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4.対面

いよいよ、マリアンネをローゼンハイム侯爵邸に迎える日となった。


使用人たちは朝からそわそわと落ち着かなかった。アレクシスが奥様を迎えることへの期待と、当主の緊張を感じ取れるからでもあった。


迎えに出していた馬車が屋敷に到着した。アレクシスは窓からその様子を眺めていた。


(到着したか)


馬車から1人の女性が降りてきた。小柄なため女性というよりは少女と言えなくもない。


(彼女の侍女か?)


しかし、他に人が降りてくる様子もなく、持ち込んだ荷物も衣装箱1つだけだった。身ひとつでも構わないとしたものの、あまりの少なさに驚いた。


(これだけ!?)


この光景にはマリアンネの貧困の度合いが読み取れた。


◇◇◇


モーリッツはマリアンネを応接室へと案内した。


「奥様、こちらでお待ちくださいませ」


「…はい」


案内されたソファーに腰掛けキョロキョロと広い応接室を見渡しているとアレクシスが応接室にやってきた。


マリアンネは立ち上がり挨拶を交わした。


「遠いところご苦労であったな。私がこの侯爵邸の主アレクシス·ローゼンハイムだ」


「はじめまして侯爵様。私はマリアンネ·ハインツェルと申します。ハインツェル伯爵の姉でございます。この度は私をお迎えいただきありがとうございます」


「…」


アレクシスは、マリアンネの姿を見て驚いた。体は小柄で細く、綺麗にまとめているものの髪は艶がなく傷んでいた。日に焼けた肌はくすんでいて、とても伯爵家に住む令嬢とは思えなかった。


マリアンネはアレクシスと目を合わせたものの、すぐに目を伏せてしまった。言葉を失い自分を見つめているアレクシスに羞恥心を抱き、ドレスの裾を力一杯握りしめた。


そんな2人の様子をモーリッツは心配そうに見つめた。


「その、身ひとつでも良いと言ったものの…、今回のことでフォルスター伯爵からの支援はなかったのか?」


契約に近いが一応輿入れだ。準備するにも1ヶ月ほどあったから身なりを多少は整えてくることも可能であっただろうにもかかわらず。それに今身に付けているドレスも古そうである。


ランドルフのことを訝しむアレクシスに、マリアンネは慌てて発言した。


「あの、フォルスター伯爵様からはご支援の申し出をいただきました。しかし、その支度金をハインツェル伯爵に使わせていただきましたので、私の持ち物はこちらだけでございます」


「なぜ自分には使わず、ハインツェル伯爵に使ったのだ?これからフォルスター伯爵家の養子になるのだろう?侯爵家に嫁ぐ君も使うためのものだったのではないか?」


「…」


返答に困っている様子のマリアンネに、アレクシスは優しく説いた。


「正直に話しておくれ。フォルスター伯爵からはだいたいの事情を聞いている。彼が君を思っての縁談だったからこそ、今の君の様子に驚いているのだ。なぜ自分には使わなかったのだい?」


優しい声音に変わったアレクシスに、マリアンネは少し緊張を解いた。


「ハインツェル伯爵である弟ユリウスのために使わせていただきました。フォルスター伯爵夫人のお眼鏡にかなうよう、ユリウスを磨き上げるために使いました。ユリウスが持参する物を揃えるためにも使いました」


「君は、フォルスター伯爵夫人のことを知っているのかい?」


「いえ、直接お会いしたことはございませんしフォルスター伯爵様もはっきりとはお話されませんでしたが、何となくそうした方が良いと思ったものですから」


「そうか」


アレクシスは、マリアンネのことを聡い人であるなと思った。


「支度金を君に使っていないことをフォルスター伯爵は知っているのか?」


「はい。報告いたしました。さすがにこちらに向かう日に着るものもないのは困るであろうとフォルスター伯爵夫人や長女のエミーリア様の不要になったドレスを用意してくださったのですが、あいにく私の体型では着こなすことができず、調整も間に合わなかったものですから、古いものですが母が残していたこのドレスしか身につけられませんでした。お見苦しくて申し訳ありません」


