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6.アレクシスの真意

晩餐も終わり、私室に戻ったアレクシスはソファに腰掛けると、大きなため息をついた。


(美しかった…。着飾ったマリアンネはとても美しかったな。彼女への対応が不遇にならぬようにと守るつもりで婚姻を結んでしまったが結果として良かった。マリアンネはもう私の妻だ)


アレクシスは沸き上がる喜びを噛みしめ、悶えていた。


(本当ならば今すぐにでもマリアンネに触れたいが、しばらくは閨を共にしないと言ってしまった。結婚の目的が跡継ぎのためであったことを伝えてしまった手前、すぐに共にしてしまうと彼女の身体が目的だと言っているようで出来なかった。今思えば何も考えずに初夜を迎えてしまえば良かったかもしれない。でも、前の時と同じように、嫌悪感を持たれたらと思うと怖い。マリアンネには嫌われたくない…)


同情もあってマリアンネを引き受けたが、ほんの数刻の間に彼女の見た目も中身も美しいことを知った今では彼女を愛おしく思う気持ちでいっぱいになった。彼女に嫌われたくないという気持ちが強くなってしまったが避けては通れない行為に頭を悩ませた。


(結婚したからには、白い結婚では意味がないのだ。そもそも私の結婚の目的は跡継ぎをもうけることだ。あぁ!もう!こんなことで悩まないといけないなんて。これこそ呪われてる)


『呪われた侯爵』という不名誉なあだ名は、前妻エルヴィーラがつけたものだ。初夜を迎えたエルヴィーラはありのままのアレクシスを見ると彼を拒絶した。それ以降エルヴィーラはアレクシスに嫌悪の視線を向け続け、離縁となった。エルヴィーラは離縁に至った経緯を、自分は悪くなくローゼンハイム侯爵が呪われていたからだと撒き散らしていった。家格や見た目から女性に言い寄られることが多かったアレクシスとの結婚を勝ち取ったエルヴィーラの話は信憑性を増してしまい、おかげで貴族令嬢からは避けられ女性とは縁遠くなってしまった。


(あの女のせいで近づいてくる令嬢もいなくなり、まあ、言い寄られることが無くなったのは幸いだったが、結婚できないのは侯爵家としては死活問題だった。でも今となっては感謝だな。マリアンネと出会うことができた。社交に一切出ていなかった彼女と出会うことなど普通ならばできなかっただろうからな)


アレクシスはマリアンネを思い浮かべた。


(本当に美しかったな、緑色のドレスを身に纏った彼女は。…あれ?彼女に美しいと伝えたか?…伝えてないな…。何てことだ…)


そこへ、失礼しますとモーリッツがやってきた。

部屋に入ると、何やら青ざめているアレクシスと、寝支度のために私室に来ていた侍従のマルクスがいた。


「旦那様はいったい何をなさっているのです?」


「入室した途端に考え込み、顔を赤くしたり青くしたりを繰り返されてます」


「…これは、我々に気づいてませんな」


「はい。どうしたものかと考えていたところでして…」


2人は悩んだものの、このままではこの日の仕事が終わらないため、声をかけることにした。


「あの、旦那様。よろしいでしょうか?」


モーリッツの声に我に返り、アレクシスは顔を上げた。


「あ、いたのか。どうした?」


何事も無かったように対応しているアレクシスを見るに、待たなくても良かったのか?とマルクスは思った。


「明日のご予定を確認したかったのですが…。奥様を迎えてはじめての1日となりますから。特別なご予定はございますでしょうか?それともいつも通り執務を行いますか?」


「いつも通り執務をするつもりだった。そうか、なるほどな。そうだな…、できる限りマリアンネと過ごす時間も作りたい。あ!食事を共にできるときは一緒にと声をかけるのを忘れてたな…」


「それでは、後程奥様にお伝えしておきましょうか?」


それを聞いたマルクスは素直に発言した。


「え!?モーリッツ様。それは野暮ではございませんか?これからお二人でお過ごしになられるでしょう?」


この発言にアレクシスとモーリッツは意味合いは違うもののそれぞれ青ざめた。


(閨は共にしないと言ってしまったんだよ…、マルクス…)


「マルクス!本日お二人はそれぞれのお部屋でお過ごしになられます。それに旦那様を前に無礼な発言ですよ」


「モーリッツ。…いいんだよ。マルクスの考えが普通だろう。マルクスがこの屋敷に来たのは私が離縁した後だ。事情を知らないだろう。マルクス、晩餐でもマリアンネにしばらくは閨を共にしないと伝えたからこの後は普通に休む予定だったんだよ。……でも、そうだな…。マリアンネともう少し話がしたい。ホットミルクを用意してくれるか?」


