27.物語はこれから…
最終回です。
「おかあちゃま、ごはんおそとがいい」
「あら、ベティーナはすっかりピクニックが気に入ってしまったのね。良いわ。今日は天気も良いしエルヴィンにお願いしましょう」
あれから3年が経ちローゼンハイム侯爵家には家族が増えた。ジンクスに期待したマリアンネはすぐに懐妊の兆候がみられ、後に女児が誕生した。モーリッツはエルヴィンと職務を交代し、後進を育成しながら別邸で執事を担っている。
「エルヴィン、もしユリウスが早めに到着するようでしたら中庭に案内してもらえる?」
「かしこまりました。ベティーナ様はしばらくお外遊びになりそうですからね」
◇◇◇
「おじちゃま~。いらっしゃ~い」
ベティーナはユリウスを見つけるなり抱きついた。ユリウスは目線を合わせる為ベティーナを抱き上げた。
「こんにちはベティーナ、今日も愛らしいね」
ユリウスの笑顔にベティーナは頬を染めた。
「ユリウス、ずいぶんと逞しくなったわね。立派な騎士だわ」
ユリウスは成人となった翌年、士官学校に入学した。士官学校は剣術や馬術だけでなく学問も学べることが魅力であった。自身の後ろ楯もないユリウスは学校で交友関係を広げることにも成功し、少年から立派な青年へと更なる変貌を遂げた。
「間もなく学校を卒業し近衛騎士団への入隊も決まっております。爵位と領地を持つ当主としては異例ではありますが、私の能力が認められ嬉しい限りです」
騎士を目指す者は、手に職が欲しい貴族の次男以降であったり平民が多い。嫡男であっても当主がまだまだ現役で執務をこなしている者がほとんどであり、若くして既に当主を務めている者が入学することはあまりない。卒業後の進路は騎士団へ入隊するものがほとんどであるが、中には学びを終えると家業を手伝うものもいる。毎年首席で卒業する者のみ近衛への入隊が許されている。
「とても素晴らしいわ。自慢の弟よ」
「私はしっかり努めあげることが姉上や義母上への恩返しになると思っておりますから。直接姉上を守る役目は私ではありませんが、王家を守り国を守ることが回り回って姉上を守ることに繋がればと思っていたこともあり、近衛への入隊は意図していました。それに私にとっては大変価値のあることです。そして義母がまだまだ元気な内に一人前になりたいと思っています」
「志が立派だわ」
フォルスター伯爵領もハインツェル伯爵領も運営を執事を筆頭にした使用人らに任せている。元々成人になりたてで当主の権限を単独で持つようになったばかりのユリウスは、周囲の支えもあり決裁の署名をするのみの執務だけで済んでいた。運営が委託出来ている今だからこそユリウスはアウレリアに士官学校を勧められたのだ。あの断罪により有名になってしまった伯爵家。罪を犯したのは叔父と父であってユリウスではないが、あの伯爵家に嫁がせたいと思う貴族がいるとは思えない。そこでユリウス自身の価値を上げる算段を立てたのだ。騎士になること、さらには近衛に所属すればたちまちユリウスの価値は爆上がりする。それに給金をもらうことで、領地運営への資金にもなる。アウレリアはたくさんの学びを得ることもユリウスの自信へと繋がることを諭し、領地経営や邸内のことも全てを支えてくれている。
「アウレリア様はお元気ですか?」
「はい。先日卒業後の進路が確定したことを報告するために会いました。2つの領地を管理してもらっていますから忙しい日々を送らせてしまいましたが、充実した毎日だとおっしゃってくださいました」
「それは良かったわ。本当に、アウレリア様には足を向けて寝られませんわね」
「はい」
そこへアレクシスがやってきた。
「ユリウス、すっかり男らしくなったな」
「義兄上、ご無沙汰しております。この度はご支援頂きありがとうございました。おかげさまで士官学校の卒業と近衛への入隊が決まりましたのでご報告に伺いました。このご恩はきちんとお返しさせてください」
ユリウスの士官学校にかかる経費をアレクシスが負担した。学ぶための支援を申し出たのだ。
「はははっ。良いんだよユリウス。私は投資家だよ?君の将来に投資をしたんだ。私の投資は失敗しないからな。配属が近衛ということは首席なのだろう?立派だな。誇らしいよ。私の目に狂いはなかった」
「ありがとうございます。ちょうどお二人いらっしゃいますし、もう一つお話がございます」
「何だ?」
「あれ以降、クリストフから何か接触はありましたか?」
「いや、あちらからは何もないし、こちらも近づいたりしていないが?」
「こちらも接触はないのですが、悪事などに身を染めぬよう陰ながら見守っていたのです。これも義母の提案ではあるのですが、クリストフがフォルスターやハインツェルの出身であることは有名すぎる話ですから、こちらに波及しないようにと」