確かにデザインが古く最近では見かけない衣装であった。


「いや、見苦しくはないよ。古い物なのだろうが上質な生地で仕立てられてるな。今ではあまり手に入らない代物ではないか?それをこの綺麗な状態で保管していたなんて、とても大切にしていたのがわかる。母親の形見なのだろう?今日という日に着てきてくれてありがとう」





それを聞いた途端、マリアンネは慟哭した。





この様子に一同は驚愕した。


アレクシスは紹介しようとマリアンネの身近に仕えるだろう使用人もこの場に呼んでいたのだが、マリアンネのあまりの姿に、同席していた者たちを一旦部屋から出した。

マリアンネのこんな姿を他人に見せてはいけないと思ったからだ。


アレクシスは触れて良いのか悩んだもののそのままに出来るわけもなく、マリアンネを支えるように抱え移動しソファに掛けさせた。落ち着かせるためにアレクシスも寄り添うように腰掛けた。


より近くでマリアンネを見たことで、彼女の手にあかぎれやペンだこが出来ていることや指の細さに、そして彼女に触れたことであまりの細さに驚いた。


しばらくの間無言でいたが、マリアンネの様子を見ながらアレクシスは問いかけた。


「私が何か失礼なことを言ってしまったかな?」


「いえ、侯爵様は何も…」


慟哭した原因は自分ではないとわかったものの、理由が知りたかったアレクシスは声をかけた。


「私はフォルスター伯爵に君の生活を保証することを約束している。どうか抱え込まず私を信じ話して欲しい」


アレクシスを頼らざるを得ないマリアンネは、やさしく声をかけてくれるアレクシスの裏を読むことなど出来なかった。気がつけば部屋には二人きりで他の人影がなかったこともあり、彼には包み隠さず伝えることにした。


「このドレスは、母の形見だからと持っていたのではありません。捨てることなど出来ずに残っていたものです」


「形見ではない?」


「形見と言えば形見なのでしょう。ですがこのドレスと私の所為で母は自ら命を絶ったので、私にとっては…」


ディアナの死が自殺だったと思いもしなかったアレクシスは驚いた。そしてその原因は自分にあると言っているマリアンネに対するものとして、慟哭のきっかけとなった先程の自分の発言は正しかったかと振り返った。彼女にとってこのドレスは良い思い出のあるものではないのだろう。大切に保管していたのではなく、触れることすら出来なかったのではないだろうか。


「その、君とドレスの所為というのはどういうことなのだろうか?」


「貧しかった我が家では新しいドレスなんて用意できませんでした。このドレスは私のデビュタントの為に、母が自分の衣装の中で最も高価だった1着を手放すことなく大切に残していた物なのです。私はこの衣装を着て無事デビュタントが出来ました。しかし母の古いドレスでしたから時代遅れだと周りのご令嬢に冷やかされました。その出来事を私は隠していたのですがいつの間にか母の耳に伝わってしまったのです。私のデビュタントは成功したものだと思っていた母にとっては耐え難いものだったのでしょう。『マリアンネ、ごめんね』という私への謝罪の手紙を残し命を絶ちました。私がもっと堂々としていれば、このドレスを着なかったら、そもそもデビュタントなどしなければ、タラレバを並べたら切りは無いのですが母の死は私とこのドレスの所為だと思わざるを得ないのです。このドレスはもう見たくはない、でも母が私の為にと大切にしてくれていたのも知っています。このドレスには複雑な思いが込められていたので、侯爵様からのお言葉が……」




「嬉しかったのです……」




えっ!?とアレクシスは驚いた。話を聞いていくうちに、彼女のこのドレスへの思いはマイナスのものだと感じ、自分の発言で辛い思いをさせてしまったと考えたからだ。


「嬉しかったのか?」


「はい。侯爵様の言葉が胸に刺さりました。このドレスが誉められ認められたことに…、このドレスは存在していて良いのだよと、大切にして良いのだよと、母が喜んでいるよと言ってくださったように思えて…。母の生涯を悲しみで終わらせてしまったと思っていましたから…」


