26.未来へ
アレクシスとマリアンネはアーベライン公爵邸に向かっていた。
「レックスは、私との子供を変わらずお望みですか?」
「もちろんだとも!」
「跡継ぎが必要ですものね」
「跡継ぎが欲しいだけではないよ。君との子供が欲しい」
「!」
「君のことだ。自分の血筋を残すべきではないとでも思っているのではないか?」
「…はい」
「君は言っていたじゃないか。君の生い立ちや血の繋がりが何であれ君自身を慕い寄り添ってくれる人たちがいると。私も君自身に惹かれ愛しいと思ってる。言っただろう?君をあらゆるものから護りたいんだ。君が幸せであるように私は尽力するよと。君が私と共にある未来を望むなら私は君を手離すことは絶対にしない」
「レックス…。ありがとうございます」
「私と未来を歩んでくれるだろう?」
「はい!」
マリアンネはとびっきりの笑顔で応えた。
◇◇◇
「いらっしゃい、マリー。ずっと会いたかったのよ、貴女に」
「突然訪ねてしまって申し訳ございません。コルネリア様が出産する前にお会いしたいと思いまして…、いつ頃の予定ですか?」
マリアンネはコルネリアの姿を見ると首を傾げた。
「早ければもうあと1ヶ月くらいではないかというお話なの」
ヨイショとコルネリアが移動すると、大きなお腹がわかり、マリアンネは「なるほど」と頷いた。
「楽しみですね、姉上」
アレクシスも喜びからか笑顔が明るかった。
「ええ。それはもう。元気に生まれてくれればどちらでも良いとは思っているけれど、できれば男子がいいかしらね、制度が今のままであれば」
こちらもやはり跡継ぎ問題を考えるならば、男子を望むことは当然だ。
「とはいえ、女子が生まれても嫁ぎ先に悩みそうですし、貴族の責務としては難しい問題ですわ」
貴族の中でも最上位に位置する公爵、それも国王の末弟であるラインハルトが当主だ。同じ年頃の子供を持つ貴族らの把握は必須となるだろう。
「今は元気な赤ちゃんを産むことだけをお考えくださいませ。なるようになりますわ」
マリアンネはニッコリ微笑み支持した。
「そうね。ところで、私が出産する前に会いたかった理由は何ですの?」
「妊娠菌をもらおうかと思いまして」
「「「妊娠菌?」」」
これには同席していたラインハルトも反応した。
「前世の世界で語られていたジンクスです。私も子供を授かりたいので、妊婦さんにお力をいただこうと考えました。妊婦さんのお腹を触ると妊娠する力をもらえるという意味で妊娠菌をもらうというように言われていました。お腹に新しい命があるわけですから、神聖な力を貰えそうな気がしませんか?」
「まあ!それはとても興味深いジンクスですわね。どうぞ触ってくださいな」
コルネリアは少しお尻をずらすとソファに隙間を空けた。マリアンネはお言葉に甘えコルネリアの横に腰かけた。
「では失礼しますね」
マリアンネがコルネリアのお腹に手を添えると、コルネリアが手を重ねた。
「マリーは子供が欲しいのですね」
「はい。ローゼンハイムも跡継ぎは最重要課題ですし、何より、アレクシス様との子供が欲しいです。家族が欲しいです」
いろいろあったが前向きな決心に、一同は胸を撫で下ろした。すると、
「「!!」」
「今、蹴りましたね!」
「ええ、蹴りましたね。この子はたくさん動いてくれますのよ。男子でしたら馬術や剣術を極めさせたいところですわ。女子でしたら、お転婆で大変かもしれませんわね」
「順調そうで何よりです。そうでした!乳母を決めたそうですね。ニコラという婦人に」
「ええ、募集していたのですが先日決まりましたの。クロッケル子爵家次男の夫人でいらっしゃいますの。ご存知でしたの?」
「ニコラはハインツェルで侍女をしておりました。世の中狭いですね」
「そうでしたの。彼女は私と歳も近いですし上にお子様がいますから育児にも慣れていますでしょう。識字能力も長けてますし邸内のどの仕事も把握していて、後に使用人としても働けると聞いて、総合的に判断したのよ。それではぜひ彼女にも会いに来て、マリー」
「はい」
◇◇◇
「レックス、いつかシュトラウス侯爵様をアーベライン公爵様にご紹介しましょう」
「今度は何だい?」
また何かマリアンネが考えてるなとアレクシスは嬉々とした。こう何度も好転するお告げがあると、期待せずにはいられなかった。
「私の予想ではアーベライン公爵家に男子がお生まれになりますわ」
マリアンネの発言にアレクシスは喜びと驚きが入り交じった。
「男だと?根拠はあるのかい?」
「これも前世での迷信なのですが…、妊婦さんのお腹の形で見分けられるというものなのです。お腹が前に突き出るように大きくなると男子、丸く横にも大きくなると女子と言われているんです。コルネリア様を正面から見ましたら臨月に近いとは思えなかったものですから、ついいつ頃の予定か聞いてしまいましたが、真横から見ましたら大きなお腹がよくわかりました。もしかしたら男子なのではと」
「なるほどな。つまりは『そのような傾向がある』ということか」
「そういうことです。確実に言える訳ではないのですが、もしお生まれになったお子様が男子でしたら、同じ年に身分も家格も申し分ないシュトラウス侯爵家に女子が誕生してますからいかがかと思ったのです」
「共通の知人である私たちが引き合わせようということだね?それは面白いな。仮に私たちにすぐ子供が生まれても、それぞれには血が濃いから難しいしな。紹介するのは自由であるし、その縁をどう結ぶかはそれぞれの自由だ。その案を私は気に入った。少々お節介だがまあ良いだろう」
半月後、アーベライン公爵家男児誕生の知らせを受けたアレクシスとマリアンネの喜びようといったらなかった。
◇◇◇
一方、王室では女児が誕生した。これを受けて、王室典範の改正が行われ、継承の在り方も見直された。
王位継承権は、直系を優先とし性別は問わないものとした。現在の継承順は王太子オスヴァルト、第1王女ユリアーナ、第2王女クリスティアーナとなり、国王の実弟であるジークハルトとその長男ニコラウスは臣籍降下となった。
オスヴァルトはかねてより婚約していたエレオノーラ・フェルゼンシュタイン公爵令嬢と結婚し、この先お子が生まれればその子の継承順は第2位となる。
貴族の爵位の継承も見直された結果、直系男子を優先とし、男子がいない場合は直系女子が嫡子となり家督を継ぐことになった。先代当主による生前贈与の場合のみ継承順通りではなく指名による継承を可能とした。王命による継承も特例として存続した。
これにより長男だと胡座をかいていた令息たちは慌てた。不能な嫡男を抱えていた当主らは肩の荷を下ろすことになる。生前贈与によってより相応しい跡継ぎを選ぶことが可能になった。選択肢が拡がったことに喜ぶものもいたのだ。また貴族らは性別を問わず子供さえいれば爵位を維持することが可能になった。嫡子となった女子のいる貴族では領地運営や経営学の教育に勤しんだのだった。
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次回で完結です。




