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5.はじめての晩餐

マリアンネが目を覚ますと、一人の侍女が声をかけてきた。


「奥様、ご気分はいかがですか?眠られてしまったので、ベッドまでお連れしていたのですが」


驚いたマリアンネは、キョロキョロと辺りを見回した。

自分は広く綺麗な部屋のベッドの上にいる。


「あ、眠ったおかげで、今はスッキリしています。寝てしまってごめんなさい。あの、あなたは?」


「失礼しました。私はイレーネと申します。旦那様から奥様にお仕えするようにと仰せつかっておりますので、何でもおっしゃってください」


「そうなのですね、ありがとうございます。では、これからよろしくお願いします」


丁寧に挨拶をするマリアンネに、クスクスとイレーネが笑った。


「あの、奥様は私のご主人様でございますから、敬語は使わずにお話されて良いのですよ」


「そうなのですね…。あ、そうなのね。その方が良いのかしら?」


指摘されて恥ずかしかったのか、頬を赤らめ照れたようにマリアンネは返事をした。その姿にとても素直で可愛らしい人だとイレーネは思った。


「お立場上その方がよろしいと思います。徐々に慣れていかれると思いますよ」


この屋敷の主であるアレクシスとの縁談でここに来たものの自分の立ち位置がいまいち理解できていないマリアンネは客人でいることしかできないでいたが、使用人らはもう自分に仕えようとしてくれている。


「わかったわ。やってみます」


すぐに切り替えて返事したマリアンネに、イレーネは賢い人だと感心した。


「それと、体調がよろしければ、本日の晩餐をご一緒にと旦那様からご招待頂いております。いかがなさいますか?」


「私なんかがご一緒してよろしいのかしら?」


「なんかではないですよ。奥様なのですから」


「でも、私は美しくないわ」


自分の手とイレーネの手を見比べているマリアンネの姿に、イレーネはいじらしさを感じた。イレーネは「失礼します」とマリアンネの手を取った。


「見た目の美しさはいくらでも変わりますから。私たちにお任せください。これからは私とハンナが奥様にお仕えいたしますので、ご安心くださいませ」


イレーネのあたたかい手と言葉に、マリアンネは涙を滲ませた。


「ありがとう、イレーネ」




この後マリアンネは湯浴みをし、傷んだ毛先を切ってもらい、全身オイル漬けにされるなど、この日出来る最大限のことをして磨き上げてもらった。


ドレスはハンナが見繕ってくれた中から緑色のドレスを選んだ。アレクシスの瞳と同じ色だったからだ。


髪を結い上げ、化粧を施してもらった。


イレーネとハンナは満足げに微笑んだ。


「とても素敵ですよ、奥様。どうぞ、お鏡の前でご確認くださいませ」


マリアンネは鏡の前に立つと、驚いた。


傷んでいた髪の毛も日焼けでくすんだ肌もわからないようにしてあり、化粧のおかげで血色も良く元々綺麗な顔立ちをしていたマリアンネは見違えるように美しくなった。


「これが私?」


「はい。奥様でございますよ。本日は応急的に行いましたが、毎日お手入れをすればもっとお美しくなられると思いますよ。こんなにお美しいお方だったとは、旦那様も驚かれるのではないでしょうか」


アレクシスの話題に、マリアンネは顔を赤く染めた。


(先程は、お恥ずかしい姿を見せてしまったわ。とてもやさしく寄り添ってくださったあのお方の奥様だなんて嬉しい)




◇◇◇



食堂へ向かうと、アレクシスが先に待っていた。


「お待たせして申し訳ありません」


マリアンネは目を合わせると微笑んだ。


「こちらのドレスをご用意してくださったそうで、ありがとうございます」


マリアンネを見つめたまま、しばらく固まっていたアレクシスは漸く言葉を発した。


「…ああ。着れたようで良かったよ。そちらに掛けたまえ」


すっと目を逸らしアレクシスは席についた。


(あ…、似合わなかったかしら。…緑を選ばなければ良かったかな。不快な思いをさせてしまったのかもしれない。先程はとてもやさしいお声でお話ししてくださったんだけど…。こんな即席の女性では魅力なんてないわよね)


