3.ランドルフの計画
ランドルフは、再びローゼンハイム侯爵邸を訪ねた。
「マリアンネ嬢の了承が得られたようで、良かったよ」
「はい。私が用意した縁談ならばと、受け入れてくれました。そしてこの件に関して委任してもらっています」
「私はマリアンネ嬢の了承を条件としたからこの縁談は進めていく。しかし伯爵に確認したいことがある。真意は何だ?」
「真意とはどういったことでしょうか?」
「あなたは、マリアンネ嬢の生活を守って欲しいと言っていた。婚約ではなく契約をしたかったのではないか?マリアンネ嬢を引き取るという」
「…」
「なぜ、2人とも養子に迎えられないのだ?金銭的に困窮していた2人に、金銭的な理由で2人とも迎えることが出来ないと言えば納得するであろうが、マリアンネ嬢を養子に迎え伯爵令嬢となれば、利用価値はあるであろう。それから縁談を組めば政略結婚が可能だ。一度養子に迎えることはマリアンネ嬢に不都合が生じるからではないか?私はこの縁談の話を聞いて、マリアンネ嬢を保護すると決めた。そこは安心して欲しい。さあ、話してくれ、伯爵」
ランドルフは緊張で浅くなった呼吸を整えた。
「前回のお話だけで、そこまで解釈をされたのですか。私の練りに練った策を、たった数十分の会話で。かしこまりました」
フォルスター伯爵家とハインツェル伯爵家は良好な関係であった。ランドルフはディアナと幼馴染みであり、次第に好意を寄せるようになった。両家の子供たちが成人を迎えると、資金援助が欲しいフォルスター家と婿が欲しいハインツェル家は政略結婚を取り交わした。当然の事ながら婿に選ばれたのは、長男のランドルフではなく次男のクリストフであった。このクリストフの資金の持ち逃げにより、ハインツェル伯爵家は貧困に苦しむことになった。助けたかったランドルフは父に支援を申し出たが、父はクリストフの愚行に関わろうとはしなかった。ハインツェル家には一切近づかなかったのだ。ディアナを助けたかったランドルフは爵位を継ぐと支援を始めようとしたが、既にディアナは亡くなっていた。せめてディアナの血をひく子供たちだけでも救ってあげたかったのだが、今度は自分の妻と娘が問題となる。妻アウレリアは子爵の出身で上昇志向の強い人間であった。伯爵家に嫁ぐことが成功すると、今度は娘エミーリアを利用し更なる高みを目指していた。フォルスターよりも立場の強い高位貴族との繋がりを求めたのだ。アウレリアの手前、とてもじゃないがエミーリアを脅かすような存在を近づける訳にはいかなかった。その為に考えた策が、エミーリアを侯爵家に嫁がせ高位貴族と繋がりを持つこと、そしてハインツェル伯爵であるユリウスを養子に迎え、義理とはいえ後に伯爵の爵位を2つ持つことになる息子を設けるとした。地位や権力を好むアウレリアは納得してくれたようであった。ランドルフがディアナに好意を持っていたことに勘づいていたアウレリアには、ランドルフのハインツェル家に対する行動が、権力の為であったと思わせたかったため、ディアナの面影を残し今は特に利益がないマリアンネを養子に迎えることは厳しいと考えた。そこでマリアンネにはユリウスを迎える前までに縁談を用意し、新しい生活環境を与えようと考えたのだ。
「つまりは、マリアンネ嬢の母であるディアナ様への愛の為だったのだな」
「はい。彼女は初恋の人だから…、幸せでいて欲しかった。私は彼女を支えることが出来ませんでした。それがとても悔やまれてなりません。せめて彼女が残した子供たちだけでも救ってあげられたらと策を講じ、時間がかかってこのタイミングとなったのです」
「私も侯爵であるが、エミーリア嬢ではなく、マリアンネ嬢の縁談を持ち掛けた理由は?」
