐はさすがにもう一皿くらいは食べるよ」


主が贅沢をしていないのに、自分がこんなにいただいても良いのかとマリアンネが困っていると、


「君は私に合わせる必要はないからね。食べたいものを食べなさい。でもしばらくは栄養を摂って欲しいから用意されたものをしっかり食べてくれると嬉しいな。君は痩せすぎだ」


「…私のことを心配してくださってありがとうございます。では遠慮なくいただくことにします」


そう言って食べ始めたマリアンネにアレクシスは安心した。


しばらくは他愛もない話をし、先に食べ終わったアレクシスは執務のために席を立った。


「君はゆっくりしてていいから。また昼食の時間が合えば一緒しよう」


「はい」


マリアンネは笑顔で見送った。


◇◇◇


アレクシスとモーリッツは執務室にやってきた。


「さて、始めるか」


「奥様とご朝食をご一緒されてたのですからもう少しごゆっくりされても良かったのではないですか?」


「そうしたかったが、昼食も一緒に摂りたかったからな。そちらに時間を確保しようかと思っている」


「左様でございますか」


「手紙を書きたい、準備してもらえるか?」


「はい。ではこちらを」


「ありがとう」


アレクシスは机に向かうと、手紙を書き始めた。


「どちらにお便りを?」


モーリッツは何の便りか気になり質問した。


「身近なものには結婚の報告をする。式を挙げていないから事後報告にはなるが、身内と親しい友人くらいは報告しておこうかと」


「なるほど。特にコルネリア様はご心配なさっているでしょうから、喜ばれることでしょう」


「ああ。しばらくお会いしてないな。ラインハルト様には先日お会いしたが」


アレクシスの姉コルネリアは、2人の幼馴染みでもあるラインハルト第三王子と結婚した。現在はアーベライン公爵となり地方で仲睦まじく生活を送っている。


「マリアンネに直接会うまでは誰にも告げずにいたんだ。何かあるかもわからなかったし。だが、昨日の1日だけでも彼女とは良縁であると感じたから、親しいものには近いうちに披露したいとも思う」


「それは大変素晴らしいことだと思います」


モーリッツは縁談を組むところから見守ってきた為、心から喜びを感じていた。


「それでは、私は昼食の前にまたこちらに伺います」


モーリッツは一旦退室した。


アレクシスは数名に手紙を書き終えると執務に取りかかった。


昼食までまだ時間があろうかという頃、モーリッツが手紙を持って入室した。


「先程お手紙が届きました。お目通しお願い致します」


それは辺境にある侯爵領地からの報告であった。


「なんてことだ…。道の修繕が必要な状況らしい。すぐに視察の準備をしてくれ」


「なんと!かしこまりました。昼食はいかがなさいますか?」


「移動しながら食べられるようまとめておいてもらえるか?」


「かしこまりました」


ローゼンハイム侯爵領は広大な敷地を持つ。本邸がある領地は首都に近い場所に存在しているが、辺境にも領地を持っていて今回はこの辺境へ視察に向かうことになった。


(マリアンネが来るから1ヶ月ほどは本邸から出るような予定は組まなかったのに。こればかりは仕方ない)


「モーリッツ。視察は2週間程になるだろうが、元々1ヶ月後に辺境へ行く予定だったんだ。この予定を前倒しにして用事を済ませてくる。よって期間は少し長くなるだろう。その間、仕立て屋を呼んでマリアンネにドレスを用意して欲しい。宝飾品も贈りたいところだが、こちらは私が戻ってからにしよう。あと先程書いた手紙を出してもらいたい」


「かしこまりました」


「マリアンネのことも頼んだよ。彼女にはきちんと私のことを知ってもらえたらと思っている。彼女が不安に思うようなことは取り除いてあげて、何か聞かれた際には君の判断に任せるよ」


「かしこまりました」


昨日は誤解で終わらずに済んだ。しばらく距離を置くことを不安に思ったアレクシスは、モーリッツを信頼し任せることにした。


(彼ならば踏み込んだ話は控えてくれるだろうし、マリアンネの不安を除く様に説いてくれるだろう)


◇◇◇


朝食後、マリアンネはイレーネに屋敷内を案内してもらった。


「大きなお屋敷ね。1人では迷ってしまいそう」


「奥様が行っては行けない場所等はございませんから、ご自由になさって良いそうですよ」


「アレクシス様がおっしゃっていたの?」


「はい。何がお好みかわからないのでお気に入りの場所を見つけられると嬉しいとお話されてました」


「そうだったの」


自分を思ってくれていることが嬉しかったマリアンネは胸が温かくなった。引き続き庭を散策していると何やら違和感を感じた。


「あら?馬車が準備されてるけど、何かあるのかしら?」


「そのようですね。屋敷内に戻りましょう」


エントランスではアレクシスが暗い顔をし出かける準備をしていた。


「奥様、お庭に行かれていたのですね?これから旦那様が視察にお出かけになりますのでお見送りしましょう」


「あ、はい。あのアレクシス様のご様子がおかしいように思うのですが…」




モーリッツの横にいるマリアンネを見つけると、アレクシスは近づいた。


「マリアンネ、急な視察が入った。しばらくは外出の予定は組んでいなかったのに君の側に居られなくなったのが残念だ」


(私と居られないことを残念に思ってくださっていたから暗い顔をなさっていたってことかな?)