マリアンネは目を伏せた。


目の前には食事がどんどん運ばれてくる。見たこともない量であった。


(こんなにたくさん、食べられるかしら)



「体調は大丈夫か?」


しばらく会話もなく食事が進んでいたが、アレクシスから話しかけられた。


「はい。あの、先ほどはお恥ずかしい姿をお見せして申し訳ございませんでした」


「いや、いいんだよ。ここでは我慢することはない。これからは毎日を穏やかに過ごしてくれたら嬉しく思うよ」


「!…はい、ありがとうございます」


アレクシスは優しい微笑みをくれた。マリアンネは先程の素っ気なかったアレクシスとは違った様子に驚くとともに、胸が熱くなった。


もうすぐ食べ終わろうかという頃、また2人の会話が始まった。


「君はこの結婚についてはどう思っている?」


「どう思うかですか?」


「ああ。私のことを聞いた上で受けてくれただろう?この結婚に対してはどのような思いがあるのかと」


マリアンネはこの話をもらったときに考えたことを正直に答えた。


「私は生活に困らなければ構わないと思いこちらの縁談を受けました。使用人として置いていただくでも構わないからとお願いしたいところでもありましたが、私を侯爵様の奥様として迎えていただけたのはとてもありがたいです」


「そうか…」


何か納得したような顔つきのアレクシスに、今度はマリアンネが質問した。


「あの、侯爵様はなぜご結婚相手をお探しだったのですか?そしてなぜ私をお選びになってくださったのでしょう?」


(侯爵様は見目も麗しいし、穏やかで優しそう。家格も申し分ないし、この侯爵邸の様子からしても経営もきちんと出来ていそうだし、お相手はいくらでもいそうなのに、やはり噂の所為なのかしら)


「結婚相手を探していたのは跡継ぎがいないからだ。私の年齢のこともあってそろそろ妻を迎えたかった。そんな折りにフォルスター伯爵から話をもらったからね。私にとっては良縁だと思っているよ」


「そうでらっしゃったのですね」


(お世継ぎのためだったのね。たまたま侯爵様の良い時期に私との話が舞い込んだのね。子供を産んでくれる女性が必要だったんだわ。それならば私でも出来るだろうけれど、こんな私で良いんだろうか)


マリアンネが少し浮かない顔をしていると、


「まあ、この件に関しては追々考えていこう。まだ閨を共にするつもりはないからあまり構えなくていい」


「え?あの、でもお世継ぎが必要だったのではないのですか?」


「ああ、しかし私たちはお互いをよく知らない。婚約期間を飛ばして婚姻を結んでしまったからな。そういうことに関してはもう少しお互いを知ってからが良いかと考えている」


(お互いを知ってから…。政略結婚だとしても初夜はあるものだと思っていたわ。私を抱けないということかしら?無理もないか、こんなに女性としての魅力がなければ…)


身なりは少しマシになっても、体型は栄養が足りていなかったため、とてもじゃないが魅力的とは言い難かった。アレクシスの目を見ることができず、マリアンネはうつむいてしまった。もしかしたら愛していただけるかもしれないという思いを抱いてしまったことを恥ずかしく思ったからだ。


「あ、そうだ。先程から気になっていたんだか、君は私の妻なのだから、私のことは名前で呼んでくれないか?私も君のことをマリアンネと呼ぼう」


「え!?あ、はい。あの、もう婚姻を結んでいるのですか?」


「ああ、そうか。フォルスター伯爵からは聞いてなかったのか?君の意見も聞かず話を勝手に進めてしまってすまなかった。今日君を妻として迎えられるよう予め婚姻を結ぶ手続きは済ませてあるんだ。だからもう君はローゼンハイム侯爵夫人だよ」