「かしこまりました。お持ちいたします」


「出過ぎた真似を致しました。失礼しました旦那様」


マルクスは過去に何か深い事情があったのかと理解した。


◇◇◇


イレーネとハンナに肌の手入れをしてもらうと、用意してもらった中で最もシンプルなデザインの寝間着を着た。


「こちらでよろしかったのですか?」


「ええ。しばらくはこのようなもので大丈夫よ」


そこに扉をノックする音が響いた。


「はい。どうぞ」


「失礼するよ、マリアンネ。もう少し話がしたくて、良かったらミルクでも飲みながらどうかな?」


2人分のカップを持ってアレクシスがやってきた。マリアンネは驚いたがアレクシスを室内に招いた。


「はい。ではこちらに…」


それを確認するとイレーネとハンナは退室していった。

室内はアレクシスとマリアンネの二人きりとなった。


「今夜の料理はどうだった?美味しかったか?」


「はい。とても豪華でしたし量にも驚きました。素晴らしいお料理でした」


「ああ。確かに凄い量だったな。料理長のダニエルはずいぶんと張り切ったようだ。気に入った料理はあったか?」


「どれも素晴らしかったので、どれがというのはありませんでした。全て気に入りました」


「そうか。食べたいものがあればリクエストしてくれて構わない。君はたくさん食べた方がいい。痩せすぎだ」


「…今まで食べることもやっとでしたので、貧相な姿で申し訳ありません」


マリアンネは俯いてしまった。


「あ、いや責めてるわけではなく今まで苦労してきただろうから、これからは豊かに暮らして欲しいと思っているんだ」


アレクシスはマリアンネの両手をとり、自分の手で包み込んだ。


「働き者の手をしている。今までたくさん働いたんだろう?ここではゆっくり休んでいてくれて構わないから」


「(ん?)!!もしかして、ここでは何もすることはないって、休んでいて良いよってことだったんですか?」


「ああ。そのつもりで言ったのだが…、違うように受け取ったか?」


「あの、私に与える役目はないのだと…、侯爵夫人として振る舞うことはしないようにと言われてるのかと思いました」


「そんなつもりではない!君は私の妻だ。侯爵夫人だよ。女主人として振る舞ってくれて構わないんだ」


自分の思いとは異なった伝わり方をしていたことにアレクシスは驚いた。


「…良かった。今、君とこうやって話ができて。誤解させたままにならなくて」


「はい。私もお話できて良かったです」


「あの、他にも晩餐でのことで何か聞きたいことがあったりするか?」


「ええと、私は政略結婚だとしても初夜はあるものと思っておりました…。私に魅力がないのかと…」


アレクシスは慌てた。


「それに関しては君に非は全くないんだ。私の問題なんだ。私は一度結婚生活を失敗している。君とは名ばかりではなくて、きちんと夫婦になれたらと思っている。だからお互いをよく知ることから始めたかった。特に私のことをよく知って欲しい。その上で進めていけたらと思っている」


「そうだったのですか。そこまで真剣に考えてくださっていたんですね。かしこまりました。私たちの良い時に先に進んで参りましょう」


アレクシスを見上げて微笑んでくれたマリアンネはとても愛らしかった。


「君とはできる限りの時間を共にしたいと思っている。今みたいにたくさん話ができたらと。食事を共にできるときは一緒にと思っているんだけどどうかな?」


「はい。ご一緒させてください」


「よかった。実はこれを伝えようとミルクを持ってここに来たんだ」


ははは、とアレクシスははにかんでみせた。マリアンネは体温が上がっていくのを感じた。


「では、今日はこの辺で休むとしよう。また明日」


アレクシスはソファから立ち上がり扉の前で立ち止まると振り返った。


「あ、それともう一つ。今日の君はとても美しかったよ。今日君が纏ったドレスは急遽揃えたものだから、今度改めてドレスを贈らせてくれ。ではおやすみ、マリアンネ」


「ありがとうございます。おやすみなさい」


部屋から出ていったアレクシスを見送ると、マリアンネはその場に座り込んでしまった。


(いろいろと誤解していただけだったのね。誤解が解けただけでも嬉しかったのに…、どうしよう、アレクシス様が素敵すぎる!!)


これまで貴族令息と深い付き合いの無かったマリアンネがアレクシスに好意を抱くには充分すぎるひとときであった。


(私にとっても初夜を遅らせることはありがたいことだわ。とてもじゃないけれど、心臓が持ちそうにないもの!!)


ホットミルクを飲み、悩みも払拭され、暖かく柔らかいベッドに横になったマリアンネは、翌朝まで深く眠ることとなった。


アレクシスはというと、マリアンネとのひとときに胸が鳴り止まず目が冴えてしまい、なかなか寝付くことが出来なかったのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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