「何かあればモーリッツに言ってくれ」


「はい」


「では、モーリッツ…、いや、マリアンネ。留守の間侯爵邸を頼んだよ。君は女主人だからね」


「!…はい!!かしこまりました」


「モーリッツ、彼女を支えてあげてくれ」


「はい、旦那様」


では行ってくるよとアレクシスが馬車に乗り込もうとすると、


「アレクシス様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


聞こえたマリアンネの言葉にアレクシスはくるっと向きを変え、つかつかとマリアンネの元に来ると手を取った。


「必ず君の元に帰ってくるから。待っていてくれ」


マリアンネを見つめ伝えると今度こそ馬車に乗り込み出発した。


呆気にとられたマリアンネはしばらく固まっていたが馬車が見えなくなると呟いた。


「まるで戦にでも行くような物言いね」


二人の様子を微笑ましく見守っていたモーリッツはマリアンネの呟きに答えることにした。


「奥様、後程お時間をいただきまして今回の視察に関するお話をしたいと思うのですが…」


「ええ。ぜひ。そうだわ!昼食を一緒に摂りませんか?アレクシス様とご一緒できると思ってましたから、一人の食事は寂しいわ。お願いしてもいいかしら?」


「はい。かしこまりました」



◇◇◇


天気も良く、この日は視察に出かける者のために簡単に食べれる食事を昼食に用意していたこともあり、中庭で食べることにした。


「こんなふうに食事なんてしたことなかったわ。花を愛でながらなんて素敵ね」


今までゆっくり食事をすることなんてなかったのだろう。自然を感じながらの食事にマリアンネが心踊らせている様子がとても可愛らしく、モーリッツは目を細めた。


「あの、視察をするにしても急だったわね」


「はい。今回の視察は侯爵領内の道の不備のためです。修繕が必要という報告でしたのでおそらくすぐに取りかかって安全を確認してからお戻りになるかと思われます」


「修繕に付き添われるのですか?」


「いえ、それ自体は担当者に任せられますが、侯爵領内といっても辺境にある領地のことですので遠いのです。指示を出されたあとはあちらにある別邸で待機されます。今回の場合は序でにあちらでの用事を済ませてくるそうですよ」


「そうなのね」


とても丁寧に仕事し、効率よくこなしているようだった。見習うところが多そうだとマリアンネは今までの自分に教えたいと思ってしまった。


「道路の修繕をこんなに早くとりかかるなんて、素晴らしい心積もりね」


「はい。それには理由があるのでございます」


「理由?」


「はい。旦那様のご両親である先代夫妻は移動中の事故で亡くなっております。旦那様が13歳の時でした。辺境でのお仕事を終え、こちらにお戻りになる道中でのことでした。他の領地内の道に不備があったようなのですが長い間そのままにされていたらしいのです。そこで旦那様の叔父上であるバッハマン伯爵が慰謝料をと訴えたのですが、長い間そのままだったが事故は1度もなかったので事故の原因はローゼンハイム側の不注意ではないかと却下されてしまったのです。不注意は否定できないものでした。事故を免れた従者は長い時間休憩もとらず帰路を急いでいたと証言したのです。この出来事から領地内の管理や修繕は最優先事項となりました。二度と事故が起こらぬように、そしてこちらの不備として訴えられないようにというものも考慮されております。また、旅の日程も余裕を持つことにしたのです。1日に移動する時間や距離は上限を設けております。本邸から別邸までは2日ほどで行けるのですが、事故以降は最低でも3日はかけるようにしています。御者の休憩をしっかり設けるようにしているのです」


「そんな背景があったのね。アレクシス様もお辛かったでしょうに…」


「そうですね。ただ幸いなことに、アレクシス様にもお姉様がいらっしゃるのですよ。奥様とハインツェル伯爵のような関係でした」


「私とユリウスですか?」


モーリッツの口からユリウスのことが出て驚いたが、アレクシスはフォルスター伯爵から事情を聞いていると言っていたため、モーリッツも知っているのだろうと悟った。


「はい。旦那様が侯爵となられたのは13歳の時です。まだまだ幼かったので5つ上のコルネリア様が支えていらっしゃいました」


「本当に、私とユリウスのようね」


「この移動時間の上限についてはコルネリア様の案なのですよ。執務を効率よくこなしていけるのもコルネリア様の影響が大きいですかね。男はどうしても1つのことでいっぱいになってしまいますから、女性の視点というのは素晴らしいですね」


「いえ、きっとコルネリア様が特別優秀だったのでしょう。私は役に立てたような気がしません…」


モーリッツは俯いてしまったマリアンネの様子に慌てた。


「そんなことはございません!!継ぐことになった状況が違いますから。奥様はたくさんご苦労なさったのでしょう。これからは穏やかにこの侯爵邸でお過ごしになれるよう私どもも努めてまいります」


「ありがとう、モーリッツ」


この後は、庭を気に入ったマリアンネが庭師を紹介して欲しいとお願いしたため、専属庭師のルドルフと挨拶を交わした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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