自分のことではなく衣装と母を想っての涙に、なんて健気なのだとアレクシスは思った。なんて心が美しいのだろうとも思った。


また泣き出してしまったマリアンネを落ち着かせていると、言葉にして吐き出して安心したのか彼女は眠ってしまった。


アレクシスは扉の先にいるであろうモーリッツを呼ぶと、事情とこの後の対応について話した。


「左様でございましたか。とてもお辛かったでしょうに…」


モーリッツはマリアンネの事情を知ると涙を浮かべた。


「泣き疲れて眠ってしまったようだ。彼女を部屋に運ぶ。部屋は用意できてるか?」


「はい。本日は客室をご用意しております。お持ち込みになる荷物によって奥様のお部屋を整える予定でしたが、奥様のお持ち物が少ないですから、不足分を補い明日には正式なお部屋をご用意出来るかと」


「そうか。あとそうだな…、ハンナを呼んでくれ。侍女の中でハンナが一番背格好が似てると思うのだ。身ひとつで来ることも考え何着か用意していたがここまで小柄だとは思わなかった。マリアンネ嬢に合わせた衣装を増やそう。後できちんと贈りたいと思うのだが、今すぐ着れるようなものも持ち合わせていないだろうから、ハンナにドレスと寝間着を取り急ぎ数着用意するよう伝えてくれ」


「かしこまりました」


「まずは移動しよう」


アレクシスがマリアンネを抱き上げた。軽いだろうとは想像していたが、思っていた以上に軽かった。


(まずはたくさん食べさせよう。よくここまで頑張ったな)


ベッドに寝かせると、侍女のイレーネを呼び、マリアンネの目覚めまで側にいてあげるよう指示した。


アレクシスは執務室に戻ると、モーリッツと今後について話をした。


「彼女はここまでよく頑張ってきたと思う。まずは健康な女性に近づけてあげたいから、しっかり食事を摂らせてあげて欲しい。そしてゆっくり休ませてあげたい」


「かしこまりました」


「それと、彼女の侍女には先程のイレーネとハンナをつけてあげてくれ」


「かしこまりました。2人をお選びになった理由をお教え願えますでしょうか」


「まずハンナは背格好が似ている。おそらくマリアンネ嬢は贅沢を言わないであろうから、何か物を揃えてあげたい時に何かと参考になるだろう。それと歳はマリアンネ嬢より若い。彼女のデビュタントを知らない者が良いと考えた」


「なるほど、先程のお話ですね?」


「ああ。彼女のデビュタントは苦い思い出となっている。そこに居合わせた者かどうかはわからないが、使用人の中にも貴族はいるからな。特に上級使用人は貴族が多い。少しでも関わりが薄そうな者にした」


「イレーネはどのような理由で?」


「イレーネは使用人の中でも信頼を置いている。歳はマリアンネ嬢と同じくらいで貴族令嬢だが、誰かを見下すような真似をしないからな。そして、イレーネとハンナには、マリアンネ嬢を毎日磨き上げるよう伝えてくれ。まずは伯爵家出身の令嬢としての輝きを持たせてあげたい」


「かしこまりました」


モーリッツはこの短い時間で采配を判断したアレクシスの仕事ぶりに感心した。そしてマリアンネを思いやるアレクシスの様子に、愛が芽生えることに期待したのだが…。


「ほんとうに大変だったろうな。みんなにも伝えておいてくれ。やさしくあたたかく彼女を支えてあげて欲しいと」


「かしこまりました…」


なんか違う…とモーリッツは感じ始めた。


(これは、もしや…、同情!?恋慕ではなく!?)


なんとつっこんだら良いかと思ったものの、会って間もないからまだわからないと、モーリッツは様子を見ることにした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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