アウレリアもユリウスも突き放しはしたものの悪役になりきれずにいた。
「何か悪いことでもあったか?」
「いえ、その逆です。今クリストフは学習塾を営んでいます。クリストフは貴族出身ですから一般的な教育は受けてますからね。読み書きを平民の子供たちに教えてるんです。金銭的に個別に家庭教師を雇うことは難しい者に向けて、少ない授業料に抑える為自宅に子供たちを集めて教えているようです。それだけでなく週1回孤児院でも教えているそうです。こちらは無償で取り組んでいるそうですよ」
「なんと!」
「まあ!」
ユリウスやマリアンネに金を無心することなく、自立し生計をたてている。それどころか慈善活動まで行っている。
「あの時突き放して正解でしたわね。奉仕までされているなんて…」
「平民になったとはいえ元貴族として貴族の責務を忘れることなく実践されているというのは誇らしくもあります。このことを姉上にはお伝えしたかったのです」
「そう。もう会うことはないとはいえ自分に関わる人の良い知らせというものは嬉しいわ。教えてくれてありがとう」
「いえ。では姉上。またお顔を見に来ます。ずいぶんとお腹も大きくなりましたね。お身体を大事になさってください」
そう、マリアンネは第2子を宿していた。
「ありがとう、ユリウス。ところで貴方はまだ婚約の予定はないの?」
「まだこれからですね。社交もしていませんし、義母は相応しいタイミングをあれこれ考えているようです」
ユリウスは漸くスタートラインに立つのだ。伯爵位を2つ持つ眉目秀麗の近衛騎士という18歳の青年として。
では、とユリウスは帰っていった。
「あれじゃ、令嬢は放っておかないぞ」
「ええ。我が弟ながら素晴らしいです。アウレリア様の笑顔が思い浮かびます」
「ああ、全くだな。それにイザーク様の比じゃないぞ。イザーク様は先日結婚したし、新生ユリウスのお披露目前で良かった。あいつがいき遅れるところだった」
「そんなことはございませんよ。イザーク様も素敵ですもの。逆にイザーク様がご結婚されて良かったですわ。ユリウスのライバルとなるお方は少ないに越したことはございません。素敵なお嬢様に出会えると良いですわね」
「まあ、アウレリア様が目を光らせているだろうから大丈夫だろう。…それにしても、他の男性が褒められるのは面白くないな」
「あら、妬いていらっしゃいますの?他の男性とはいっても血縁ですわよ。見目に関しては血筋なのでしょうね、同じくレックスも素晴らしいですし、私はレックスの中身が好きですので他の方なんて男性として興味はありませんわ」
「リア…」
その答えに満足気だったアレクシスだが…、
「でも、観賞用としてはありですわね」
「リア?」
「私、叔父様の変わりようには驚きましたのよ?さすがローゼンハイムの血筋でらっしゃいました。イケオジ万歳ですわ」
「リ、リア?」
「はっ!もしかして、私、枯れ専!?レックスも10歳上ですもの!」
「リア!?」
「おかあちゃま、かれせんってなあに?」
「あら私ったら、嫌だわ。ベティーナもその内わかるわよ。ヘンドリックもエルヴィンも素敵ですもの~」
(はっ!もしかして、枯れ専じゃなくてファザコン?)
共通するのは10以上歳の離れた男性であることだった。とはいえヘンドリックもエルヴィンもハンサムといえる部類である。バッハマン伯爵はダイエットの成果もあり素晴らしい紳士に変貌を遂げた。ご婦人らの目の色の変えようは凄まじかったが傍らにはいつもドーリスを携えており、愛妻家として有名になった。
(周りにいらっしゃるのが見目麗しき方ばかりなんて、贅沢だわ)
◇◇◇
「マリー!お久しぶりですわね。大きなお腹ですこと。間に合って良かったわ。私たちに妊娠菌をわけてもらえるかしら?」
数日前に連絡をもらっていた。先触れ通りコルネリアがニコラを従えやってきた。
「私たちといいますと、コルネリア様とニコラですか?」
「ええ。もう一人望めるのであれば産みたいと思っていますのよ。そして可能ならば乳母はまたニコラにお願いしたくて…」
二人同時に妊娠し出産を迎えることは難しいだろう。しかし、気持ちはわからなくもない。願掛けも大切だ。マリアンネは喜んで応じることにした。
「予定ではもうそろそろなんです。私の体格も考えますとあまり大きくなる前に出てきて欲しいところです」
「安産であるように願っていますわ」
コルネリアとニコラは大きなお腹に触れた。
「シュトラウス侯爵家との交流はあるのですか?」
「ええ。その件に関しては感謝致します。定期的に集まって親交を深めてますのよ。先日はエミーリア様の懐妊を教えていただきましたの。今回は悪阻が酷いそうで、落ち着いた頃にエミーリア様にも妊娠菌をもらいに行こうと思っていますのよ」