「そうでしたか。ではアレクシス様とお呼びしますね」


「ああ」


またアレクシスはマリアンネに優しく微笑んでくれた。マリアンネは顔が赤くなるのを感じ、隠すように俯いた。


アレクシスはモーリッツに何やら話しかけている。するとモーリッツが数名の使用人を食堂に連れてきた。


「マリアンネ、実は挨拶の時に紹介しようと思っていたんだ。この屋敷にはたくさん使用人がいるが、君の身近で仕えるだろう者たちを紹介しておく。特に執事のモーリッツはこの屋敷に仕えて長い。何かあればこのモーリッツに相談してくれ」


「はい」


マリアンネは了解した。


「それとみんなも、急なことだったが対応してくれて感謝する。マリアンネは正式な私の妻だ。これからよろしく頼むよ」


「「「かしこまりました」」」


使用人らはとても穏やかな笑みを浮かべていた。中には涙を浮かべてる者もいた。使用人らの様子から自分は歓迎されていると見受けられ、マリアンネの心は安堵と喜びで満ちた。


「こちらはもうわかるね、イレーネとハンナだ。マリアンネの専属侍女に就いてもらおうと思ってる。構わないかな?」


「はい。今日もとても美しくしてもらいました」


「これからはイレーネとハンナに毎日磨き上げてもらいなさい」


「はい。あの、夜会や社交の機会が多いのでしょうか?」


「いや、私はそのような場が好きではないから最低限のものにしか出席しない。君もしなくていい」


(社交をしなくていい?)


「あの、私は何をしたら良いのでしょうか?」


「いや、ここでは何もすることはないよ」


「…何もないのですか?」


「ああ」


(ここでは私がすることがない!?私はいったい何のためにいるのかしら?あ、世継ぎを産むためか…、でもまだいいって。…あ!綺麗に磨けというのは、美しくない私を抱く気にはならないということか!…こんなに素敵な方だもの、たまたま私との話があったからなんて言ってくれたけど、きっといろいろと都合が良かったんだわ、立場としては私に拒否権なんてないもの)


また俯いてしまったマリアンネに、アレクシスは首を傾げた。


「うーん、そうだな、しばらくは君が普通の伯爵令嬢だったら嗜んでいただろうことを満喫したら良い。今までやりたくても出来なかったこととか。君が望むことがあれば用意するぞ」


「はい…」


(なるほど…そういうことで時間を潰せってことかしら?それにしても普通の伯爵令嬢って何をするのかしら?)


マリアンネはずっと働いていたため、普通の令嬢が何をしているかなんて想像も出来なかった。



◇◇◇


マリアンネは部屋に戻ると、食堂では耐えていた涙が溢れてしまった。


「奥様!?いかがなさいましたか?」


寝支度をするために部屋にいたイレーネとハンナは驚いたが、そんなマリアンネに寄り添った。


「ううん、なんでもないのよ。緊張していたのかしらね」


2人の手元を見ると、ただ寝るだけにしては美しくなるための品々が準備されていた。


(妻だとお話があったからそう思うでしょうね)


「ええと、しばらくは私のお役目は無さそうですから、2人とも今日は早めにお休みになって」


「「?」」


晩餐の前半にどんな話をしていたか知らない2人はマリアンネの涙の理由や言葉の意味がわからなかった。


「かしこまりました。しかし私たちは奥様を磨き上げるよう仰せつかりましたので、寝る前のお手入れだけはさせてもらえますでしょうか?」


「ええ。奥様は原石でございますよ。もっともっと輝けます!明日からもお手伝いさせてくださいね」


「…ありがとう」



マリアンネはアレクシスに愛されることを期待してしまったが彼にとっては行く当ても無くなる貧乏令嬢の生活を守る代わりに跡継ぎを産んでもらうという、結婚という名の契約をしただけに過ぎないのだろうと考えた。


(気持ちの浮き沈みが激しかったわね。期待と失望が行ったり来たりで。それにしてもアレクシス様の垣間見える優しさと笑顔は反則だわ)


そして、マリアンネは二人に荒れた肌の手入れをしてもらった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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