「前回もお話しました通り、社交界での噂を知る令嬢は侯爵様のことを避けております。エミーリアも同じです。そしてエミーリアを見初めてくださったシュトラウス侯爵様がおりましたのでこの計画を進めるべく婚約を取り付けたのです。このような経緯がありまして、ローゼンハイム侯爵様にはマリアンネとの縁談をお願いしたのでございます」
「そうだったのか」
「はい。私の話の裏をきちんと読みとって、さらに真意もお聞きになってくださった。そんな侯爵様にマリアンネをお願い出来たのは、本当に良かったと思っております」
「伯爵の気持ちはよくわかった。安心してくれ。マリアンネ嬢を受け入れよう。こちらはいつでも問題はないが、時期はいつ頃が良いのだ?事情があるだけにそちらの都合に合わせるが」
「はい。時期はエミーリアの結婚後となる1カ月後が宜しいかと。入れ代わるようにユリウスを我が伯爵家に迎えたいと思っております。そして、ユリウスは未成年でありますから、ギリギリまでマリアンネには側にいてもらいたいと考えています」
「なるほど問題はない。ではそのように進めるとしよう」
「ありがとうございます、ほんとうに、ありがとうございます…」
ランドルフは深々と頭を下げた。
そして二人は、アレクシスとマリアンネの婚姻に関する書類を作成し、マリアンネを正式に妻として迎える環境を整えた。
ランドルフが帰ると、アレクシスはモーリッツとこの日の話を振り返った。
「フォルスター伯爵は一応『善』だったということになるかな」
「はい。旦那様はフォルスター伯爵様の策についてはどうお考えになったのですか?」
「私は話に聞いただけだからな。もし、話に出てきた者たちが、フォルスター伯爵の話した通りの人物なのだとしたら、良い策であるとは思うぞ」
「しかしながら、マリアンネ様を奥様にお迎えになるご決断の速さには驚きました」
「ああ…」
歯切れの悪い返事にモーリッツは少し心配になった。
「えーと、何かお考えがおありで?」
うーんと頭をがしがし搔くと、アレクシスは心の内を話し始めた。
「モーリッツがしつこく結婚しろと言っていただろ?さすがに私もこのままでは良くないと思っていたんだよ。さらにフォルスター伯爵から縁談をもらってからはいろいろ考えてね。私が両親の死によって爵位を継いだのは13歳の時で、父の年齢は40であった。今私は30だ。両親の死は不慮の事故によるものだから年齢は関係ないと考えると、もう時間もないと考えても良いのではと思ったんだ。真剣に跡継ぎを考えなければと。私の方からしても縁談に取り付けた貴重な女性だ。逃してはいけないと思ってな。先日は慈善事業だなんて言ったがこちらこそありがたい話なのかもしれないと考えた」
「左様でしたか。しかしマリアンネ様本人がいらっしゃらないまま婚姻をお結びになられたことは旦那様にしては珍しい行動かと」
「まあ、事情が事情なだけにマリアンネ嬢はどんな条件であれ受け入れてくれるだろうなと。生活の保証といえばこの屋敷で雇うということでも出来ることではあった。しかし重ねて言うがこちらとしては私の妻となり跡継ぎを産む女性が必要だということだ。縁談についてもフォルスター伯爵に委任したとのことだし、彼女もそれなりに覚悟を持っていることだろう。妻に迎える女性に対して立場にものを言わせるようなことはしたくなかったが、跡継ぎ問題は先延ばしに出来ない。それに前回のこともあるから私としても覚悟を持たねばならないが、モーリッツの言うように契約のような結婚であればその点も上手くいくのではないかと思ってな」
そういうことかと、モーリッツは納得した。アレクシスは考えた上で結婚相手を決めた。それは先日モーリッツが話したことだ。言い争ったものの、モーリッツの話を考慮してくれていることに嬉しさが込み上げたとともに、この結婚はアレクシスにとっても良縁になることを期待した。
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