エミーリアに関する嬉しい報告に、マリアンネは諸手を挙げて喜んだ。
◇◇◇
「こんにちは」
「こんにちは、クリストフ様。今日もよろしくお願いします」
「おや?みんなもう席についてるのか?」
「見て~。きれいなノートなの~!私これにしたの~!」
「ペンとインクもたくさんあるんだよ!」
「絵本もいっぱいなんだよ」
室内には箱いっぱいの文房具と、新しい本棚に絵本や書籍が数十冊ほど並べられていた。
ここはシュトラウス侯爵領内にある孤児院だ。この日はクリストフによる週1回の勉強会の日だった。
「こんなにたくさんの学用品。どうしたんですか?」
「先日、寄贈いただいたのです」
「いったい、どなたから?」
「それが使いにいらした方によると、主様は現在動けない為慰問にはいらっしゃれないけれどと、こちらを寄贈してくださったのです。お名前を伺ったのですが自分の領地外の施設ですし大した物ではないから控えさせて欲しいと。領地内にいらっしゃる方でしたらお亡くなりになる前に慈善活動をという方も多いのですが、領地外だとお聞きしたものですからそれ以上は詮索しませんでした」
孤児院に対する支援であれば、金銭や食料が通常であろうが、学用品であったことが施設長もクリストフも引っ掛かっていた。
「あのこちらのお手紙もいただいて、使いの方には読んだら破棄するよう言われたのですが、一応クリストフ様にもお読みいただいてからにしようと思いまして…」
そこには綺麗な字で1文が書かれているだけだった。
『あなたの活動を陰ながら応援しています』
「私の活動を応援してくださっているということでしょうか?だから学用品なのですね…。!?」
「ええ。……クリストフ様?…」
施設長が目にしたのは、目に涙を浮かべるクリストフの姿だった。
「…お手紙はいかがいたしますか?」
「…破棄がご指示なのでしょうから、破棄しましょう。教えてくださりありがとうございました」
クリストフは深々と頭を下げた。
◇◇◇
「ん?エルヴィン、夫人用の私費が珍しく大きい額が動いているな。大きいといってもそこまで多額じゃないが」
「はい。慈善事業です」
「それだったら私費じゃなくてローゼンハイムの経費を使っても良いのに…」
「今回はローゼンハイムからの寄付ではなく、奥様個人の寄付でしたので…」
「何を贈ったのだい?」
「文房具1式と書籍を数十冊ほどです」
「…、なるほどな、学用品ということか?」
「はい」
「マリアンネは遠出してないから、使いを出したんだな。名乗ったのか?」
「いえ。施設長には聞かれたそうですが、主が望まれてないから控えさせて欲しいと伝えたそうです」
「そうか…。それで良かったのだろうか…」
「私もお節介だとは思ったのですが、奥様が一筆したお手紙をこっそり紋章入りの封筒に入れさせていただきました」
「!?、では伝わったのか?」
「わかりません。念のため使いに出した者に読んだら破棄するよう伝えるよう指示しましたので、クリストフ様の元まで伝わったかは…、あっ!」
「はははっ。ここまで話したらもう誰への寄付か解ってることだ、別に隠すこともないよ。マリアンネが望んでいることなら構わない」
アレクシスは執務を再開しようとしたが、落ち着かなかった。
「しかし、遅いな…。まだかかるのか?それとも何かあったか!?」
「報告はありませんから、ただ時間がかかっているだけだと思いますよ」
そこへ、ハンナが駆け込んできた。
「失礼しますっ!旦那様!お生まれになりましたよ。元気な男の子です!」
「本当か!よくやった!」
ローゼンハイムにも無事直系男子の跡継ぎが生まれた。
貧乏伯爵令嬢マリアンネと呪われた侯爵アレクシス、この二人の縁談から始まった物語は、たくさんの幸運をもたらした。この先も幸が多く訪れるのだが、こちらの話しはまた今度語るとしよう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
作者のモチベーションに繋がりますので、評価をいただけると嬉しく思います。
長編は2作目となります。1作目での失敗を踏まえ、結末までほぼ完成したところで投稿を開始しました。その為制作開始から4カ月ほどかかっての完成となりました。
長編1作目となる『婚約破棄された辺境伯令嬢は、隣国の第一王子と静かに愛を育む』は日間ランキング最高で3位を記録するなど好評いただけた作品でしたので、次回作を楽しみにしてくださっていた読者様には大変お待たせする形となりました。
本作品もお楽しみいただけましたら幸いです。
追記。スピンオフ作品『君が教えてくれたこと』を掲載しました。こちらはあの夫婦の物語です。




